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若気の至り

 さて、私はガランガドーさんに次の試練へ向かう扉を開くように促します。私はもう開けませんよ。


『主よ、それは避けた方が良かろう。我が思い浮かべる最悪の悪夢は主により受けた断頭の連続。……凄惨な世界が扉の先に広がろう』


 そっかぁ。

 そうかもしれませんね。


「乗り越えたら良いんじゃないですかね? 地獄の呻きで」


『…………無理』


 まぁ! 何て弱々しい返事なんでしょうか。

 しかし、ガランガドーさんには一つ前の試練で私を慰めようとした恩は感じております。扉に投げ付けて無理矢理に開くか、ぶち破るかする選択肢は取らないであげましょう。



「普通にメリナが開ければ良いだろ、マジで」


「嫌です。拒否です」


「お前な、ちゃんと自分に向き合うのも必要だからな」


『主よ、率直に申して欲しい。主が開けた場合、この先には何が起きると思われるのか?』


 ガランガドーよ、それを聞きますか?

 間違いなく悍ましいですよ。


「私が真っ先に思い付くのは、やはり近々での出来事になります」


「やはりアデリーナ関連か? 強大な力を持つお前もあいつにだけは押されているからな」


 もしもアデリーナ様の偽物が出てきたら、嬉々として殺しに行きますよ。むしろ、楽しみと答えても良いくらいです。

 

「先にいるのはアシュリンさんだと思います。きっと、お二人も後悔しますよ」


「アシュリンだと? お前ら、仲は悪くないだろ」


 えぇ、笑みを(たた)えながら殴られたり、腹を(えぐ)ったりするくらいには仲が良いです。


「アシュリンさんが旦那さんとベッドで激しく乱れている姿を見てしまうかと思います……。汗ダクダクで悶えているんです……。気持ち悪いです……」


 私の告白にガランガドーさんもエルバ部長も無言となってしまいました。居たたまれない雰囲気です。私は泣きそうですよ。



「……分かった。マジでそれは気分が良くない。幻影とは言え、知人の性交を目にするなど、今後の付き合いにも影響しそうだ」


 と言うことで、エルバ部長が開けてくれることになりました。


 なお、ガランガドーさんは『主よ、それは下らぬ悩みであるぞ。猿の交尾などどうでも良かろう』と強めな発言をなさいましたので、私に鉄拳制裁を喰らっておられます。

 お前の感想は聞いてないのです。私がどう感じるかですよ。



 エルバ部長を先頭にして進んだ扉の先は、夕暮れ時の世界でした。葉がない枯れた木々がポツンポツンと立っているのですが、その長い影も相まって更なる寂しさと不気味さを醸し出しています。地面は夕焼けの影響もあるのか赤黒いゴツゴツした荒れ地です。



「エルバ部長、何が来るか予想できますか?」


 周囲に不審な変化がないか警戒しながらエルバ部長に尋ねます。


「分からん。私が恐れるものなど無いしな」


 厚顔無恥ですか?

 恐れるからこそ人は強くなるんですよ。



 突然、離れた地点に人が出現しました。魔力の変動が無かったので予期出来ませんでした。


『かなりの高度な魔法であった』


 ガランガドーさんは感知できていたのでしょうか。


「敵で良いですか?」


 様子見しているガランガドーさんに確認します。


『……小さき者の悪夢を断つのも良かろうか』


「あれが私の悪夢なのか? マジで心当たりがないのだが」



 人を観察します。影が長いということは太陽の位置は低いと言うことです。顔は逆光で見えません。

 見えない? 違いますね……。ぼやけて見えてるか……。


 魔物か。


 私は戦闘の構えを取ります。



 ゴブリンよりも人型に近い魔物は久々です。魔族ならフロンやルッカさんで経験していますが、魔族と魔物は違うと思うべきですよね。


「部長、あれの顔が無いんですが、あんなのに襲われた事が有るんじゃないですか?」


 私は過去に魔物にこっぴどく敗北した経験が部長にあるのではと予想したのです。そして、目の前の化け物は大変に特徴的なので、見忘れる事は無さそうで、簡単に答えは出るでしょう。


「マジで無い」


 そうですか。では、どんな部長のトラウマが現れたのでしょうか。謎ですね。



『主よ、ヤツが変化する』


 ガランガドーさんの言葉は有りましたが、私もヤツの体全体がぼやけ始めた事を確認しています。


 魔法による遠距離攻撃を加えるべきなのでしょうか。迷います。私一人なら間違いなく叩き込んでいましたが、ガランガドーさんが見守る選択をしているのです。私も彼に合わせて上げましょう。私は優しいご主人様なのですから。



 人型の顔の輪郭がハッキリしてきて、段々と判別できるようになってきます。

 現れたのは、頭の半分は歯が抜けていそうな皺の深い老婆。長い白髪さえ所々で頭皮が見えています。もう半分は幼児のもの、かな。


 小さな子が可愛らしく見えるのは口や鼻、目の間がキュッと縮まっているからだと思うんですよね。

 それなのに、目の前の化け物は口の場所だけは同じですが、目鼻は幼児の位置に有って、隣り合わせの老婆の縦に半分に切れた鼻柱の横に目がある感じです。

 輪郭だけは老婆のサイズなので、幼児側のデコは広いです。あと、黒い髪がふさふさです。


 見てはいけない物を見ている感じです。背中がぞくぞくします。



「もう一度聞きます。エルバ部長、あれは何ですか?」


「……あの体形と服装は昔の私……か?」


 うん? 知りませんよ。

 でも、ガランガドーさんが部長は若返りの呪いにとか言っていましたが、それですかね。


「言われてみれば、あの顔のどちらも部長の面影が有る様な気がしますね」


 特に目の形が似ている気がします。



 人型は口を開きます。老婆の嗄れた声と幼い子供の舌ったらずなのが合わさった奇怪な音です。


「我はエルバ・レギアンス。生死を超越した永遠の存在である」


 何だ?

 ……ガランガドーさんと同じ臭いがします。彼が照れもなく初対面の私にいきなり「死を運ぶ者である」と告げたのと同じく、自己紹介から痛々しいのです。


 襲ってくる気配は御座いません。



「エルバ部長、あれが変な事を言っていましたが、何でしょうかね? 正直、私、理解できないんですけど」


「……くぅ……これが私か……」


 あれ? いつもの傲慢なセリフが有りませんでした。


「どうしましたか? 何なら私がぶっ殺しましょうか、目の前の化け物を」


「老若の顔…………老いの恐怖に負けた私は……逆行成長で魔力を失いつつある現状を……同じく恐れていたということか……」


 呟きは聞こえましたが、意味が分からないですね。


『小さき者よ、乗り越えねば静穏な死はあるまい。貴様の命はあと数年、目を背けても無駄であろう』


 ガランガドーさんが部長へ偉そうに告げます。

 部長の言った逆行成長と、ガランガドーさんの言ったあと数年の命。察しの良くない私でも分かりました。エルバ部長は年々若くなる体質なんでしょう。ガランガドーさんは呪いとか言っておられましたか。

 エルバ部長は10歳くらいの年頃の外観ですので、もって10年の寿命って感じなのかな。


「……あとは余生を過ごすだけだ、なんて思っていたが、まだ生に拘っていたようだな。……マジかよ。私も覚悟が足りんな」


 エルバ部長は溜め息を突きます。

 しかし、人はいずれ死ぬのが道理。そんなものがトラウマとなるのでしょうか。



 人型がまた喋ります。


「我はエルバ・レギアンス。神をも凌ぐ天才である。人は我を天才と呼ぶ」


 響き合う声でそんな事を化け物は独りで言っていますが、マジでヤバイですね。何回、天才って強調しているんですか。腹筋がピクピクします。抱腹絶倒しそうです。


『……これは違うな』


 何がでしょう、ガランガドーさん?


「……うぐぅ。……私もイケイケの時期があったんだ、マジで」


「ん?」


『誰しも自分を謎めいた存在に見せたい時期があるだろう』


「あれは思い出したくない私の全盛期の内面を表したものだ。倒すぞ、メリナ」


 エルバ部長は化け物と対峙しようと構えました。


 それに対して人型はニヤリとします。


「我はエルバ・レギアンス。我の力と美貌に全ての男が跪く。人は我を絶世の麗人と呼ぶ」


「止めてくれ!」


 言葉一つでエルバ部長は前進しようとした体勢を乱され、叫びました。あと、顔が赤いです。



「……恥ずかしいんですか?」


「うるせーな。聞かないでくれ、マジで」


「今とそんなに変わらないですよ?」


「あん? 20年もしたらお前も恥ずかしい発言の一つや二つは思い起こすからな」


「ガランガドーさん、もう宜しいですか?」


『うむ。戦おうぞ。小さき者の死を恐れる心が出たのかと思いきや、これは若気が至った最高潮を思い返した時の悔やみが現れているのだろう。それを他人に明らかにされる事は、極めて辛いであろう。我も感じ入る部分がある』


 ガランガドーさんも現在進行形でその状態ですからね。



 分かりました。このメリナが部長を救いましょう。


「我はエルバ・レギアンス。世界を叡知でもって支配する者。人は我を俊英なる――」


 まだ喋っている途中でしたが、私は頬を殴って吹っ飛ばしてやりました。


 ほほう、中々に堅い!

 私は一気に戦闘モードに入ります。

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― 新着の感想 ―
[一言] エルバ部長の若気の至り面白かったです。
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