弟と妹の想い出
扉の先にも地面は有りました。光もちゃんとあって、視界も確保できています。
すぐの危険が無いので転移は不要、そう判断してミニチュアガランガドーさんを出しました。
『主よ、大丈夫であろう。空気もあり、毒は無さそうである』
念のために息を止めていましたが、私は呼吸を再開します。
周囲にヤギ頭の気配は御座いません。
それどころか何も建物がない空間です。リンシャルが潜んでいた何とかの間と同じく殺風景。
床の他は白い空間で、天井も壁も見えない不思議な所です。
ただ魔力が濃い。
様子を静かに伺う私達でしたが、しばらく経つと、均等だった魔力の分布が片寄って、何かの形を作っていきます。
『召喚魔法? いや、魔物創造であるな』
そうですか。ならば、出てくる前に殲滅ですね。エルバ部長を呼ぶのはその後かな。
私は思い通りになる範囲の魔力を吸収します。ガランガドーさんを出し入れして、体内の魔力が少し減っていたのでしょう。とても心地良いです。
試練と言うかご褒美な気分です。
『我もやろうぞ』
ガランガドーさんは口から黒いブレスを吐き出しました。真っ直ぐ進むんだけど、その表面からは、これまた黒い稲妻みたいなのが迸っています。進行方向に有った多くの魔力の片寄りが霧散していきました。
しかし、残念ながら体が小さいので、そのブレスも全体を凪ぎ払うには無理があるサイズです。
「それが地獄の溜め息ですか?」
『……呻き』
「呻いていないですね。もっと、『うぅっ』てなりながら発動するのかと思っていましたよ」
ガランガドーさんは少し間を置いてから口を開きます。
『むっ、主よ、敵は多数であるな』
……さっきの会話は無かった事になりましたか。
魔力が象ったのは赤子。人間の生まれたての赤ん坊です。それがいっぱいうつ伏せに出て来ました。周囲なんて言葉では全然足りなくて、この空間を全て多い尽くすか如きの量です。地平線の向こうまで赤子がぎっしりです。
『か弱いな』
えぇ、私の情に訴えるつもりだったのでしょうか。無駄です。あくまで魔力で作られた仮初めの赤子に容赦は必要有りません。
とはいえ、潰していくのも気分が悪くなる事、間違いなしですが。
ヤギ頭の悪趣味さが滲み出ていますね。
『我がやろう』
どうぞ。……なるべく苦しませないように。言葉は悪いですが瞬殺でお願いします。
『痛覚は無かろうが……御意』
ガランガドーさんの魔力の高揚とほぼ同時に、何体かの赤子は四肢で体を支えるべく動き出しました。本当の赤子ならば、手足をバタバタと動かすくらいしか出来ないのに、彼らは四肢で胴体を浮かしたのです。そんな無茶が可能なのも魔力で作られた存在だからでしょう。
更に強い違和感を私に与えたのは、彼らが一切泣かないこと。目だけをこちらに向けて不気味です。
ガランガドーさんは口から先程の地獄の呻きを出し、そして、体の向きを変えたり、首を回したりして、近付く彼らを蹂躙します。
赤子は体が分断されても夥しい血が流れたりはしませんでした。ガランガドーさんのブレスに当たると赤子達は体を消失してしまうのです。
恐らく私への配慮から、そういった種類の魔法をガランガドーさんは選んでくれたのでしょう。
そんなガランガドーさんの心遣いがあっても、目を背けたい程の酷い光景には違い有りません。しかし、私はそれを見ていました。そして、思い出すのです。赤子の動きに見覚えがある事を。
この子達、私の弟と妹だ……。
彼らは私と同じく脳みそだけが獣化した存在として生まれ、私の手によって森に還されたのです。
二人とも生まれてすぐに激しく周りに噛みつこうとしていました。幼い私には理解できませんでしたが、あれは親を必要とせずに生きていける生物の動き。
妹は蜘蛛でした。4本しかない手足の節々を直角に曲げ、カサカサと素早く動いていたものです。
弟は何だったのかな。指を噛まれて痛かった方が鮮明ですが、この眼前の動きはヤマビルか……。手を前に出し胴体も使って、尺取虫みたいに体を上下させながら這い寄ってきます。
……ヤギ頭め!!!
よくも、人の触れたくない思い出を、私の悲しみを踏み捻ってくれたな!!!
私は髪の毛が逆立つほどの怒りに震えます。そして、数回の咆哮。
私の限界を越えた叫びに、空気が激しく振動して音の壁が発生します。体の内部から抑えきれなかった魔力が溢れ出て風になった分もあるのだと思います。
それは水面に小石を投げ入れた時の波紋のようでして、私を始点として円形に風圧が発せられ、それに耐えきれなかった床が順繰りに破片になりながら巻き上がり、遥か彼方にまで移動していくのが見えました。
結果、全ての敵を駆逐しました。
私は息が上がり、それを整えるのに時間を要します。
『主よ……事情を知る我は何と声を掛けるべきか悩むところではある。しかし、止まることは許されぬ』
私は涙を流していました。
『幻影の類である。気に病むな』
いいえ、物質化されていましたよ……。知っているくせに。
「……今の私なら、あの時の弟も妹も助けられたと思うんです……。それがまた、ただただ悔しいんです……」
『後悔など弱き者にのみ許される物。主には似つかわぬぞ』
「…………うるさい……」
その言葉は私の強がり。
私は落ち着きを戻しました。その間、ガランガドーさんは黙って佇んでいました。
『……主よ、良かろうか』
「はい。心配をお掛けしました」
次の扉が見えます。剥き出しの茶色い土の上に扉だけが立っているのです。さっきまでは無かったのに。
ふぅ……。
どちらが表裏なのか分かりませんね。どっちでも良いのかな。
『先程の術、中々の威力であったぞ、主よ』
「ガランガドーさん自身もかなり吹き飛んでましたよね」
『ふむ、あれは暗黒巫女の雄叫びと名付けよう。いや、響きが悪かろうか……。暗黒ではなく冥土の方がしっくり来るやも知れぬな』
おい、ふざけるな。
私はまだ感傷から完全復帰していないんだぞ。
『修羅巫女の雄叫び。この雄雌の矛盾が主に相応しいとも思うのだが、どうだろうか?』
「……好きにしなさい」
少しムカつきましたが、私を慰めようとした褒美です。でも、その名前を他人に伝えたら折檻ですよ。
私はエルバ部長を連れてきてから、次の扉に向かいます。なお、この扉は転移先は一ヶ所だけで、罠は仕掛けられていない単なる転移魔法具だと部長は言っていました。
それでは、さようなら、私の弟と妹よ。安らかにお眠り下さい。




