兎の捕獲
冒険者は私の願いに従って、自分の靴を臭った。
凄く嫌そうな顔をしていたが、そこは我慢してほしい。ごめんなさい。
「どうですか?」
「いや、どうもこうも。ただただ自分の足に絶望するだけなんだが」
そうでしょ。それくらいの臭気があってこそ、効果も分かりやすいってものよ。
「臭いは覚えましたか?」
「あぁ。しかし、何の目的があるんだよ、これ」
男の疑問を無視して、私は続ける。早く試したいという一心で、一時も無駄にしたくないのです。
「では、そこらにその靴を置いてください」
彼は素直にその使い古した靴を短い草の上に置いた。
私は心の中で願う。
『私の精霊さん、お願い。成功して。
そこにあるド汚い靴の臭いを取りたいの。
分かる? その臭いの元を除いて 』
靴が一瞬光る。
これは、来た! 来たよねっ!
逸る気持ちを抑えながら、その靴の持ち主に言う。
「では、その靴を嗅ぎなさいっ!」
いやん、高揚して言葉遣いが変にきつくなっちゃう。抑えきれないこの気持ち。
「あっ、はい……」
呆気に取られている男は、私に言われるままに自分の靴を手に取る。そして、鼻を近付けて言った。
「臭くない。……凄いな、これ」
そうでしょ、そうでしょ。
意外と簡単に出来たわね。
私は立ったままの冒険者から浄化された靴を受け取り、それを嗅ぐ。
無臭だ。無臭なのよ!
こんなに簡単に成功して良かったのかしら。まだ、お会いしたことがないけど、さすが私の精霊さんよ。
よし、次は検証よ。さっきと今回の願いで何が違ったかを調べないと。
さっさっと兎を捕まえて、次の汚い靴を履いた人を見付けなければ。いや、私の古い靴でいいのか。
今はまだ乾いていないから、これを袋に入れて持って歩けば、すんごい臭いになるはずね。
「では、行きましょう。私には時間がありません」
私は男が靴を履き揃うのも待たずに森に入る小道へと向かう。
角兎ねぇ。鼻の先端に角が生えているから角兎。その短い突起で土を掘って巣穴を作るんだよね。
基本的に臆病で、角も尖っている訳じゃないので怖い生き物じゃない。だけど、脚力があるから、追い込んだ時に運が悪いと、捨て身の体当たりで骨が砕けることがあるんだよなぁ。魔法で回復できるとはいえ、痛いから気を付けないと。
まずは穴探しだよね。
私はそれらしい所をわさわさと手で掻き分ける。よく草が茂ったところに巣が隠れてるのを知っているんだもん。
「おい、何してるんだよ!」
後ろから遅れてやって来た冒険者が呼び掛けてきた。
ちょっと大声出さないでよ。逃げちゃうじゃない。
奴等の巣は出入り口が複数あるのよ。二つだけ残して埋めてから、片方の穴から脅かして、もう片方で捕まえるのがセオリーじゃない。
「兎を探すんだぜ? 草を採りに来た訳じゃない」
「どうやって探すんですか?」
何か私の知らない方法があるのかも。村の方法なんて古くさいかもね。
「歩いていたら、その内、出てくるさ」
出てこないだろっ。いえ、出てこないでしょ。
どんな間抜けな生き物よ。食べられ放題でしょ、それじゃ。
私は男を無視して、草を分ける作業に戻る。
あった! うん、大きさ的にも角兎のだ。早々に見付けられて良かった。さっきの魔法といい、運が向いてきてるね。
私はその穴に目印として細長い木の枝を突き刺す。
あとは周辺を探すだけだね。
私はドンドン穴を見付けて、木の棒を挿していく。
で、できるだけ遠くになるような穴を二つ残して、他は全部土や草で埋めた。
ボーと立っているだけだった冒険者も私の作業を見ている内に、何をしているか分かったようで手伝ってくれた。
「それじゃ、私がこっちから声を出すから、あなたはそちらで待ち受けて下さいね」
「マジ、角兎なんだろうな。蛇とかだったら泣くぞ」
蛇の穴だったら、もっと小さいわよ。そんな訳ないでしょうに。
「わっ! わっ! わっ!」
私は穴に向けて叫ぶ。いくらか緩急を付けながら。
「おわっ!本当に出て来た!」
冒険者の人が驚いていたけど、何とか一匹捕まえられたようね。
って、何逃がしてんのよっ!
その腰の短剣は飾りなの。首を切るだけじゃない。無理なら、どこでもいいから突き刺しなさいよぉ。
「わりぃ、失敗した」
「……生きたまま捕まえるのですか?」
「いや、そうではないんだが、角だけでいいらしいんだ。殺すの可哀想だろ」
「お肉、美味しいですよ?」
「おまっ、可愛い顔して何言ってるんだよ! 俺は無駄な殺生はしない派なの」
お肉を取るのは無駄じゃないでしょうに。
まぁ、いいわ。協力者の要望にはちゃんと応えないとね。
巣には複数で住んでいるはず。まだ残っているわ。
皮袋から靴を出して袋の方を穴に被せる。
これで反対側から驚かせれば、その袋に入るはずよ。
私は袋を冒険者の人に持たせる。穴にセットしたのを見届ける。
さて、あとは声を出すだけ。
ぬおっ!
顔を穴に近付けたタイミングで、兎が跳ねたよ!
避けつつ、そいつの足を掴む。
どうして。どうしてなの?
あっ、私の靴の臭いが袋に残っていて、それにびっくりした?
まさかね。そこまで酷くはないはずよ……。
「お前、凄いな。よく、あんな速いのに反応できる」
角を切り取った冒険者が、森から出る道中でご満悦で私に並んでいる。
「俺、グレッグな。騎士見習いだ。お前は?」
騎士見習い? 冒険者ギルドで依頼を受けていたのに? 兼業が必要だったのかしら。
「メリナです。竜の巫女見習いです」
自己紹介をしたら、驚かれた。
「マジかよ。お前、凄いヤツなんだな。マジ、聖竜様の所で働いているのかよ。全然見えないな、その格好。いや、でも、魔法とか使えてたもんな。スゲーな、メリナっ!」
失礼なくらいに言うわね。
でも、ちょっといい気分。そう、こういう反応が欲しかったのよ。
「シェラ様って知っているか?」
ん、ここでシェラが出てくるの?




