魔力の話
万物は大なり小なり魔力を宿しています。そして、人に限らず、生物は魔力を利用して生きています。
例えば、アデリーナ草みたいな異形の植物だけでなく、道端に伸びている雑草も根や葉から魔力を吸収して、自らの維持に使用しています。常識です。お父さんの本で読みました。あと、根から水とかを吸ってるんですよね。
そう言えば、アデリーナ草を愛する様にルッカさんから指示されたコッテン村のあの太った人、元気にされているでしょうか。植物を育てることで、あの下卑た性格が矯正されていれば宜しいのですが。
全くどうでも良い話は置きまして、土地からも魔力は発せられます。不思議と魔力が湧いてくる所があるんですよね。これを地の魔力と呼びます。以前にエルバ部長に教えて貰った事があります。
この地の魔力は、各地の植生や生態系、人の気質などを決める一因になるとガランガドーさんは言います。これもエルバ部長から教わった通りです。
ミーナちゃんがデュランと王都の間にある森で獣人化した事件が有りました。あんな感じで地の魔力と体質が適合すると、急激な変化を齎す事があるそうです。
逆に不適が過ぎると、体調を壊すだけでなく死んでしまう事もあるそうです。
例を挙げると、ガランガドーさんは冥界と呼ばれる、どこにあるのかも知らない土地か空間に長く居たらしいのですが、命有る者が何も対策しなければ、一刻も経たずに体が崩壊して死んでしまうのです。
……ちょっと、ガランガドーさん、まるで人間には良くない土地に棲んでいた邪竜みたいだから、その話は他所ではしない様にお願いしますね。
『主よ、お前は脳みそが竜の獣人である』
おぉ!! やはり、私は竜でしたか!?
竜の巫女となるべくして生まれたのですね!
大興奮です! そして、私の足の裏は、獣でなくて人間、普通の人間の物だったのです。
とても嬉しくて、心は晴れ晴れですよ。
「マジかよ。しかし何だ、うん、凄い納得感があるな。メリナのオツムはドラゴン。誰しもが激しく同意すると思うぞ」
ん? エルバ部長、その棘のある返答は、もしかして嫉妬されていますか。
私はレディーであり、さらに竜なのです。ほら、天空を軽やかに舞う様な華麗な竜なのですよ。
我が心の友とも呼ぶべき、親愛なるガランガドーさんは続けます。
幼かった私は病弱でした。私が覚えている一番古い記憶でさえ、ベッドの上で咳き込んで苦しいというものですし。
何かの拍子で私は聖竜様の下へと転移しました。そして、私の病状が地の魔力の適合性にあると瞬時に察した聖竜様は、秘術によりガランガドーさんを私の二匹目の精霊としたのです。
はい。もう何て素晴らしいんでしょう。
「メリナ、今の話でおかしな点はないか?」
「問題無しです。私は病弱でしたし、お母さんも私を育てるためにノノン村に移住したって言っていましたから。たぶん、その魔力の適合性とかの為じゃないですかね」
『そうであろうな』
会話をしながら、私達は階段を下へ進んでいます。
そんなに数はいないのですが、力尽きて倒れている子供を見付ければ、楽な姿勢に起こしておりまして、エルバ部長も小さな体で一応手伝ってくれています。
『主の魔力の器は果てが見えぬ。その為、いずれ物質と魔力の融着現象が主の体で起こり、意識が多元空間に飛ぶものと思っておる。つまりは精霊化』
また難解な事を……。私を誰だと思っているのですか、ガランガドー。あなたは私の精霊で、常に一緒に居たのではないのですか。ちんぷんかんぷんですよ。
そういった類いの事は、マイアさんとかと議論して欲しいですね。
「ん? では、肉体がない状態で意識がこの空間を漂っている状態を擬似精霊と呼ぶのか?」
エルバ部長が食い付いた。私が一切どうでも良いと思っていることに食い付きましたよ。
『ふむ、そうである。霊体と表現しても良かろう』
「そんな事より、お昼ご飯は何にしますか?」
私の問いは無視されまして、ガランガドーさんがまだ続けます。
魔力の源は精霊。通常は目に見えず、人の願いを聞いて魔法を発動する存在です。エルバ部長みたいに精霊鑑定士という特殊な技能を持つ人は精霊と実際にコンタクトすることも可能です。
その精霊ですが、個々に特有の魔力がある程度以上の濃度で集中すると顕現するみたいです。私がガランガドーさんやリンシャルを出したのと同じ現象です。
本来の精霊は生物でないとガランガドーさんは言います。死ぬことがないから生きていないのだと。消えたとしても魔力に戻り、いつの日か以前の記憶を保ったまま復活するのです。
しかし、今現在、プカプカ浮いているガランガドーさんは生物みたいだと思います。不思議ですね。
同じ様に魔族も生物ではないのかもしれぬとガランガドーさんは言います。死なないから。
確かにルッカさんは中々死にません。フロンもふーみゃんという形でまだ存在しています。
「魔族が不死? 困難だが打ち倒せるぞ」
『魔力に意識を乗せる術を持てば、不死ともなろう。ブラナンの様にな』
ややこしいから、もう喋らなくても良いのになぁ。もしかしたら、ガランガドーさんは私が理解していると勘違いされていますかね?
私の思いに反して、ガランガドーさんは獣人についても話します。
ベースが人間の場合、魔力が偏在化すると獣人。更に、そこから魔族。人間以外でも、野獣や草木、石コロなども魔物から魔族へと変遷していくそうです。
うん、エルバ部長とそんな議論をした事が有りますね。
で、私は魔力的には十分に魔族化する量を持っているそうです。って言うか、神殿に入る前から、それくらいの魔力を持っていたそうです。
魔族にならなかったのは、私は体の外に魔力の保管場所が有ったから。私は体の奥底と認識していたのですが、どうも別の空間を使って出し入れしていたみたいです。身体の仕組みって神秘的ですよね。
でも、その空間でさえも魔力が溢れ返るようになると、いよいよ私も人間、いえ、獣人でしたね、それの形を維持できなくなるそうです。
そして、誕生するのは新たな精霊メリナです。うーん、何かとっても神々しいです。
「聖竜様と同じ精霊なんて、嬉しすぎるんですけど」
『精霊は……いや、我は年月の感覚もない程にさ迷っていた。恐らくは、精霊は自身の意思で動けない。我は冥界に辿り着き、ようやく自己を回復した。いや、そこで自己が出来たのかもしれぬ』
「つまり、メリナがメリナで無くなるのか?」
『……精霊になるならば』
「マジかよ……。で、精霊以上の存在とは何だ?」
『稀運に呪われし小さき者よ、知らぬも当然か。我にも分からぬ。だが、主の体を我が奪った際に、主は上位次元よりこの世界に直接干渉しておった。あれは精霊では不可能。精霊は術士の願いや声を聞いて、初めて魔力を扱う。それが聞こえねば、術士の居場所も分からぬからな』
あぁ、断頭しまくり事件の時ですね。
でも、ガランガドーさんの体内にいる感じだったんだけどなぁ。
あと、エルバ部長、何か呪われているんですか? 特に興味はないですので、放置です。
「それと同じことを魔法発動学の初級でも同じことを学ぶ。しかし、精霊側からもそう聞いたのは初めてだ、マジで。確かに術士の願いがなげれば魔法は発動しないか」
「でも、リンシャルはデュランで色々と悪さをしていたみたいですよ? 昔の聖女さんも殺されていました」
『あれはリンシャルではない。弱き者どもが暗部と呼ぶ連中の仕業であろう』
ふむ。確かにボーボーのおっさんの暗部に関する怯えは尋常では有りませんでしたからね。リンシャルを騙り人々を統制していた、そういう可能性も否定は出来ないか。
エルバ部長は少し考えてから口を開きます。
「もう良い。何故、このタイミングでメリナの件を伝えたんだ?」
『……主がこの世から消えないため。それは良き事ではないと我は判断する』
「……ふむ、分かった」
『主よ、刺し違えてでもブラナンを倒すと覚悟なされたが、必要があるならば、主の代わりに我が刺し違えようぞ。なに、その後の心配も要らぬ。我の他にも主には精霊がおろう』
エルバ部長が精霊鑑定した時に出てきたって巫女長が言っていたヤツですね。
聖竜様だったら良いなぁ。でも、マイアさんはそうじゃないだろうって言っていました。ならば、ガランガドーさんみたいな不気味で武骨な感じじゃなくて、可憐な水の精みたいな感じが良いです。絵本に出てくる女の子型の清楚なイメージなのが私には相応しいと思うのです。
「あぁ、そんなの居たな。マジで忘れていたぞ。そいつの名前は分かるか?」
『否。しかし、竜型である事は主が竜の獣人である事から間違いないであろう』
ふむ。ガランガドーさん亡き後にでも、その精霊さんの姿を確認しなくてはいけませんね。そして、場合によっては友好的に体を交換するのです。
うふふ、楽しみです。
肉体が消えるか、竜に変化できるか、ギャンブルする価値は有りますね!
私達は竜の骨が描かれていた部屋に到着しました。もう誰も倒れていません。
だから、私は転移の腕輪でヤギ頭が潜むであろう扉の前にやって来ました。




