メリナの成長
エルバ部長と共に転移した先は、邪教のお食事会に使われていた地下室。竜の骨格が描かれていた、もっと奥深い場所では御座いません。
シャプラさんと晩御飯をここで頂いていた想い出が湧いてきますが、あの最後の宴の日、ヤギ頭に対しては教育でなく処刑を選択すべきでしたね。……あっ、でも、それでもブラナンは憑依先が他にも有るから、今回の事態は止まらなかったか。
ここを選んだのは獣人の方々がどうしているのか、或いは、どうなっているのかを知りたいが為でした。
アシュリンさんが王都で大暴れしていた昨日、その前日からヤギ頭に拐われたガランガドーさんは、ここを拠点に獣人さん達を守ったと言っていた事を記憶しています。
「おい、メリナ。マジで明るくしてくれ」
「はい。でも、私はいつも陽気ですよ。もっと笑えば宜しいですか? そのせいで、ちょっと病的に見えたりしたら嫌なんですけど」
少し表情が沈んでいたのでしょうか。
見たくないものを確認しに来たのですから。
「は? 灯りを付けろよ、マジで」
真っ暗ですものね。一緒に来たエルバ部長の存在も魔力感知でしか知ることは出来ませんでした。あと、汗が発酵した酸っぱい臭いが漂っていて、鼻がきついです。
「ガランガドーさんも出しますね」
「おい! あんな巨体をここで出すなよ。お前は平気かもしれんが、マジで私は潰されるぞ」
大丈夫ですよ。出すのはミニチュアガランガドーさんですから。
魔法で黒い竜と灯りを出しました。
うーん、日々というか刻々と私は成長している様です。魔力総量的に一日一ガランガドーさんくらいだったはずなのに、もう今は何回か出せるようになっていますね。私も成長期なんでしょうか。自分の才能が怖いですね。
照明によって視界が復活し目に現れたのは、獣人達が部屋の隅に固まって、屍の様に倒れている様子でした。誰も身動きしていないですね。
ガランガドーさん、説明をお願いします。
『見ての通りだ。ブラナンの魔力吸収を受けてのものだろう。出口付近には王都の兵も倒れておろう』
つまりは、あなたが守り切れなかったと言うことですね。
『してやられたな、グハハ。弱き者も知恵は使う』
グハハじゃ有りませんよ。もう何人かは死に絶えているんじゃないですかね。元々が痩せ細って貧弱だった王都の獣人達なのですから、普通の人達より魔力吸収への耐性が無かったんじゃないかと感じます。
「マジで酷い光景だが、先を急ぐぞ、メリナ」
「はい、そうですね。了解です。ヤギ頭は更に地下です」
私達は奥深くへ続く階段を塞ぐように倒れている方々を脇に退けます。その中には大猿っぽい太い腕をした獣人もいました。あの宴の日にシャプラさんの首筋を切ろうとしたヤツですね。
しかし、大人しか見えませんか。
『ブラナン復活の異変で、弱き者の中でも幼き者を奥へ避難させたのであろう』
なるほど。我先とばかりに力の有る大人だけが安全な場所に逃げ込んだ結果では無かったのですね。彼らなりに配慮があったと知れて良かったです。
しかし、ガランガドーさん、私の思考を読むのは止めなさい。
『しかしだな。我と主は一心同体――』
止めなさい! 前々から思っていたんですが、お前、一心同体って言葉が好きですね。何ですか、それ?
拘り過ぎです。友達とかいなかったタイプですか?
『寂しくはなかった』
おい、図星ですか!
階段の途中で何人もの子供が倒れていました。ヤギ頭主催の邪教の集会で見た事のない子もいまして、非常事態に際しては邪教への参加の有無を問わず、地区全体の獣人を守ろうとした形跡を感じました。
あっ、いた。
居酒屋決戦の時、種々の目論みの為にヤギ頭達、邪教関係者をお誘いしたのですが、集合場所であるパン工房から手を繋いだ獣人の子供、彼が頭を下にして倒れているのを見付けました。
大小の穴だらけの粗末な布服。冷えた体温。
脈も弱く、魔力の体内循環も不規則。死にかけです。もって半日か。
とりあえず、その子に回復魔法を掛け、階段に座る姿勢とします。
魔法の効きが弱い。傷を回復させる為の魔法ではいけないのですね。私の魔力を注入するも、肌からすぐに抜けて元に戻ります。魔力の質が合わないのだと思います。
『我がやろうぞ。現状維持にしかならぬが、主らと同じ様に魔力放散を抑制する』
あぁ、意識操作と魔力吸収防止の効果がある、この肌に纏わり付く膜みたいなものを出すのですね。
「メリナ、知り合いか? しかし、非情ではあるが、哀れんで無駄に魔力を消費するな、マジで」
部長、その通りで御座いますね。確かに、この状況で動けたり出来るようになっても、私達の足枷になるくらいでしょう。
「自己満足です。あと、詫びでも有ります」
「詫び?」
「恐らく、昨日の段階でブラナンを止めれました。王都の民の不幸は私の責任で御座います」
「っ!? メリナ……狂犬が他人を心配するだと……。何か悪い物を食べたのか? いや、ブラナンに魔法を仕掛けられていたか!?」
そんな扱いなのですか、私は。心外ですね。
私は無言でいます。
ブラナン討伐が間に合わず、目の前の子が死んだ時のために黙祷です。あと、やはり謝罪です。
「……冗談だ。笑うか怒るかしろよ、マジで。そう思い悩むな。先日の戦争が続いていたなら、もっと悲劇が増えていたんだ。お前はそれを止めたと胸を張れ」
ったく、部長だって、その子供と対して変わらぬ歳廻りなのに偉そうです。
「お心遣いを感謝します」
本当に。
悩んではいないと自分では思うけど。
少し楽になりました。
ブラナンを早く倒す。決意を新たにします。
500年前も、1000年前も、こんな哀れな子達を出したのですね。
ブラナンよ、見なさい。
他の子、一歳にも満たなそうな子だっているのです。恐らくは地上にはもっと、それこそ赤子もいるでしょうし、逆に年寄りもいたでしょう。病気や怪我で動けない人々も大勢いるでしょう。
絶対に殺す。刺し違えても殺す。
私が無理ならガランガドーに託してでも殺す。
長い階段を進む中、ガランガドーさんが喋ります。
『主よ、苛烈なる意思を持つ主よ』
「……何ですか?」
頭の中へ直接話して来たのではなかったので、私も口で答えます。
『戦闘の前に、主の正体、本質を知っておいた方が良いと思うのだが、どうだろうか?』
部長の前での、この切り出し。私にだけでなく、エルバ部長にも知って貰いたいと言うことか。
「あぁ、マジで教えろ。……魔族でないと信じているが、そうであるなら、それなりにこちらも対処する」
私としてはちょっと怖いです。聖竜様が余りお好きでない魔族だと嫌ですし、聖竜様と同じ精霊なら、ブラナンをぶっ殺す所ではないくらいに幸せな気分になります。
さっき決意したばかりなのに、乙女心は変わりやすいですね。
パタパタと羽ばたきながら、なのにフワフワと浮いているガランガドーさんは、少し沈黙しました。コツンコツンと靴の音が階段に響きます。
無駄な溜めです。
たぶん、そんな大した事は言わないと思います。こいつは重厚で難解風な単語を好む割に、内容の方は薄いヤツなんですから。要は見栄っ張りです。
「主は獣人である」
ふん、そうですか。
……足の裏の汗腺だけ獣である獣人とかいう、アデリーナ様による誹謗中傷が有りましたね。パン屋の本店への紹介状に書かれていたのです。
もし本当ならチョー嫌なんですけど。他人に言いたくないし知られたく有りません。
「そして、ここ2ヶ月に渡る膨大な魔力成長により精霊化が進行、若しくは、その上の存在へと変わりつつある」
「マジで意味が分からんな」
奇っ偶ぅ~! 部長、私もですよ!
ガランガドーさんは説明に入ります。




