また屋根の上
王都の人達の転移はシェラに任せ、屋根の上からチョイチョイと手招くアデリーナ様の所にジャンプして移動しました。
「元気が有り余っているようで頼もしいですね、メリナさん」
嫌みなのか、労りなのか困る言葉を頂きました。たぶん、いえ、かなりの確実で前者でしょう。
「えぇ、あそこに飛ぶブラナンの所までアデリーナ様を打っ飛ばせるくらいには力を温存しております」
もう一回、喉の奥からグエッて音を出してみますか?
「巫女さん、ブラナンはガランガドーさんが消滅させたわよ。ほんとにグレートね」
あら、もう終わっていたのですか。
「いえ、ルッカ? ロゥルカ? んー、どう呼べば良いのか分かりませんが、吸血鬼のあなた。あそこに見えた鳥型の立体魔法陣そのものでした。あの黒竜は魔法を消したに過ぎません」
マイアさんは詳しいですね。そうなんですか?
立体魔法陣かぁ。全く何か知りませんね。魔法陣と言えば、地面をグルグル回るヤツだけだと思っていました。
ガランガドーさん、聞こえます?
『うむ、主よ。何であろうか? 先程、愚かな鳥を落とした我が渾身の漆黒の息吹を褒め称えるのか?』
いえ、ごめんなさい。全く見ていませんでした。でも、相変わらずガランガドーさんのネーミングセンスは微妙ですね。
ガランガドーさんは無言でした。その沈黙から想像するに、余りの恥ずかしさに身を切る思いをされているのだと思います。
十分にそれを堪能させてから、私は続けます。
立体魔法陣だったらしいですよ、さっきの鳥は。ご存じでした?
『分からぬ。ただ、確かに中は空洞であったな。ただ、精霊であろうが魔法陣だろうが変わらぬ。我が打ち倒した結果は同じであろう』
ガランガドーさんは空高く楕円を描きながら飛び回っています。勝利を喜んでいるような、自慢しているような、そんな飛び方で、少し生意気ですね。
「アデリーナさん、私はシャールで待機します。あとは、王とブラナンの確保ですね。時間を要している場合、新たな戦力を連れて戻って来ます。メリナさんを失う程の敵はもう出て来ないと思いますが」
「ここで戦力の分散投入ですか。……了解です。しかし、マイア、あなたに新しい戦力、しかもメリナさんに匹敵するほどの者を用意できるので御座いますか?」
居るんですよ、アデリーナ様!
ミーナちゃんっていう新星が存在するんです!
でも、私もマイアさんも黙っています。隠し玉ですし、まだ幼いので戦うには早いです。あと10年くらいは鍛練してもらいたいなぁ。だから、非常事態用なんです。
マイアさんは消えました。
「ルッカ、王城に。王を回収しながら、前王の居場所を探りなさい。シェラは情報局本部に向い、諸々の書類を確保しなさい。クリスラ、この汚い工房と人々を宜しくお願いします」
ナチュラルに私の大切な工房をディスりやがりましたね。あと、汚いの形容詞は工房と共に人々にも掛かっていませんか?
エルバ部長が今のもちゃんと記録しているのか、私は気掛かりですよ。
「メリナさんはヤギ頭の所へ向かいなさい。殺してはなりませんが、虫の息までは許可します」
「え? 私、独りですか?」
「あの竜を回収なさい」
ガランガドーさんと二人? 解釈の余地が有りますが、ほぼほぼ私単独じゃないですか。
「それにエルバ部長にご一緒して頂きます」
誤差範囲の戦力増ですね。
「アデリーナ様は?」
「私はカトリーヌさんと共に前王を探ります。ルッカは地上を、部長は地下を調べます」
……アデリーナ様がオロ部長と行くと言うことは、そちらが本命か。
私の想像は簡単に読まれたみたいで、アデリーナ様は続けます。
「第3王宮の地下にはブラナンの祭殿が御座います。ルッカに由れば、そこへ王が向かったとの事ですので、何が起きようとしているのか、或いは、起きたのかを確かめます。まさか、ブラナンも地中深くにある祭殿の更に下から襲われる事を考慮していないでしょう」
つまり、上から探るルッカさんは囮みたいな物ですね。
「恐らく、今回の変を裏で紐引いているのはヤギ頭。絶対に捕まえ、記憶石の前で白状させるのですよ。その重要な仕事をあなたに任せます」
「質問があります!」
「受け付けたく御座いませんが、聞くだけ聞きましょう」
「昨日、ヤギ頭の所は罠が張ってあるだろうと皆で話しましたよね? 魔法防御壁も作りましょうとか。その辺りはどうなりましたか?」
「あぁ。それは私の思慮不足でした。あなたの思う存分にして下さい。あれだけの竜を、ノータイムで召喚できる人なんですよ、あなたは。ノーガードで十分です。お釣りさえ来ますよ」
まぁ。何て言い草なんでしょう。
「エルバ部長、申し訳御座いませんが、メリナさんを宜しくお願い致します」
「あぁ、任せろ。お前も気を付けろよ」
「はい。その心遣い感謝致します」
私にも感謝しろよ。お前のために頑張ってやっているんだぞ。
私としてはブラナンがお前に憑依しても――いいえ、それでは、この街の惨劇が繰り返されますね。あと、副神殿長の動きを止めないといけませんか。
雲に光が反射して、空が赤く染まりました。ブラナンが復活したみたいです。
「立体魔法陣らしいですからね。いくら攻撃しても術者を止めないと収まりませんね……」
ガランガドーさんが長い尾でブラナンを縦に叩くのが見えましたが、その攻撃した箇所だけが消失するだけで、ブラナンにダメージは入っていない様です。
ガランガドーさん、行きますよ。
『うむ。切りが無いか。残念である――』
ガランガドーさんの発言の途中で、炸裂音が街中に響きました。方向は王城です。
見れば、王城に聳えていた塔が崩れ落ちるのが見えました。
「メリナさん、いつだかのシャールの尖塔を壊した時を思い出しましたよ」
「奇遇ですね、私もですよ、アデリーナ様。他人事ならこんなにも落ち着いて眺めていられるんですね」
「えぇ。そうで御座いますね」
崩壊した王城から光の玉が物凄い速度でガランガドーさんに向かって放たれました。
あらら、新手の敵でしょうか。頑張れー、ガランガドーさん。
異変に気付いて、体勢を変えるガランガドーさんですが、消えました。それと共に私の中に戻ったことを告げて来ました。
敵前逃亡とは感心しませんよ。
『少し驚いた。来るぞ』
ガランガドーさんの言葉通り、光の玉は転進してこちらへ向かってきます。
「メリナさん、迎撃」
「はい!」
お前が矢で射てよとか思いつつ、私は身構えます。やはり、ここは氷の槍ですよね。突き殺して差し上げます。
『主よ、アレは味方だ』
私の魔法の発動とほぼ同時にガランガドーが言いました。スッゲータイミングが悪いです。もう殺意全開の槍は発射されてしまいましたよ。
幸運なのか、光る玉に槍は当たったものの、砕け散りました。ブラナンの不浄な光とはいえ、粉々になった氷がキラキラと煌めく光景は、とても綺麗です。
光る玉はそのまま私達の所まで飛んで来まして、光が消えた後に現れたのは巫女長でした……。
「メリナさん! 竜よ、竜! クチャクチャ。でっかい竜がいたのよ、クチャクチャ」
まだ、あの竜の珍味というか半陰茎を噛んでおられたのですか。
巫女長は昨日別れてから、ずっとお宝を探して、いえ、どれにするか迷ったまま、王城に滞在されていたそうです。魔法の収納先には頂く候補物が保管されているらしいですが、ほぼ窃盗状態ですね。
ブラナンの魔力吸収に関しては「肌の毛穴をキュ~と絞る感じにしたら止まるわよ、うふふ、クチャクチャ」と仰られています。
「巫女長、その竜はメリナさんの中にお住まいですから、メリナさんとご一緒されては宜しいかと存じます」
アデリーナ、お前、この化け物じみた――いえ、天然な巫女長様を私に押し付けようとしているだろ。そうは行かせません。
「巫女長様、アデリーナ様はブラナンの祭殿に行くみたいですよ。絶対、良いお宝が置いてあると思います。付いて行くならそちらですよ」
「メリナさんの竜、黒くて大きかったですね。古竜で御座いますね。このアデリーナも一目見て感動しました。後日、その竜について巫女長と共に語らうのが本当に楽しみです」
「まぁ! アデリーナさんも竜好きだったの!? まぁ、クチャクチャ。そんなの初めて知ったわ、クチャクチャ。どう、アデリーナさん。この竜の妙薬をお分けしますね、クチャクチャ。あらあら、私はアデリーナさんの知っている竜について興味があるわ、クチャクチャ。ねぇ、一緒に行きましょうね、クチャクチャ。メリナさんの竜なら、またシャールでお会いできますし、クチャクチャ」
くくく、策士アデリーナ、策に溺れる。
巫女長様は良い人ですが、今までの経験でトラブルメーカーと判断しております。是非、その真骨頂をお味わい下さい、アデリーナ様。
ほら、早速、竜の珍味――じゃなくて妙薬を口に入れられてしまいましたよ。
「エルバ部長、では我々も先を急ぎましょう」
「そうだな。フローレンスが傍にいれば、アデリーナの身も安全だろう」
まぁ、強引に追加の竜の妙薬まで握らされていますね。うふふ、それ、竜のチンコですよ。
「待ちなさい、メリナさん」
「ご健闘とご冥福をお祈りします、アデリーナ様」
「にゃー」
まぁ、ふーみゃん、可愛いですね。
それでは、暫しの別行動です。




