避難誘導
私の指示は無かったことにしたのか、ガランガドーさんは空の彼方に飛んで行かれました。空中戦で仕留めて行くんですかね。
私、先程の恥ずかしさもあって、遠くに行くガランガドーさんに魔力を注入します。ここで名誉挽回したい所なので大サービス。
大きくなぁれ、大きくなぁれです。
これで先程の失態はチャラですからね。
急に巨大化したガランガドーさんは足が民家に掛かり、屋根というか上階部分を粉々に粉砕しました。
もうお茶目なんだから。
しかし、流石は私の精霊です。猛スピードで突っ込んで行きました。数は少なくなっていますが群がる敵を蹴散らし、ブラナンを一直線に狙っている様です。
「……メリナさん、あの毒々しい竜は何ですか?」
「ガランガドーさんですよ。さっきまでここで話していたじゃないですか」
「巫女さん、本当にクレイジーよね……。ブラナンより危なそうなのを軽く出してきたわ」
ルッカさんの言葉にマイアさんが乗っかります。
「えぇ、魔力的にもあのブラナンの幻影を遥かに上回っていますね。あの古竜なら余裕でしょうよ……」
「メリナ、マジでお前ヤバイな……。生きる最終兵器じゃん……」
街の人達がパン工房前の道に集り、溢れて参りました。救いがここにあると理解されたのでしょう。少なくない人は手に武器を持っていますし、そうでない人は貴重品かな、袋や鞄を背負っておられます。
「……光に寄って来たむ――」
アデリーナ様の続きは虫けらですかね、虫けら。さあ、エルバ部長、はっきりくっきり記録なさい。
「――む、む、無辜の民よ。我らが救おうぞ」
おぉ、何か難しい言葉で誤魔化しましたね。アデリーナ様、やるぅ。
さてさて、戦況は覆したに思えて、実はまだそんなに状況は変わっていません。多数の敵は落としたのですが、ブラナンが赤く輝く翼を羽ばたかせると、黒い羽の生えた敵が再び現れるのです。
また、数は少なさそうですが、空だけでなく地上にもそんな物がいるのですよね。群集の背後の方では怒声と悲鳴が聞こえまして、混乱が生じ始めていました。人同士で圧されての怪我人も出るかもしれません。
剣戟の音はそれ以上に騒がしい事もあって聞こえませんが、たまに火球などの魔法と思われる光が街のあちこちで見られます。王都の兵隊さんが迎撃しているんだと信じていますよ。
アシュリンさんやイルゼさんも工房から走り出て対処に向かいます。遅れてヘルマンさんの姿も見えました。
しかし、彼らがどんなに活躍したとしても、この群集全体を無傷で守ることは能わないでしょう。色んな通りから彼らはこちらに向かっていて、カバーする範囲が広過ぎるのは明らかですから。
アデリーナ様が外行きの声で私に言います。まだ演技中なのですね。
「この王都の地は巨大な卓状台地の上に御座います。外敵から守るに適しても民が逃げるには不向き。聖衣の巫女であり、次代の聖女であり、我の忠実なる友である竜の靴、メリナよ、転移魔法で彼らを救助するのです」
は? 竜の靴? 友?
急にとち狂ったんですかね?
疑問しかない命令でした。
しかし、王都の外壁の外は急な坂ですものね。こんなに焦った方々だと転落死される方が続出しますか。
私が動こうとした所でマイアさんが止めます。
「メリナさん、あなた一人では王都の全ての住民を避難させることは出来ないでしょう。いえ、すみません、可能だと推測しますが、多くの時間を割いて戦線に不在になるのは宜しくないとアデリーナさんもお考えでしょう。私がご助力します。アデリーナさん、それで宜しいですよね?」
「感謝致します、デュランの聖守護マイア様。タブラナルと王国はそのご助力を永遠の恩義と致します」
まぁ、カッコいい言葉遣いばかりして、アデリーナ様は狡いです。もっと馬車を運転している時みたいなエキセントリックな方が庶民には馴染みやすいんですよ。
マイアさんは唱えます。
『我は詠う。蹣跚と胡乱を囚え、然ては、潸然さえも嗤えし花唇の放恣。擠す甘雨、罨う暗涙。其は済度を転がす桑鳲の児戯を弥漫とす』
パン工房前の道に魔法陣が描かれ、その上に乗っていた方々が消えました。魔法陣っていつも光っているんですよね。今回は薄い青色で、変な文字みたいな物がゆっくりと中を回っています。
群集は突然の異変にたじろぎ、魔法陣を避けようとします。ぎゅうぎゅうなのにスペースが出来ました。
「転移魔法陣です。王都の麓に繋がっています。さぁ、アデリーナさん、皆にお伝えください」
アデリーナ様は大きく頷き、声を張り上げます。
「皆の者! 雑多な荷物は捨て置き、魔法陣に身を投げ出すが良い! 救いの最後は自らの覚悟を示すのだ!」
いきなり消えてしまい、どこに行くのかも分からない代物ですからね。そうは言われても、皆、怯みますよ。
「シェラ、メリナ、行きなさい。躊躇う者を説得するのです」
「はい。行きましょう、メリナ」
シェラは返答と共に、屋根から飛びました。あのおっとりして、お淑やかで、胸がタプンタプンのシェラがです。
私は驚き、次いで、豊満過ぎるバストが千切れないか心配しました。
バシンっ!と、鞭が道を叩いた音がしました。鞭ですよ、胸が弾け破れた音では御座いません。
屋根にセットした記憶石から繰り返し流れるアデリーナ様の避難指示の大声にも打ち勝つのですから、相当な威力だったと思います。
私も彼女を追って、シュタッと下りました。しかし、着地点は魔法陣の上、すぐにどこかに転移してしまいました。
周囲には先に転送された王都の人達。風景が一瞬で変わった驚愕は既に終えられていて、身の安全を互いに確認し合っていました。魔力吸収の為か、皆さん、疲れ、窶れている様でした。
遠くに王都が位置する台地が見えまして、魔力吸収も赤い粉も無かったので、ここならブラナンの直接の影響はなさそうです。
マイアさんはそこまで知ってか、推察してかして、転移場所を選んだのでしょうか。大魔法使いマイア、本当に凄いです。そんな人が命を犠牲にしてまで倒そうとした魔王と言うものは本当に危険な存在だったんですね。
私は泣きじゃくる女の子とその弟を発見しました。転移で親とはぐれてしまったそうです。
周りの大人が慰めようとしますが、収まりません。私はシャールの巫女見習いで、先程、皆に避難を呼び掛けたアデリーナ様の知人であることを明かした上で、その姉弟を連れて王都に戻ります。
「この子達の親御さんはいますかー!?」
しかし、私の言葉は近くにしか聞こえません。そして、人々の混乱は私の声を耳に入れません。
「メリナ、私に任して下さい」
シェラは鞭を叩きます。石畳を破壊するくらいの衝撃で。
その音で一瞬だけ静かになります。
「貴族である私の願いと命令で御座います。順番に魔法陣に飛び込み下さいませ」
シェラの優雅な声質は優しいですが、有無を言わせぬ迫力が右手に握られた鞭から伝わって来ます。
睨まれた近くの人が恐る恐る、魔法陣に近付き、足を踏み入れました。顔は真っ白で、進んでも断っても死地と勘違いされているのかもしれません。そして、歩んだ末に彼は消えました。
一人が行くと、二人目が。数人が消えると、もうその流れが出来たのか、ドンドンと人々が魔法陣に入り消えていきます。
私はその間に子供たちに親がいないか確認させました。
なかなか見付かりません。もしかしたら、見逃しをしたのかもしれません。一緒に探す私は、連れてきた子供達の他にもはぐれた子やそれを探す親がいる事を知ります。
私が探索を手伝うには無理な数で転移先で早期に再会できることを祈るのみです。
王都にはたくさんの人が住んでいて、色んな生活があったのです。勿論、私の知らない人達です。更には、シャールやデュラン、規模は小さいですが、コッテン村にも私の知らない日常があったのです。
それが今や、ブラナンの出現により壊れる危機が訪れているのです。
こんな展開になる前に私がもっと上手く立ち回っていれば、彼らの幸せは維持されていたのかもしれません。
何が超強力デスブレスですか!? 敵も味方も皆殺しする気だったのでしょうか、少し前の私は。
「いた! お母さん!!」
女の子がどうやら見付けたようです。
私はすぐに母親を呼び、巡り会わせます。
感謝の言葉もそこそこに終えさせ、すぐに彼らを転移させます。
「ああ!? 荷物を置いて行けだと!?」
横にいるシェラに対しての暴言が聞こえてきました。
「はい。申し訳ございませんが、それが金貨様と王家のご意思で御座います」
「ふざけるなっ!? 何で俺のだけなんだよ! 見ろよ! 他の連中はそのまま行っているだろ!」
見ると、男は商店の偉い人っぽい格好です。何人もの人に荷車を牽かせて、大量の金目の物を積んでいました。
「本当に申し訳御座いません。それはあなたの物では無くなりました。王家の方との盟約により……本日より私の所用物と仰られておりまして……」
笑顔でトンでもない事を口にしましたよ、シェラ。
「そもそも、その数台の荷車が人々の流れを塞いでおります。それを私は少し腹立たしく感じているのですよ」
「おい! 殺せ! このバカを殺せ!」
主人の命令に荷車牽きとは別の護衛っぽい男達が前に出ました。で、シェラの鞭に打たれて吹っ飛び、魔法陣で消えました。
「殺せなんて、良い言葉では無いですわ」
シェラは優しく言いましたが、強烈な勢いで鞭を腕ごと店主の横腹に叩き入れ、同じく無理矢理に転移させました。
「さぁ、皆さん。出来る限り、荷物は置いて中に入りましょう」
一連の流れを見ていた人々はスピードを増して魔法陣に飛び込んでいきます。なお、荷台は邪魔でしたので私が道端に片付けました。
「ふぅ、流れが出来ましたね。もう勝手に進まれることでしょう。お疲れ様でした、メリナ」
「そ、そうだね、シェラもお疲れ様」
「病気や吸魔に侵されている多くの方々がまだ残られるでしょうから心配ですね」
そう心配りを言うシェラの鞭からは血が滴り落ちていまして、ちょっと、凄い違和感です。
それに吸魔を知っていると言うことは、情報局でもかなりの上の立場だったのでしょうか……。
あと、私には気掛かりな人が脳裏に有りました。居酒屋の店長ではないです。おっさんなので、勝手に自分でどうにかされるでしょう。
あの居酒屋戦争の夜、店に案内するために、私は獣人の子供の手を引きました。柔らかくて温くて、でも少しだけ震えていましたのを思い出したのです。
そんな時、王城の方から物凄い音が聞こえました。何事かと目を見張ると、私が出した氷の塔が崩壊した音でした。
色んな家々が下敷きになったかな。
……うん、あの辺りは貴族様のお屋敷ばかりでしたから、きっと建物も丈夫で、怪我人は出ていませんね。うん、大丈夫ですよ、私。アクシデントには負けません。




