アデリーナ様の頑張り
パン工房の屋上では記憶石とか言う物が発動している様でした。拳大の石塊から光が発せられ、空中に虚像を作っていました。
アデリーナ様が外に出たのを不思議に思って、追った結果に見たのです。アデリーナ様は発動具合いを確認していたのでしょうね。
その映像は大きなアデリーナ様。大きな声で「まだ動ける王都の民よ。デュランとシャールの公館に集まれ。そこまで移動が不可能な者は、この映像の下へ来るが良い。私、アデリーナ・ブラナンは善良なる民の庇護者である」と繰り返し流されています。
遠くまで聞こえるように大声量で流されるそれは、近くにいる私にはとても迷惑でした。でも、すぐに耳は慣れてくるものなんですね。
しかし、その音と光は敵を刺激することにもなるでしょう。
シャールで見たような赤い粉は王都では降っていません。聖竜様のご威光がこの地では余り無いから、ブラナンも無駄な事はしなかったのかもしれません。
ルッカさんは既に屋根に上がっています。そして、声を張り上げて叫びました。記憶石をセットしたのも彼女でしょう。
「来たわよ! 敵襲!!」
どれどれと私はパン工房の二階へ駆け上り、窓を開けて外を見ます。何かワクワクします。
地上にはいませんので、お空かな。
それにしても、記憶石から発せられる映像の光は明るいんですね。薄暗いお外を照らしています。これは声が届かない所でも大きなアデリーナ様の虚像のお陰で、何事かが起きていると王都の住民の人も分かることでしょう。凄く怪しげで近付きたいと思うかは不明ですが。
「メリナ、あれでしょうか?」
隣にいたシェラが空を指差して教えてくれました。巨大な鳥ブラナンの端っこは見えましたが、ルッカさんが教えてくれたのは、それでは御座いませんでした。
遠くに見える巨鳥は体表から赤色の光が発しており、天を覆う雲にその光が仄かに反射しています。そして、その手前に黒い羽が背中から生えた人間みたいなシルエットの何かが無数に浮かんでいまして、ブラナンの大部分が隠されていました。
あれらはブラナンが作り出した眷族みたいな魔物でしょうか。離れ過ぎていて、それらの強さは私には魔力的には測り取れませんでした。
「巫女さん、やる?」
「そうですね――」
上方からのルッカさんの問いに答えようとした私ですが、遮られました。アデリーナ様です。
「メリナさん、雑魚は私にお任せください。言葉だけでなく行動も示しておいた方が、ゴミの様な愚民を騙せます。あっ、エルバ部長、今のはカットして下さいね」
カット? あぁ、記憶石の事ですかね。
むしろ、今の発言を流して本性を周知すべきでしょうよ。
「いや、使い方が分からんぞ、マジで」
エルバ部長は子供ですからね。
良いんじゃないですか。アデリーナ様の黒い部分を余すことなく伝えれば、皆さんも見た目に騙されなくなりますから、世の為です。
「メリナさん、私を屋根に上げなさい」
了解しました。
私はアデリーナ様の後ろ襟をムンズと掴み、勢いよく窓の外に出します。アデリーナ様の体は私の腕一本で宙ぶらりんです。
早くしないと首が締められて命の危機ですね。
「ルッカさん、アデリーナ様が行くんで受け取って下さいね!」
「へ? 巫女さん?」
ルッカさんの返答を確認して、私は放り投げました。グブッて、ちょっと聞いたことのないアデリーナ様の声を聞けました。
「わわ! 何か来た!」
転がり落ちる音は聞こえませんでしたので、アデリーナ様は無事到着されたようです。
「メリナっ! 覚えておきなさいっ!!」
まぁ、願いを叶えたと言うのに激怒ですか。王家の人は我が儘です。私は一切覚えませんよ、忘れさせて頂きます。
「メリナ、私達もアデリーナ様のお傍に。清浄で誠実なる金貨様は伝承の中で、苦難の続く戦場でも巫女が心を共にして対処されることを望んでおられます」
シェラです。良いことを言っていても、お金の話ばかりで私は少し反応に困ります。ブラナンの記憶操作、恐るべしです。
「そいつ、ヤバイな。この危機でも金かよ。マジで伯爵の娘か。しかし、今はアデリーナを助力するのが先だな」
えー、絶対に怒られますよ。嫌です。目の前に行きたく有りません。
しかし、私は記憶石が有ることに気付きます。何も知らない民衆に対して、アデリーナ様は自分の事を救国の英雄っぽく印象付けようとしているのだと思います。なので、記憶石が傍にあれば、滅多な発言や行動はされないはず。
瞬時でそう判断した私は転移しました。
現れた私をアデリーナ様はキッと睨んできました。
「ア、アデリーナ様、ほら、石ですよ。エルバ部長が記録してますよ?」
「……ブラナンの前に、メリナさんを締め上げたいですね。部長、これもカットですよ」
ゴツンと拳骨を頂きました。少し痛めのヤツです。
「二人とも遊んでたらダメ。凄い数よ」
あっ、ルッカさんの指摘通りに多いな。窓からだと視界が遮られて全体を確認できていませんでした。
空全体に浮かぶ敵は数百ではなく、数千、もしかしたら万に届くかもしれない数です。それらが弧になって、我々を囲もうとしている、そんな状況でした。
こちらの人数は10名とちょっと。魔法で撃退するにしろ、打ち漏らした敵に囲まれ襲われてしまいそうです。
「人間ではなさそうで御座いますね。それでは遠慮なく」
アデリーナ様は不敵に笑います。……エルバ部長、ちゃんと撮れてますか?
彼女の怖い顔をちゃんと民衆に伝えないといけませんよ。
「篦。矧ぐ。矪は矦を射る」
アデリーナ様の詠唱はとても短かったです。
効果はいつもの光の矢。でも、量も範囲も桁違いでした。
アデリーナ様がさっきの言葉を呟きながら手を横に薙ぐと、手の流れに沿って光る箱が出てきました。いや、よく見ると区切れが入っているから、箱でなく長い光る棒が幾つも連なってるのかな。それが、高さ方向にも横方向にもぎっしりなんです。
少し待つと、矢尻と羽みたいな物がそれぞれの棒に付きまして、一斉に飛び出しました。
それらは扇状に広がり、遠くに浮かぶ黒い敵を高速で襲います。薄暗かったのに、アデリーナ様の魔法の矢が通る所だけ、街並みが照らされました。
それが4回も。敵は矢に射たれ、上空にいるままに大部分が消失しました。
斉射の3回目くらいで街中から歓声が上がるのが聞こえました。そして、道に人が溢れ、こちらに向かってくるのが分かります。
記憶石による呼び掛けの映像と共に、圧倒的な攻撃力を目の当たりにして、この光の源に来れば助かると理解されたのでしょうね。
「見よ! これが古き暗き世を射つ、新たな希望であるっ!」
誰に言ってるんですか、アデリーナ様……。
凛々しいお顔ですが、ここには神殿の巫女しかいませんよ。
「アデリーナ様、ヤバイですね」
「うふふ、メリナさんの一撃には到底及びませんよ。破壊力はどうしようも御座いませんから」
「ですが、アデリーナ様がゴミくずと呼ぶ群集なら一掃できますよね……」
「エルバ部長、メリナさんの発言の最初からカットでお願い致します」
「あぁ。しかし、何だ、扱い方が分からないんだが、マジで」
エルバ部長の言葉にアデリーナ様の目は一瞬だけ汚いものを見る感じになりました。少し高揚して、生来の素顔を隠せなかったのかもしれません。
いやぁ、怖いですニャー、ふーみゃん。
「にゃー」
ほら、同意頂きましたよ。アデリーナ様の足元にいると危ないですよ。うっかり矢を刺されてしまうかもしれませんよ。さぁ、私の懐に飛んで来なさい。
私がふーみゃんと見詰め合っている後ろで、シェラの申し出により、エルバ部長は彼女から使い方をレクチャーされていました。
プライドが許さないのでしょうか、エルバ部長はぐむむって表情でした。
「メリナさん、クリスラさんをお呼びください」
へいへい。人使いが荒いことで。
私は屋根の端っこから身を乗り出し、逆さまに顔だけ窓に入れてクリスラさんに声を掛けました。
クリスラさんはマイアさんと共に転移してきました。クリスラさんは転移魔法を使えないからマイアさんの魔法かな。意外でしたが、マイアさんは伝説の魔法使いらしいですから、当然では有りますね。
「王都、そして、王国解放の先手は正統なる王位継承権を持つ、我、アデリーナが放った。王国に忠実なる聖女クリスラよ、そなたの清浄なる祈りをもって敵を共に討とうぞ!」
いやぁ、迫真の演技ですよねぇ。まさか、ああ言っている人間が「民衆なんて石コロみたいなもので御座いますよ」と素で考えているなんて、誰も信じないでしょう。
クリスラさんは空気を読むのが上手です。恭しくアデリーナ様に礼をしてから、アデリーナ様が打ち残した敵群に向けて、手を伸ばします。
「我は願う、嬉戯に伏せる吼噦に、亦は、冲天を達したる遥かなる渉禽。其が欲っさんとするは喃々たる佳辰。荒れ果てたるは――」
クリスラさんの詠唱を確認して、マイアさんがその裏で詠唱をします。
「我は幽谷に棲まる、徒死すべし瑣尾なる踔然。謁するは、美しき肺肝を天倫とす犠牛にして、その背に乗りたる水禽。苙を下して我が根よ、叶え。破船の先に流るる――」
マイアさんの魔力がクリスラさんに伝わり、クリスラさんの魔力が増大していきます。言葉は違うのに輪唱の様に同調する二人の詠唱が終わると同時に、発生したのは突風。たぶん、突風。浮かぶ敵がバランスを崩しながら吹き飛んで行ったから。
「ふぅ。久々の援護魔法でしたが、上手く行きましたね。クリスラ、ご苦労さん」
「感謝申し上げます、マイア様。聖都デュランの守護者たる貴方様が一時的にでも顕現なさったのも、民を率いる真の貴種であるアデリーナ様と共にこの危機を戦えと仰っておられる証しなのですね。我がデュランは決して悪には屈しません」
クリスラさんも誰に向かっての説明口調なんですか、とか思いましたが、アレですね。記憶石か。
「さぁ、聖衣の巫女よ。貴女の怒りの一撃を」
お? 私もですか?
では、殺りますかね。ガランガドーさん、出番ですよ。
私の呼び掛けにパタパタと小さな羽を動かしながら、黒い竜が下から飛んで来ました。
『ふむ、我に任すが良い。主の特性は今回の広範囲攻撃には向かん』
「そんな事はないですよ。私も出来ます」
『……街の民ごと殲滅してしまう』
ぐぬぬぬ。確かにこの街中で炎の雲を出すと大火の元となりそうです……。
「メリナさん、今のカットしておきますから、もっと愚衆を扇動、洗脳する様なセリフでお願いします。ほら、シェラも手伝いなさい」
その要請に対して、私よりも先にシェラが応えます。
「聖衣の巫女メリナ様。我らが信仰する金貨に選ばれた尊いお方。万物を凌駕する神々しき金貨の僕。我らが民を先導する一撃を、シャール伯爵家に連なる不肖シェラ・サランは心より祈ります。全ての国民の願いを込めて」
……今のもカットですよね? 私が金の奴隷になっていますし。
しかし、アデリーナ様の沈黙は続行の意思を表していますか。
くぅ、緊張します! これ、後で皆に観られるんですよね。変なことを言わない様にしなくちゃ。
「行けー、死を運ぶ竜ガランガドー! 皆の思いを満載した超強力デスブレスだー!」
こんな感じで宜しいでしょうか。
カットされました。ガランガドーさんも戸惑っていました。
あと、シェラの鞭がビシッと屋根板を叩いたのでビクリとしました。




