王都に集結
デュランでクリスラさん達を回収してから、私達は王都のパン工房に転移しました。
私の口にはビーチャ達が早速作ったパンが入っています。パンを油で煮た物で、私の希望通りに中に肉が入っています。色々試した結果、挽き肉が合うということで、刻んだ野菜と共にそれが包まれた逸品です。
正直、とても美味しいです。天才パン職人である私の指導と鞭撻の結果、彼らはどうやら私の才能を越えてしまったようです。もう私が彼らにパンについて教えることは何も御座いません。
少し寂しいものですね。弟子が一人立ちしてしまうという経験は。
パン工房は今回の戦闘に参加する方々で少し手狭になっています。
あっ、とぐろを巻くスペースが無いので、オロ部長には階段の所で体を伸ばして貰っています。尾の先が二階にあるのに、頭は一階の竃付近に来るって、やっぱりオロ部長は大きくて偉大ですね。
そして、初めてではないでしょうか。オロ部長、アシュリンさん、ルッカさん、そして、私といった魔物駆除殲滅部の全員が揃ったのは。コッテン村でも集まっていましたが、あの時はまだルッカさんは巫女見習いではありませんでしたし。
「メリナさん、魔力を吸われております。早く、その竜に指示をお願い致します」
ん? アデリーナ様、何でしたか?
あっ、そうですね。オロ部長の体から生えた腕の白さの立派さに見とれていました。
『ふむ、では、やろうか』
ガランガドーさんも気合十分です。口から黒い魔力を吐き出すと、それが私達の体に纏わり付きます。ふむ、この魔力の膜でブラナンの精神魔法を弾くのですね。
……不快です。しかし、意識操作はデンジャラス。思わずルッカさん調になりましたが、本当にそう思っているのです。神殿の巫女の方々の惨状は私を警戒させるに余りあります。
幸い、最悪ブラナンの赤い粉に触れても私の場合、お母さんを敬う事になりそうですね。それは極めて普通の事で、少し恥ずかしいくらいで終わりそうです。
しかし、ブラナンの能力は他の認知にも影響を及ぼす可能性が御座います。私の言動が副神殿長の様になっては困るのです。解除された時に顔から火が出てしまいます。いえ、魔法的に火を出して、関係者を燃やし尽くす必要が出てくるかもしれません。
エルバ部長とアデリーナ様は、少し離れた場所で軽く話をされていました。アデリーナ様がそんなに親しくはないと言っていた関係だけに珍しい光景ですが、別に喧嘩している訳ではなさそうですね。笑みもあったりで、男根の神殿について語り合っているのかもしれません。
私がそう思ったのは、先程まで会話に入っていたへルマンさんが青褪めたからです。お気の毒に。
へルマンさんはデュランでクリスラさんの召集に応えたのでして、へルマンさんが来たと言うことは、コリーさんもいます。聖女決定戦から二人は仲良しになりましたから。
……あいつは付いてきていません。フルアーマーで居やがりましたから少しビビりましたが、足手纏いになると強く主張する必要もなく、「デュランは俺に任せろ。クソ巫女だけの手柄にするなよ、コリー」と自ら戦線を撤退していきました。
腹の立つ物言いですが、元に戻っているのでしょうか。あの恐ろしきアントニーナはこの世にいないと考えて良いのでしょうか。私、怖くてコリーさんに確認できていません。何故に素顔を見せなかった、アントン!!
デュランからは他に、私と聖女決定戦を争ったイルゼさんやメイドのフェリスさんも来ています。他に10名くらい居ますが、私の知った顔では御座いません。
パットさんやガインさんは来られませんでした。裏方として援護しますと仰っていましたが、デュランと王都も離れていて、何をすると言うのでしょうか。
「メリナ、ここは王都で御座いますか? 久々ですので道に迷わないか心配です」
そう言うシェラの右手には鞭が装備されています。夜会の練習で用いた普通の鞭と違って、床に垂れる程に先の叩く部分が長いし、いっぱい生えてるし、トゲトゲもぎっしりだしで、物々しいヤツです。
「え、えぇ、道案内はお任せ下さい……。皆様もいらっしゃいますし。聖竜様の為にお互い頑張りましょう」
シェラと話していると私も言葉遣いが淑女になりますね。良いことです。
ただ、今はシェラの右手にある鞭にどうしても意識が行ってしまいます。
「聖竜様?」
「すみません、間違えました。金貨様の為に頑張りましょう」
「えぇ、私達の忠誠を示して認めて頂きたいですね」
満面の笑みがキュートで、且つ、優雅なのですが、それがまた金貨の為かと思ってしまうと悲しくなりますよ。
「……シェラはどうして金貨がお好きなのですか?」
聞いて宜しいのでしょうか。知らない方が良いこともあると学習したばかりです。だから、私は恐る恐るなんです。
「輝きでしょうか。ほら、昔から絵本に載っている金貨様のお姿、憧れだったので御座います。それに何者にも負けない強さ。シャールに生まれて金貨に憧れを持たない人はいませんよ」
……白面であればクズの極みな発言ですが、今は仕方有りませんよね……。
「次代の聖女メリナ様、お久しぶりで御座います。イルゼで御座いますが、覚えておられましたか?」
……覚えているか彼女が気にしているのは、例の件ですね。
「ええ、次の次の聖女イルゼさん。私は約束を違えませんよ」
「うふふ」
「おほほ」
「グハハ」
……なんだ、この茶番。コリーさんが寄ってきたのに去って行きましたよ。アシュリンさんが何故か一緒に笑うし。
パン工房の一番奥、私がビーチャやデニスの指導のために座っていた椅子の上にアデリーナ様が立ちます。まぁ、土足ですか。私の椅子なのにお行儀が悪いですね。お隣にいるクリスラさんを見習い下さい。
その二人ともこちらを見据えていました。
「それでは皆さん、宜しいでしょうか。……ごほん。……私はアデリーナ・ブラナン。王国を憂う者で御座います。今から始まる闘いは王国の行く末を定める大事な一戦。骨が砕けようと、仲間が倒れようと、前進をしないとなりません。……しかし、人の未来はあなた方の手によってしか成し遂げられない! さあ、皆よ、私と共に誓おう! この手で新たな世界を掴むことを!」
熱の入った演技です。全てはブラナンを消し去った上で、自分が王になるためなのですよね。庶民からすると、王がブラナンでもアデリーナ様でも日々の生活には変化がない気がします。
クリスラさんが連れてきたデュランの知らない人たちが慌ただしく動きまして、数人が転移魔法で消えました。
アデリーナ様から解放されていたエルバ部長に尋ねます。
「彼らはどこに行ったんですか?」
「あぁ、転移魔法でデュランに向かうらしい。この記憶石とか言うもので、これを使って王都での出来事を映像にして民衆に見せるらしい。私も渡された」
記憶石って言うのは見えたものや聞いたものを記録して、後から映像として映し出すものらしいです。かなり高価な物らしいのですが、アデリーナ様とクリスラさんが用意されたそうです。
「アデリーナは周到だな、マジで。転移魔法の術者を集めていたが、この為だったか」
……うーん、でも、アデリーナ様はこの転移の腕輪を寄越しなさいと言っていたんですよね。エルバ部長の言った利用以外にも考えをお持ちなのではと思います。
何しろアデリーナ様はこの王都の混乱を利用して、スムーズに王位を継ぐおつもりなんですね。怖い話です。




