金への執着
シェラは自室にいました。外はまだ赤い粉が空から降っておりまして、マリールはその分析のために薬師処に向かったらしいです。仕事熱心な事ですね。
薬師処はほぼ通常運転であるのに対して、シェラが所属する礼拝部は混乱していました。
本来、聖竜様の為に祈りや踊りを捧げる部署なのですが、今は赤い粉のせいで聖竜様が忘れられています。部署の各人によって聖竜様の代わりに畏れ敬う物が違う状態になり混乱が生じているのです。また、礼拝の儀式についても、それぞれ伝承に基づいた流れがあるのですが、その意味が通らない物に変質してしまっているのです。
例えばですね、シェラは今、金貨を崇拝しています。なのに、聖竜様が好むとされる豚系の魔物の肉を供える儀式があるそうで、本人も迷いながら金貨の袋の前に肉を置いたそうです。
中々にシュールな光景ですね。
私はシェラを連れてアデリーナ様の部屋に向かっています。
「ごめん、シェラ。あなたが実は強いって事をアデリーナ様に伝えたら、不穏な雰囲気になってしまったの」
「まぁ、そうなのですか……。でも、私は強くは無いですよ?」
……ぐっ。本人に自覚がないパターンでしたか。私は正直に何故そう思ったかを伝えました。
「鞭ですか? でも鞭は痛いものですから、メリナも痛みを覚えるのが普通でしょう」
いえ、並の人間からの攻撃であれば、顔面を殴られても平気です。むしろ、相手の拳を破壊できます。
ただ、シェラの言い分もあの鞭が魔法具だった可能性であれば否定は出来ません。
「転移魔法も……その腕輪の力でなくてメリナの本来の魔法かもしれませんわね」
……私は唱えられませんよ。ルッカさんが可能であるのなら私もと思って、聖竜様の元への転移魔法を習得しようと3日ほど頑張りましたが無駄な努力でしたから。
結論としては、やはりシェラは無自覚か、若しくは、それは考えたく有りませんが嘘を付いています。
アデリーナ様の部屋の前に来ました。念のためにシェラの顔をチラッと伺ったのですが、いつも通りの、若干の温かさを持った微笑みをされていました。
黒い巫女服がはち切れそうな胸の部分は、隠そうと必死の抵抗をされているのか、金髪の長い髪が掛かっています。
「ようこそ、シェラ。突然の用立てをしまして申し訳御座いません。メリナさんのご推薦なのですよ」
アデリーナ様は普通の声色に戻っていました。
「そうで御座いますか。この不肖シェラ、皆様のご期待に沿えられることでしたら、喜んでご協力致します」
初めて見るであろう白い大蛇であるオロ部長がとぐろを巻いているのを確認しても、シェラは平気な顔でした。
これも鈍いのか、異常な光景を目にしても平静を保てるだけの経験と自信があるのか判断できませんでした。
「重ね重ね申し訳御座いません、シェラ。時間が勿体無い状況でして、前置きは省きますね。……王都の情報局への逆スパイとして私はあなたを利用していましたが、裏切っていましたか?」
「えっ? マジで?」
エルバ部長の小さな驚きが聞こえましたのが、少し面白かったです。調査部は本当にザルですね。存在価値を感じませんよ。解体しても良いかと思います。
無事ブラナンを退治した後も、副神殿長の案を調査部にだけは適用しては如何でしょうか。
「何を仰られるのですか。…………裏切りの意味もわかりませんわ。私は崇高なる金貨様を愛し敬う巫女です。それは皆様もご一緒だと思います」
……シェラ、ダメ。金貨の所が聖竜様なら特に問題のない発言でしたが、今のはそのまま裏切りを告白したか、皆に対する嫌みになります。
ほら、皆さん、事情を知っている方もいらっしゃいますが、一気に場が不穏な雰囲気に包まれましたよ。
しかし、ここが金貨の神殿と思い込まされているシェラは続けます。
「……正直に申しますと、私に金貨様の声は聞こえません。それを咎められるのであれば仕方のないことだと思っておりました。しかし、親愛なる者に対して背を向けているなど疑われる事は、古き先祖より聖なる金貨様の教えに従い生きてきた、私や家族を侮辱するものです。幾ら王家の方と謂えど、シャール伯爵家の金貨様に対する愛と畏れを否定するのは些か乱暴なのではと感じざるを得ないのですが」
くぅ、シェラ。私は友人としてあなたに真実を言う必要が有ります。金のためなら何でもする、とてもダメな人間みたいになっています。
しかし、アデリーナ様が私より先に発言されるのです。
「分かりました。では、こんな提案は如何でしょうか、金貨の巫女となるであろうシェラ・サラン・シャールよ。王都が所蔵する金貨を私はあなた個人に半分差し上げましょう。それで、改めて盟約を結びませんか? 無論、今までの表面に浮かんでいない行為についても不問に致しますし、私への生意気な口答えも許して差し上げましょう。これは貴方の親友であるメリナさんへの気遣いでも有ります」
部屋にいる人の視線が集中してもシェラは無言でした。
「シャプラさんでしたか。メリナさんが連れてきた兎の獣人は。あの情報局の犬を庇った理由を今から追求しても宜しいのですよ?」
それが効いたのかもしれません。シェラは笑みを少し増して喋ります。
「金貨様の力は偉大です。……アデリーナ様のおっしゃられる量の金貨があればより一層輝くことでしょう。巫女の一員として、有り難くそのお申し出を承諾致したいと考えます。今後とも宜しくお願い致します」
……丸く納まった? アデリーナ様が私に気を利かせて、そうなるように持っていって下さったのか。
シェラが何かされるのであれば、私はアデリーナ様よりシェラを選ぶでしょうから。
「えぇ、こちらこそ。欲望を丸出しの方が却って気持ちが良いですわね。可能であれば明日からもその調子でお願いしますね、シェラ」
「アデリーナ様、私の金貨に対する愛は本物で御座いますので、ご安心下さい」
……ブラナン討伐後が大変に心配となりました。あと、私が部屋に置いていた金貨とか大丈夫だったので、さすがに窃盗とかはされませんよね、シェラ?
「えぇ、期待しています」
ここでニンマリされるアデリーナは性格が非常に悪いと思います。
「メリナ、あなたの金貨への愛が叶うと良いですわね」
「えぇ、ありがとう、シェラ……」
そんなとても良い笑顔で、下俗な物言いをされるとは……。お金も好きですが、とても複雑です。
得物を取りに行くとシェラは出て行きました。残された私はちょっと居心地が悪いです。
「メリナの同期だったか、あの娘は? マジでお前たち、スゲーな。まともなヤツは居ないのかよ」
エルバ部長、お黙り下さい。私はアシュリンさんも含め、驚きの連続で気持ちが追い付かないのですよ。シェラはあんな娘じゃないと主張したい所なのですが、何せ聖竜様の次に大切な物が金ですからね。正直、ショックです。
「メリナさん、お手柄です。私を監視する輩を一掃した際に彼女の扱いに困ったのですが、見事に完全な手駒とすることが出来ました。メリナさんには褒美を弾まないといけませんね」
褒美だと? アデリーナ様から何かを貰ったら、後々に困りそうだからお断りです。
私は答えずに、ルッカさんに話を振ります。
「王様はまだ生きてます? ルッカさんの下僕になっているから状況が分かるのではないかと思うのです」
「へ? あぁ、そうね。ちょっとウェィトよ」
ルッカさんは何もない部屋の隅を凝視します。たぶん、彼女には何かが見えているのでしょう。
「うん、弱っているけど生きてるわね。良かったわ。お城の地下かしら。どうする? 泳がしてもいいし、パン工房に行くように命令しても良いけど」
その下僕化の能力、怖いなぁ。何でもし放題じゃないですか。ここから王都までどれだけ離れていると思っているのでしょう。
「……地下? 正確な場所と目的を探れますか、ルッカ?」
アデリーナ様の指示にルッカさんは従います。
「第三王宮の地下で分かる? 目的は……転移? どこにかな? えっ、ヤギ――何て事! 下僕化を解除されたわ! シット、シットよ! 私の下僕が盗まれたわ!」
下僕に対する愛は本物ですね、ルッカさん……。魔族らしさをアピールとは眉を顰めるしかありません。
「……敢えて合流をしようとしていますか……。そのヤギ頭という者がいるという場所は、やはり罠なのでしょう」
これまで沈黙を保っていたマイアさんが口を開いて、皆に注意を促しました。
「しかし、こちらにはメリナさんがいます。そんな物は粉砕して下さりますよね?」
アデリーナ様の私への信頼は、どうやら厚い様です。
「はい!」
「……そうでしたね。こちらにはメリナさんがいる。それだけで全てを引っくり返せると、アデリーナさんと同様に私も感じます」
「……スゲーな、お前、マジで。伝説のエルバ・レギアンスと共闘したマイアから認められているのかよ」
ちょ、エルバ部長、さりげなくご自身とマイアさんが2000年前に共闘した事にしないで下さい。
「ガハハ、メリナ! オロ部長もお喜びだぞ。訓練の成果が現れてきたなっ!」
止めろ、アシュリン。あの恥辱を思い出してしまいます。




