精神へのダメージ
クリスラさんをデュランに送ってから、私は転移魔法を駆使してブラナン討伐のための仲間を集めることになりました。
なお、クリスラさんはクリスラさんでデュランで戦力となる人を募る様です。
強い人を集める者に私が指名されたのには理由が有りまして、あの赤い粉に触れずに人を集めるには転移魔法が必須で、且つ、もう一人の術者であるルッカさんはシャールに知り合いがいないからです。
ただ、そうは言っても、私がシャールで知る、比較的強い人って言うのも限られています。今回は強さが全てですので、コッテン村立ち上げ時の人集めよりも難しいですね。
最初に思い付くのはアシュリンさんです。ルッカさんよりも強いかなと思います。
残念ながら、彼女は魔物駆除殲滅部の小屋に来ておりませんでした。パウスとか言う人と殴り合って疲れているのかも知れません。
……昨日は大事な人の誕生日だったらしいですが、そこで熱々ラブラブナイトだった可能性は身震いする程にヤツには似つかわしくなく、不快感さえ持ってしまいます。
しかし、ここで私は脳裏に浮かんでしまうのです。ヤツはパーフェクトバタフライ。下半身の事です。野宿が続くと不衛生だからとヤツは言っていましたが、それは言い訳で、淫らな行為を目的にしていたのではと。
そうであれば許せません。深刻な裏切りです。この私の純真を弄んだのですから。
ふぅ、でも、その可能性は極めてゼロ。そして、不在である人の事をずっと考えていても無駄なだけです。
次に私はオロ部長の穴に転移しました。
凄くお久しぶりですね。聖女決定戦の決勝戦でも部長は蛇のお姿ですからお誘いしませんでしたから、お会いするのはコッテン村以来でしょうか。
オロ部長はいらっしゃいまして、突然の私の訪問と要請にも快い返事を頂きました。ペコリと鎌首を動かされたのです。
なので、私は部長を連れてアデリーナ様のお部屋に転移しました。私の五人分の全長はあろうかという大きさの体を持つオロ部長なので、体重で床が抜けるかもと思いましたが、アデリーナ様のお部屋なので構いません。
ルッカさんやマイアさんも下敷きにならなくて良かったです。ガランガドーさんも部屋の隅だったので影響御座いません。
「カトリーヌさん? お手伝いして頂けるのですか?」
オロ部長の名前はカトリーヌ・アンディオロでしたっけ。うーん、思い出せて良かったです。
部長は筆記でアデリーナ様に返答されていました。私はその間にもう一人の部長の所へ向かいます。
「エルバ部長、迎えに来ましたよ!」
「あん? メリナか。マジで何の用だ?」
調査部の執務室の偉そうで高価そうな椅子に座っている姿は、おしゃまな子供そのものです。足が床に着いてないんじゃないかな。背凭れより頭が低いし。
「ブラナンをぶっ殺しに行きますよ。部長も手伝ってください」
ちなみに私の中で部長の役目は囮役か魔法避けみたいな扱いです。魔法避けって言うのは矢避けみたいな、私の身代わりに魔法を喰らってくれる人です。
「ん? ブラナン……か? アデリーナの事ではなさそうだが、余り知られていない王都の精霊の方か……。お前の耳にも入っていたのかよ。……もしや、この赤い雪の異変もブラナンの仕業か?」
「はい。そうです。皆で倒しに行きますから、部長もお誘いに来ました」
「マジかよ。お前、王都に喧嘩を売りに行ってたのかよ。マジで信じられんわ。フローレンスはどうした?」
あぁ、巫女長ですか……。私も分からないんですよね。
「王様をぶっ倒した後に、王城に保管されているお宝を探索に出掛けられました。それ以降は私も見ていません」
「はぁ!? お前ら、何をしてんだよ!! ついこの間、戦争を止めた所だろ!?」
メンドーな人です。
「不可抗力なんです。聖女のクリスラさんが王様に謝りに行くのに付いて行ったら、王様に攻撃されたんです。だから、正当防衛ですよ。ご安心ください。あと、王様はルッカさんの下僕になっていますので、そちらも、まぁ、安心して……良いんですかね?」
聖女の名前を出せば黙るかもしれません。エルバ部長は偉そうですが、身長と同じく小物ですから。
「知らねーよ! 王様が直々に攻撃するって、もうその状況からおかしいだろ! マジで頭に虫でも涌いてるだろ、お前ら!」
まぁ、可愛いお顔で必死の形相ですね。うふふ。
「いつの話だ? マジでシャールが滅亡するじゃないか」
「昨日です。巫女長が暗殺されたとか噂が流れて、アシュリンさんが死体を回収したいって言いまして。あっ、さっきも言いましたが、巫女長は生きてましたよ。でも、滅亡の危機は王都の方なんで良かったですね」
「おい! 知り合いの亡き骸を死体とか言うなよ。遺体だとか言い様があるだろ、マジで!」
話が進まないなぁ。もう、こいつは要らないかな。
「……分かった。もう後ろには戻れなさそうだな、マジで。エルバ・レギアンスの神殿の巫女長を助ける必要があるしな」
……ん? エルバの神殿? 部長は既に赤い粉を触っておられますかね。
「すみません、唐突ですが、部長のフルネームに興味がムクムクして来ました」
「あん? そうか、遂にお前も天才である私を知りたくなったか。マジで嬉しいぞ。ジェシカ・ヌル・エルバ・レギアンスだ。よく覚えておけ」
おほっ。この人、自分を奉る神殿で部長をやっているつもりなんだ! バカです。副神殿長と違って健全なバカです。
「どうした?……何をニヤついている?」
「くふ。明日にでも理由は分かりますよ」
「ああ? マジで不愉快だな」
私は転移します。アデリーナ様の傍です。
「メリナさん、アシュリンはどうしたのですか?」
「部署の小屋にいなかったので置き手紙をしておきました。昨日は誰かの誕生日でお楽しみだとか言っていた様な気がします」
「……誕生日? あぁ、ナウル君で御座いますね」
おぉ、高貴なる白薔薇、アデリーナ様! あなた様はナウルなる者をご存じでしたか!?
「是非、そのナウルが誰なのか私に教えて下さい! アシュリンの大事な人らしいのです」
「……プライベートに関する件ですから、私の口から勝手に語るのも宜しくないかと思慮致します」
あぁん? 勿体振るなよ。喋るまで殴り続けるぞ。
少しだけ暴力的な思考に染まりつつある私の横から紙片が出されました。オロ部長です。
″ナウル君はアシュリンの息子ですよ″
「ちょっ! カトリーヌさん、ダメですよ! 戦闘直前なのにメリナさんが混乱します!」
…………。
ん…………?
ちょっと理解が及びません。アシュリンさんの息子? そのままの意味で受け取ると、陰茎の隠語ですが、まさかね。
アシュリンさんは間違いなく女性でした。肩車した時に股間には何も有りませんでしたから。
息子?
んー……息子?
「……もしかして、息子ですか?」
「プライベートで御座いますから、私の口からは申せません」
……息子かよ。
パーフェクトバタフライが子持ちかよ。クソが。
アシュリン先輩、私は失望しましたよ。あなたはもっと孤高で清い人間だと信じていました。人間らしい幸せなんかクソ食らえって感じのクラッシャーだと信じていたのに、なんて事ですか。
息子の誕生日を祝える感情があるのに、私やルッカさんを鉄拳制裁していたんですか。複雑な心境を越えて殺意さえ抱かせますね。
ガタンと勢いよく扉が開かれました。
「グハハハ、揃っているなっ! 王をぶっ倒すぞっ!」
アシュリンさんでした。
私の中では、もはやお前は戦士では有りません。帰れ。裏切り者。
「アシュリンさん、昨晩はお楽しみでしたか?」
「あぁ!? 意味が分からんな。相変わらず狂犬っぷりが激しいぞ、メリナは!」
もう私でも把握できましたよ。パウサニアスは「ナウルは俺の宝みたいなものだ」と言っていましたから。高確率で、夫はそいつです。
「昨晩はパウサニアスさんとお楽しみだったんですか、と尋ねているんですよ?」
ゲスが。この雌犬よ。
男みたいな短いツンツン髪のクセに、ベッドの上で乱れていたんですよね。反吐が出ます。
「スッゴい言われ様ね、アシュリンさん。巫女さんはお子ちゃまだから、そういう妄想をする年頃なのよ」
黙れ、ルッカ。
「あぁ、久々に良い汗を掻いたなっ!」
ぐっ!! そこまで堂々と口にするとは、恐らくは拳を交わす稽古的な事を意味するのだと感じますが、嫌みを言ったはずの私へのダメージが、逆にものすっごいです!
汗が額に浮かびます。
「それ以上はお止めなさい、メリナさん。それで、パウスが来ていたとは驚きですが、彼もシャール側に付いてくれるのですか、アシュリン?」
「知らん! しかし、今日はナウルと遊ぶような事を言っていたぞ」
「了解です。事を仕損じた場合は彼の助けを借りる事も出来るのですね」
アデリーナ様が会話に入って来たお陰で、私も少し冷静になることが出来ました。しかし、決戦の前に大きく精神が磨耗したのは大きな誤算でしたね。アデリーナ様がブライベートを盾に詳細を語らなかった理由がよく分かりました。
世の中、深く追求しない方が良い事もあると、私は学びました。
「メリナさん、もう宜しいですか? シャールではこんなものでしょうかね」
「あっ、エルバ部長よりは強いと思われる人がまだ残っていますよ。この新人寮の人なのでアデリーナ様がお誘いかと思っていたのですが」
「マジでお前は私を何だと思っているんだ?」
「囮、あっ、いえ、部長です」
「あ? ……まぁ良い。で、誰だ?」
「シェラです」
「ん? 伯爵、いや、前伯爵の娘か……。調査部として知っているが、そいつは戦闘経験はないだろ。そもそも私程に強いなんてマジで聞いたことがない」
全く無能ですね。お前程度ではなく、以上だと言ったばかりでしょうに。
「シェラが鞭で私を打った時に痛みを感じました。常人には中々に難しい事です」
夜会の練習に何回も打たれたんですよね。あの痛みからするとかなりの威力です。
「それに転移魔法も使えます」
シェラのお父さん、前伯爵の居場所を心配したシェラに頼まれて、転移の腕輪で見に行ったつもりでした。
でも、アレっておかしいんです。私の腕輪は私が行ったことがある場所にだけしか転移できません。
マリールは残念ながら魔力が少ないので、あの転移魔法を発動したのはシェラ。豊満なバストに詰まった魔力を使ったのでしょう。
「……ふーん、意外ね。宜しい、メリナさん。シェラを連れてらっしゃい」
あれ?
何かマズイ感じですかね。目と声が冷たいです。




