ポリティカルガールズトーク
マイアさんは赤い粉はブラナンが撒いた物だと言います。
私の爪に挟まっていたそれを調べてから、そう教えて貰いました。粉の中心に魔力が宿る微少な核があるのですが、そこに忘却の魔法の力が込められていて、更に、その魔力を遮断する為に表面を特殊な術式で覆っていると説明します。ルッカさんでも気付かない程の細工が施されていたのですね。中々に巧妙です。
推定される目的は、やはり聖竜様の消滅。精霊である聖竜様はその存在を知る人がいなくなれば、魔力がこの世界に留まれなくなり消滅してしまうらしいのです。
「ワットちゃん、500年前はどう処理したの? ブラナンは復活したのでしょう?」
『ブラナンの始末は分からぬ。だが我は消滅せず。巫女どもの記憶も消されたものの、数年経てば碑文や書物から我を知り、再び崇めておった』
聖竜様の言葉を受けて、クリスラさんが続けます。
「畏れ多くもマイア様、聖竜スードワット様、私は存じております。代々の聖女に受け継がれる秘伝の一つに有ります。他者に漏らそうと思うだけで、神獣リンシャル様の激しいお怒りで身を滅ぼされる程の物とされていますが、しかし、事ここに至っては私の命など安いものでしょう。………………お怒りにはなりませんのですね、リンシャル様。心より、お許しを感謝致します」
途中少しだけ間を空けたのは、リンシャルの意に沿わないのであれば、そのタイミングで自分の命を奪って欲しいという事だったのでしょう。
そんな目的でリンシャルが涌いて来たら、私がぶっ殺しますよ。
クリスラさんは聖女の言い伝えを静かに話します。
500年前と1000年前も赤い雪が降り、王都は壊滅しました。今回と同じ様に巨大な鳥も確認されました。無論、各都市による討伐隊が組まれましたが、全ての攻撃が効かず、都市の郊外に監視兵を置いて撤退しました。
結局、魔力を使い果たしたブラナンは自然に消え去ります。
王都は人っ子一人いない廃墟になりました。また、シャールの竜神殿においても、聖竜様を忘れた混乱で帰る場所のない巫女だけが残る事態になったそうです。
あと、赤い雪は一ヶ月程で消えるらしいです。魔力も地に染み込んで行きます。時間が経てば元通りとなるのです。
しかし、突然に崇拝対象が分からなくなった神殿関係者はどんな様子だったのでしょうね。私だったらと仮定すると、「あれ、お母さんを奉る神殿なのに、大きな竜の像があるなぁ」って感じになるのでしょうか。
「じゃあ、このまま放置すれば解決するって事ですか?」
マイアさんが尋ね、クリスラさんは頷きます。その情報を持っていたから、クリスラさんはブラナン出現というメイドさんの報告に対して、現場の王都に向かう事が優先事項にならなかったのですね。
「ワットちゃんが消えない理由は分からないけど、それで良いかもしれませんね。500年に一回で、被害は王都だけなら許容できますね」
王都の方々には申し訳ありませんが、それが通常の選択肢でしょう。洪水や台風みたいな災害だと思いましょう。
マイアさんの言葉に誰も反論しなかった所で、クリスラさんが再び発言します。
「以上は内密にお願い致します。ブラナンは鳥の姿としては消えますが、王家の方々の体内に潜むと言われています。そして、この過去の出来事を知っている者を何らかの術で炙り出し殺します。恐らくは意識操作の魔法だったのでしょう」
うーん、アデリーナ様はご存じだったのでしょうか。
「聖女が王に尊重されるのは、ブラナンの影響を受けないリンシャル様が聖女にこの秘密を伝えることが出来るからです。ブラナンとしては聖女と手を結び、自らの計画を邪魔されない様にしていると考えられます。逆に言いますと、王都の秘密を知っている聖女以外の人間はブラナンに殺されているのです」
……ふむ、真の王様は死んだと思われていますが、アデリーナ様のお爺さんで、実の父親です。で、王都にいる偽の王様とヤギ頭は、ブラナンに魔力を吸収されて死ぬと仮定しましょう。
さて、次代の真の王様は誰でしょうか。それは、ここにおります黒い白薔薇こと、アデリーナ様です。
今の話を私達が知った事は、ブラナンがアデリーナ様に憑依した瞬間にバレます。ちょっと宜しくない状況ですね。
クリスラさんはアデリーナ様の本当の出自をご存じ無かったので、口が滑った感じになってしまったのですね。
……でも、バレるバレないは関係ないですね。いずれにしろ、ヤツが私達を殺したい以上に、私がヤツを殺したいのですから。
ブラナンをこのまま放置など許しません。
そして、この私の気持ちはアデリーナ様もご一緒でしょう。このままでは、彼女がブラナンに取り憑かれる事がほぼ確定ですから。
「……最善の策は、このまま王都を見放し待つことです」
クリスラさんはいつも通りに静かに言います。でも、少し冷たくて、もしかしたら自分に言い聞かせている部分もあるのかもしれません。その選択は王都にいる人間の命を全て諦めるというものですから。
「はい。次は500年後ですから、それは後世の方に任すのが良いですね。ブラナンは残りますが、今の秩序は保たれるだけですし。クリスラ、辛いですが、良い判断です」
そして、分かります。王都が没落し、シャールも神殿の機能が止まり、最も得をするのはデュランなのです。
デュランを率いるクリスラさんとしては最適な選択肢です。
「そして、私を幽閉するのですね?」
それに待ったを掛けたのはアデリーナ様でした。
当然です。今の選択では、この方は損しか有りません。王都崩壊後、ヤギ頭や偽の王が死ぬと、間違いなく次代の真の王の座が回ってきます。王都がないのに、そこの王。全く無意味な上に、ブラナンによって意識まで失った只の傀儡になるのです。
「竜の巫女よ、何故あなたが幽閉されるのですか?」
あっ! クリスラさんにはアデリーナ様を紹介していませんでした!
「お初にお目に掛かります。私はアデリーナ・ブラナンで御座います。……諸事情御座いまして、ブラナンは次に私を選ぶでしょう」
クリスラさんの眉がピクリと動きました。このままでは、先ほどの自分の秘伝の暴露が、確実にブラナンに伝わると知りましたね。
「私が貴女方の立場なら、間違いなくその選択肢を取るでしょう。伝説の大魔術師マイアによる意識操作で目的や異変の原因さえ忘却させ、我々を地上に戻し時間を浪費させます。王都は壊滅しますが、我らは無傷ですから。……但し、本当にそれで良いのですか? デュランの悲願であったマイアの復活は成りました。ならば、ブラナンに従う必要はない。ブラナンを討つ機会は今です。共に足掻き、新しき秩序を人間の手に取り戻そうと思わないのですか?」
言葉は丁寧ですが、これはアデリーナ様のエゴ。拒否しても我々は構いませんね。独り寂しくお死に下さい、アデリーナ様。
クリスラさんは黙ったままです。考えているのか、無言の拒絶なのか。
代わりにマイアさんが答えます。
「……ブラナンはかつて私達と共に大魔王を討伐するために集った仲間の一人でした。彼は最終決戦の際に後方支援の任務に付きました。それは戦闘力が足りなかったのではなく、彼の事務能力の高さを買ったものでした。合理的に物事を観察し、正直、人を使うのも私より巧い者でした。彼がそのまま王として君臨するのであれば、幸せな世になると想像したものです。貴女が貴女のまま王になるより良いのではと今も思います」
ここでマイアさんは区切ります。
「続きをどうぞ」
アデリーナ様が催促します。ふーみゃんを優しく両手でお腹の前で抱かれております。動揺は全く見せません。
「私は人よりもいえ、竜よりも長く生きるという奇蹟を体験しました。何万年、何百万年と生きたのです。その瞬間の最良が未来の最悪となる事も経験致しました。神の如くとなっても制御出来ない事は有るのです。ましてや、100年も生きていない者には……」
うふふとアデリーナ様は笑います。
「たった今、選択肢を間違えてブラナン以上の危機が迫ったというのに余裕で御座いますね。流石、大魔術師マイアです。……しかし、マイア、貴女よりもその危機を私は制御できると信じています。ねぇ、メリナさん?」
へ? 私に同意を求めるのですか?
危機がまず何か分かっていないです。
「えぇと……。アデリーナ様は怖いので、その危機も言うことを聞くんじゃないですか? 私でも黒を白と言わされますし」
こんな返答で良いですか?
「うふふふ。メリナさん、本当に助かりましたよ。貴方と知り合えた事は私の幸運です」
「……俗世を離れた身です。クリスラ、貴女の判断で、このブラナンの血を引くものに従うかお決めください」
マイアさんはそう言いました。しかし、私には分かります。魔法の準備をしています。体の奥底で魔力が練られているのが分かりました。私より魔力感知に優れたルッカさんが動かないので傍観します。
「……マイア様、私はこのアデリーナ様にご協力し、デュランの発展の手助けとなって頂ければと思い直しました」
「聖女クリスラ様、感謝申し上げます。私が王位に付いた暁には、デュラン侯爵域を広げることを約束致します」
クリスラさんとアデリーナ様は互いに微笑み合うのですが、微妙に不自然です。
「ブラナン討伐に成功すれば丸く収まり、失敗しても状況は然程変わらないという訳ですね。クリスラ、宜しい。この者を試した後に決めましょう」
マイアさんの魔力がアデリーナ様を襲います。
何の魔法か?
炎や雷撃みたいな直接攻撃系ではないです。
あっ、精神魔法だ。巫女長がビーチャに掛けたのと同種の物に感じました。
ブラナンの憑依も魔法だとすると、それに匹敵するであろう術をマイアさんは試したのですね。
マイアさんの魔法はアデリーナ様に届かず。あの時と同じ様にアデリーナ様の手前で魔力が弾け散ったのです。
「……その黒猫ですか?」
えっ、ふーみゃんの仕業でしたか!? まぁ、何て可愛くて優秀な猫さんなんでしょう。
「この猫は精神魔法を無効とします。経験上、ブラナンの憑依も無効化しています。ご安心下さい」
「……離れたらどうなりますか?」
「この子の毛が効くのですよ。だから、お守りにしております。それに……これも経験上ですが、そもそもブラナンの意識はシャールまでは移動できないと認識しております」
アデリーナ様は巫女服の胸元を持ち上げ、カエルの形の財布を出し開けます。下着の胸ポケットに入れているのでしょうね。
マイアさんは納得されました。アデリーナさんがブラナンに憑かれ、突然に裏切る可能性は低いと判断なされたのです。
その後はブラナン討伐に向けての打ち合わせが始まりました。
ヤギ頭がいると言っていた通路の扉に書いてあった文章についてマイアさんが解説してくれます。
古代都市の神話や歴史の講釈が長くて、私は凛々しい聖竜様のお顔を見詰め続けていたので中身は聞いていません。
要は、扉を開ければどこかに飛ばされ、そこで戦闘。勝てば、その先に進めて、ブラナンの体が潜んでいる場所へと行けるのです。
「……歴史が好きなブラナンが好みそうな謎掛けでした。……罠なのか、止めて欲しいのか。使った文字が古過ぎて、この時代の人には全く読めないでしょうに」
罠である可能性を否定できず、例えば扉を開けた瞬間に攻撃魔法が来る可能性に備えて、防御魔法壁を構築する者が必要です。
また、異空間に飛ばされた時の為に、この転移の腕輪が必要となります。
細かい所を詰めて、決行は明日としました。
もう眠いからです。
今日は朝からパン工房を襲われたり、王城を襲ったりで、私も疲れていたので良かったです。ぐっすり眠りましょう。
聖竜様にご挨拶してから、私達は神殿へと戻りました。もちろん、聖竜様の転移魔法です。




