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世界の終焉が一歩手前で救われる

 ルッカさんに連れていかれた先は広大な地下室でした。一見で地下だと分かった理由は天井が茶色の土か岩だったから。確かに竜の巣穴に(あつら)え向きで、低能な竜に相応しく造りが粗野です。四角く切り揃えた床石だけは、まあ、頑張ったと評価してやりましょう。


 白い竜が目の前にいました。寝そべっていて、もう既にマイアさん達に服従しているのかもしれません。


「すみません、お時間を取らせました。ブラナンはしぶとくて、まだ殺せておりません」


 とりあえず現状をマイアさん達に報告です。


 しかし、何でしょうかね、この悪臭は。どこかで嗅いだ事のある臭いなのですが、あぁ、あれだ。


「臭いですね、靴の中みたいな感じですよ。脱臭しますね。あと、この臭いの元を絶っておきますか?」


 ジロリと白い巨竜を見る。

 ふむ、無駄に巨体。


 ガランガドーさん、ヤツ、かなり大きめですが殺れますか? ブラナンを退治する予行演習的に魔法を唱えたいのですが。


『出来ない事ではないが……。主よ、正直に言おう。我は主を治癒すべきか悩んでおる。今の状態が主にとってもスードワットにとっても幸せな結果になるのではと、先程も止めなかったのだ。つまりは……周りの意見をもう少し訊いてはどうか? 我では決めきれぬ。すまぬ』


 ん? 幸せ? 何の話か見えないですね。



 しかし、今のガランガドーさんの言葉の中には、極一部ですが、道理が通った部分も有りました。


 他人の意見は大切です。

 そもそも、ブラナンをぶっ殺さないといけないのに、この様な不潔な場所を無駄に訪れている理由があるはずです。それを聞かないといけません。


 でも……おかしいなぁ。クリスラさんもいるのに私にそれを伝えていない事なんて有り得ないと思うんだけどなぁ。

 クリスラさんは私を純粋に高く評価してくれていると信じているのですよ。



「メリナさん? もしかしてですが、臭いの元ってワットちゃんの事?」


 マイアさんが訊いてきました。


「ワットちゃんって言うのがこのクソ臭い竜の事であれば、そうです。焼き尽くせば永遠に消臭できますね」


「ほら、巫女さんがおかしいのよ。マッドな感じよ。あの赤い粉が原因だと思うの」


 おかしいのは、こんな刺激臭の中で平然と呼吸している皆さんの方だと思いますよ。病気になりそうなくらい酷いです。王都の住居も獣人用のきったない地区に有って、たまに風に乗って糞尿の香りがしましたが、それでも、ここの悪臭が勝っているとはっきり申し上げましょう。



『メリナよ、無礼ではなかろうか?』


 白い竜が喋りやがりました。しかも、私の名前まで知っている上に呼び捨てです。キモいです。口も臭いんだろうなぁ。唾を飛ばすなよ。


「無礼? それはこちらのセリフです。許しを乞うまで断頭し続けるぞ」


 この部屋には臭いの他に魔力も充満しています。ガランガドーさんを懲らしめたのと同じ事を再現できますよ。



『……マイア、手助け』


 ふん、マイアさんのペットだったのか。ご主人様にヘルプを求めるなど情けない。



 ここでアデリーナ様が口を開きます。


「メリナさん? 覚えておられないのですか? あなたは、この聖竜様に熱烈な求婚を申し出ていたのですよ」


「は? 私は人間で、そいつは竜ですよ。私をバカにしないで下さいね」


 ……意味が分からないブラフですね。どんな深謀遠慮の結果でそんな明らかな嘘を付く必要が出てきたのでしょう。


 ハッ! 王家の権力をもって、私とこの獣を結婚させて笑い者にする気なのでしょうか。全く面白くないし、深刻なパワハラです。


「そ、そうよ、巫女さん。スードワット様との子供で世界を埋め尽くしたいって、巫女さんは言ってたの。私、リメンバー」


『……えぇ……』


 ちょっ! 竜!! そんな呆れた様な驚きで、お前が拒絶するなよ。それは、こっちのセリフでしょうが!


「メリナさん、私もあの時の事を覚えています。ワットちゃんが雌だと知ったあなたは雄になって下さいとお願いしたのです」


「……えっ、メリナさん……。マイア様、本当ですか……? 今までに増して、色々とおかしな点があるのですが……」


 マイアさんの言葉を聞いたクリスラさんが思っきりドン引きしました。



 いや、私も同感ですよ。つまりは、ちんこを生やせって事でしょ? ドラゴンと結婚したいって言うのは一万歩くらい譲って理解しますが、そっちは変人過ぎます。深い闇さえ感じ取れます。


 トンでもない言い掛かりを皆から受けていますね。あれかな? 私を竜に捧げる人柱にしようとしているのかしら。



 確かに私は巫女ですが、竜を愛するなんて――あれ、巫女? 私は何を奉る巫女なんだっけ。


「……メリナさん、大体分かりました。対処も可能です」


 マイアさんがそう言うと、周りの人が出していた妙な緊張感が和らぎました。

 しかし、アデリーナ様が止めます。


「少しお待ちして頂けますか? 私も同じ答えを持っていますが、もう少し知りたいと思います。メリナさん、あなたは神殿に入ってから誰のために闘って来ましたか?」


 ん? 何の為に? 戦うのに理由なんて要るのでしょうか。


「魔族フロンは?」


「……お母さんが倒せって」


 あれ? 何でお母さんが?


「王都の軍は?」


「……お母さん、人を見限らないでっていう強い願いから、戦争を止めたかったのです……」


「そうだとすると、メリナさんのお母さんは人外なのですか?」


「人間ですね……。あの強さは人外かもしれませんが……」


 そもそも、お母さんと出会ってないよね。私は誰と話したんだ?


「なるほど。スードワットに関する記憶を忘却または他人へ上書きするのね。ブラナンへの上書きではないのですから、攻撃の狙いは奴隷化でなくスードワットの存在を消す事と確認が取れました。マイアさん、続きをどうぞ。デュラン風に言えば、哀れなメリナさんに慈悲と祝福をお与えください」


「はい」


 マイアさんがブツブツと呟くと、私は光に包まれました。




 私は聖竜様に土下座しています。額を擦り付け、足も手も微動だにしない真剣な土下座です。


『メリナよ、我はクソ臭いか?』


「滅相も御座いません! 私はその芳香をいつでも嗅ぎたいと思っております。だから、似た匂いである私の靴の中も一切洗っておりません!」


『雄化の件、無かった事にしたい』


 うっ!!



 私はオンオンと声を上げて大泣きしました。涙もしゃっくりも止まりません。何も考えが纏まらず、土下座したまま、子供のように泣き続けました。

 悔しさ、哀れさ、情けなさ、怒り、悲しさ、そんなのがごっちゃ混ぜの感情だったのかな。聖竜様に申し訳なく、また取り返しのつかない事をしてしまったと自責の念に潰されていました。

 ガランガドーが慰めの言葉を何やら言ってきますが、自分の叫びで耳に入りません。


 折角、手に入れた聖竜様の正妻になるという夢が叶わなくなったのです。



 でも、愚かな私を不憫に思われた聖竜様は、やはり情け深いのですね。『や、やっぱり約束は守らないとね』って仰って下さいまして、私は落着きを取り戻しました。

 私、確信しました。聖竜様は私を心のどこかで愛していると。嬉しいです。雨降って地が固まりましたね。



「巫女さん、大丈夫? もうダメよ、スードワット様。女心を弄ぶなんて女の敵よ」


『……我が注意されるのは納得いかぬが、気を付けようぞ』


「ブラナンの騒ぎどころじゃなくて、2000年前の悲劇を越える化け物が誕生するかと思ったわよ。ワットちゃん、絶対にメリナさんを大事にしなさいよ。これはワットちゃんの使命だと思いなさい」


『荷が重いなぁ……』


「ワットちゃん! ……気を付けなさい」


 皆も応援してくれています。


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