王とブラナン
ふぅ、予想以上にブラナンは巨体で、しかも、私の魔法攻撃でダメージを与えられない強敵だと知りました。対策を考えないといけません。
フカフカのソファに座り、窓の外を見ます。王都から遠く離れたシャールの地でさえ、空は仄暗く、ブラナンの能力の高さが伺えます。そんなブラナンも聖竜様には敵わないとマイアさんは断言していましたので、流石ですよ、聖竜様。
魔法が効かないなら、肉弾戦か……。不得意では無いです。でも、あの大きさだと私の渾身のパンチでも効くかどうか。そもそも、魔力で構成されているという事ですので、物理攻撃が有効なのでしょうか。
やはり魔力を奪い取るしかないか……。
「ふぅ、困りましたね。どうやったら殺せるのでしょうか……」
思わず独り言を呟いてしまいます。
ルッカさんはトイレに行っています。全く緊張感のない奴です。好きなだけブリブリしてなさい。
「……困ってるのはあなただけでは御座いませんよ」
はぁ。
「メリナさん! 他人の部屋に突然現れて、当然の様に寛ぐ図太い神経に、私は困り果てています!」
視線を正面に戻すと、アデリーナ様が興奮されていました。この人はいつも私を怒っていますね。もっと穏やかな心が必要ですよ。
「その様な些細な事で心を悩ますなんて、アデリーナ様は修行がまだ足りないのではないでしょうか」
そんなんだから、王家の人なのに総務部で新人寮の管理人程度の職責なんですよ。人事権を持つ副神殿長の目は確かですね。
「悩ます原因が言うじゃありません!」
へいへい。
私はまたお外を見ます。困ったなぁ。ブラナンを殺したいのに、確実に殺す方法が分かりませんよ。やはりマイアさんとご相談ですね。
ルッカさんが戻ってくるのを待ちましょう。
それまでは暇潰しですね。
「アデリーナ様のお父様、生きておられましたよ」
「……ほう?」
黒い巫女服に身を包んだ金髪の人は、声のトーンを一気に落としました。興味を抱いたようです。
「笑い声がグヘヘ、グヘってキモいんで、次に会った時には注意してあげて下さい」
「それが私の父である証拠は?」
チッ。あくまで暇潰しなのに、そこを突っ込んで来ますか。考えるのがメンドーですが、何だったかな。
「王様が言ってました。ブラナンはアデリーナ様の父である、自分の兄の中にいると」
アデリーナ様はちょっと黙ります。でも、手元は動いているんですよね。撫でているみたいだから、机に隠れた膝上にふーみゃんがいるんですね。
「……王の中にブラナンはいなかったのですか?」
「いましたよ。何か王とそのお兄さんの間で移動できるって言ってました」
アデリーナ様はそれを聞いて、少し口の端を上げました。もう何て言うか邪悪な感じ。
「うふふ。メリナさん、とても良い情報をありがとう御座います。私にもチャンスが有るのですね」
うわぁ。ここに来るんじゃなかったかな。誰もいなければお酒様を拝借しようと思ったのが間違いでしたか。
「何がですか? アデリーナ様が女王にでもなるんですか?」
「王国法に拠れば、崩御した王の血に最も近しい者から選ばれるのですよ。だから、今の王の子供達が優先されます」
アデリーナ様は自分の席を立ちながら喋りました。どうもカップとかを用意する感じなので、私にご馳走してくれるのでしょう。ふーみゃんも床に飛び下りて、私の方へとゆっくり歩いて来ます。
茶を淹れながらアデリーナ様は続けます。
王家の極一部に秘匿されている情報も含むのですが、実は王国の王には三種あると言うのです。
一つは普通の意味の王。王国のトップで国民を支配する王様で、この意味での今の王様は、アデリーナ様の叔父である現王。王国法に則って継承されていきます。
二つ目は王を支配する真の王。ブラナンの魔法である意識操作を使える王様です。精霊であるブラナンがその人を気に入らないとなれないのですが、意識操作は王都の権力を維持する源でもあるので、一つ目の意味の王様と同じ人であることが殆どらしいです。
一般的に魔法の行使は精霊に祈り、その力をお借りする事です。祈りが届く精霊は個々人で異なり、色んな説が有りますが、血筋や母体の中にいる頃からの生育環境が影響しているらしいとアデリーナ様は仰います。
湯気を立てる3つのカップを盆に乗せて運ぶアデリーナ様が言います。
「ブラナンが憑くのは、ブラナンの血が流れる王家だけ。ただ、始祖の血の濃さではなく、先代の血を重視している。ブラナンは憑いた人間に合わせて性質を変化させていると先人は推測しています」
真の王も、普通の王も同じ選考基準ですが、選択肢となる人は複数いることが普通でしょう。だから、アデリーナ様のお父さんが真の王で、その兄弟である叔父さんが普通の王となることも有り得るのか。
アデリーナ様はカップを私の前へと置きます。残り二つは自分の側、一つは自分の前に、もう一つはちょこんとソファに座るふーみゃんの前。
……ルッカさんの分じゃないんだ。
3つ目の王様は、始祖の王。つまりはブラナンです。王城に祭壇があり、そこで祀られている王都の象徴。あくまで象徴。儀典とかで祈りを捧げる、現実には居ない王様です。
「デュランのマイアが実在した通りに、ブラナンも存在すると思うんですよね。……いえ、その考えが確信に変わったのは、シャールのスードワットをこの目で見た時が最初でした」
「アデリーナ様、スードワット『様』ですよ」
「そうでしたね、すみません。で、そのスードワットからブラナンに如何様にしても良いと許可を貰いましたので、私はブラナンを殺して、王になろうと考えています」
……こいつ。態と呼び捨てにしたな。
いやいや、そこはそうですが、こいつ、野望を遂に口にしましたか。
しかし、王になりたいだけならば、ブラナンを殺す必要は有りません。むしろ、ブラナンに憑いてもらった方が丸く収まります。
その辺りの質問を私は致しました。
「この世は人間の物だと思いませんか? 不死の存在が遠くから操作して意のままに世界を、人の生死を支配する。責任も持たないそんな輩に、そんな事が許されて良いと思いますか? 私は許せません。私は国民のために、人類のために王となりたいのです」
……どうでも良いと言うのが私の感想ですが、しかし、アデリーナ様が仰ることも理解できます。
だけど、何だろう。こんな綺麗事、黒い白薔薇の異名を持つ方の考えだとは思えませんでした。
「……その真意は?」
「うふふ。分り易く言えば、畜生風情が私の上に立つな、で御座いますよ」
あぁ、いつものアデリーナ様でホッとしました。悪い物でも食べて、頭がおかしくなったのかと心配しましたよ。
「でも、もう王様がいますよ。そっちの子供の方が王位継承権が高いじゃないですか? アデリーナ様は何番目でしたか?」
「13で御座います」
ならば、その上の12人の王族を暗殺するって訳ですか。アデリーナ様が王になったとしても、誰の目にも不自然に移ります。それでも強引に実行されるのか。
「……ブラナンは王の中に棲み、意識を奪う。……悪質な寄生虫みたいでしょ?」
確かに。
「でも、意識を奪うって言っても、一時的な物っぽいですよ。王様もヤギ頭も自分の意志で行動している時も有りましたし」
「ヤギ頭?」
「アデリーナ様のお父さんですよ?」
「ふーん」
全く関心なし! なんて冷血なお人なんでしょう。
アデリーナ様は唇にカップを持って行き、音を立てずに茶を飲みます。意図的に、私が耳を傾けるよう、間を作ったのでしょう。
「また、ブラナンは次世代の寄生先の具合を試すために、その個体に入ることも有る」
……分かりにくい表現でしたが、アデリーナ様のお父さんにブラナンが入っている現状ですと、血筋からして次世代の寄生先の最有力候補はアデリーナ様でして、ブラナンはアデリーナ様の中に入ってくる? 入って来た事がある?
……禍根を断つために、今、私がこいつを殺した方が良いのか……。
アデリーナ様は自分を殺せと私に言っているのか……。
「メリナさん、あなたの思いは予想が付きます。私を殺しても無駄です。過去に何人かの王がブラナンの支配が続く事を嫌って自子を殺害していますが、ブラナンは死に絶えませんでした」
だとすると、さっきの溜めは何だったのか? まだ出していない情報が有りますね。
「……結局、アデリーナ様にもブラナンは入って来ているのですか?」
その質問にアデリーナ様は少し笑いました。
「そんな事も有りましたね。夢だったのかもしれないと思ってもいたのですが、幼い頃の事です。以前にお伝えしたお父様とお母様が喧嘩された日の前日か数日前だったと思います」
コッテン村で聞いた話の事でしょう。その喧嘩の翌日に、アデリーナ様のご両親は不慮の事故に遭われたのです。
「……素晴らしくお強い方のお体は、やはり違いましたね、でしたか?」
「メリナさん、あなた、記憶力はよろしいのですね。学習能力は乏しいですのに」
あ? ここに来て憎まれ口ですか。
私は可愛らしいふーみゃんを見て心を中和します。
「アレね、母の不倫が露になったのが原因でしてね。そのお相手が前王。つまり、私のお祖父様」
……ドッロドロですね、王家、やっばぁ。
当時のヤギ頭の心痛、相当な物だったでしょう。
「ブラナンは次々代の者には現れない。なのに、ブラナンは私に憑依した。ここからが導かれる事は何でしょうか?」
「……えー、アデリーナ様を葬った方が世の中の為って事ですかね」
「それじゃ解決しないじゃない。メリナさんは本当にバカですね」
ふーみゃん、ふーみゃんを見て心を落ち着かすのです。
にゃー、可愛い、にゃー。
うんうん、魔力の量も以前と同じくらいでフロンに変化する兆しは全くなくて良かったです。
「私は前王の娘。そして、ブラナンが偽りのお父様と叔父様の間で行き来している所を見ると、前王はまだ生きている」
「つまり……?」
「生きた前王を見つけ出して、私の生まれを民に周知すれば、合法性と正統性も保った上で、王位を得られる可能性がある。今の王は簒奪していたと断罪致しましょう。無論、ブラナンも滅ぼしている前提ですよ。これが私のチャンスです」
うーん、私には関係なさそうなお話でしたね。どうぞどうぞ、ご勝手にと言ったところでしょうか。
「ほら、天も私の未来を祝福してくれるみたいです。外をご覧ください、メリナさん。雪ですよ」
……この季節に雪はないでしょう。
私は窓へ視線を遣る。外は暗さを増しており、先程よりも部屋の灯りが多く漏れて見えます。そして、その光が降り行く雪を浮き出していました。真っ赤な雪を。
「アデリーナ様、しっかりして下さい。かなりポジティブに捉えないと、祝福って思えない色ですよ?」
粛清の鮮血って感じなんですけど。
いや、そもそも何ですか、この異常は。
「あら、そう? 血祭りの前祝いかと思ったのですが」
まぁ、怖い。
ここでルッカさんが戻ってきました。ちゃんと手を洗っているかがまず気になりました。
ついに百万字を突破(^^;
ここまでお読み頂いて、本当にありがとうございますm(__)m




