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小手調べ

 マイアさんとクリスラさんは文字の解読に残ると言うことですので、私はルッカさんだけで王都へ戻ります。

 選んだ場所はパン工房。昨日までは香ばしい匂いや竈の熱気を感じていたと言うのに、静まり返っています。


 日常という物は一瞬で失われるものなのですね。私は二階への階段を登りながら、侘しさみたいなものを感じておりました。



「……ブラナンはいますか?」


 窓から入る光は弱くて、何らかの術をブラナンは使っているのでしょう。魔力が吸われるという情報も有りましたが、そちらは然程でもなく、肌の表面を動く魔力を引き留める事は難しく有りませんでした。


「いるわね。遠くの空を飛んでるわ」


「ルッカさんの下僕達は?」


「弱ってるわよ。場所によって衰弱の差があるわ。とってもバッドな気持ちだけど、ここはマシだから不幸中の幸いね」


 ふむ。偶々ですが、ここに出て良かったです。場合によっては即座の撤退も念頭に有りましたので、魔力吸収が大した事がないのは、ルッカさんが言う通り幸運でした。



「一撃で仕留めます。ルッカさん、ブラナンの飛んでいる場所を指し示してくれませんか」


 窓の外を見ますが、こちら側の空には敵の姿は見えません。


「外に出て、自分で確認しないの?」


「不意打ちしたいんですよね。鳥って目が良いじゃないですか。バレるかなと思いまして。撃ってから微調整は出来ると思いますのでご安心下さい」


 そう言いながらも、シャールの塔を破壊したのを思い出しました。ルッカさんには秘密ですけど、微調整は苦手でしたね。


「……巫女さんは本当にクレイジーな強さだから、任せるわよ」


 ルッカさんは壁を指します。その向こう、ずっと遠方にいるのですね。


「しばらくお待ちください。詠唱しますので」


「……ちょっと、いえ、かなりの恐怖ね。王都軍の陣地を潰した時の事を思い出したわ」


 うふふ、その時よりも私は強くなっていますよ。



 ガランガドーさん、いらっしゃいますか?


『無論。主の魔力に、我の智識を組み合わせれば、敵などおらん。蹴散らすぞ』


 ……えー、そこは私の智識に、ガランガドーさんの魔力であるべきでしょうに。精霊さんが私より魔力に劣って良いんですか?


『……我も複雑な心境であるが、事実は仕方有るまい』


 それにしてもですよ、私も竜の巫女見習いだし、次代の聖女なので、知識とか知恵とかが優れた女性で有りたいのですけど。どうですかね? 言い直しませんか?


『……主よ、早くせねば、ブラナンなる精霊を討てぬぞ?』


 あぁ、そうでした。



 ガランガドーさん、全力での魔法をお願い致します。勿論、私の体をご自由に使って詠唱して良いですからね。


『承知した』


 色々と有りましたが、あなたを頼りにはしていますよ。



『私は願う。愛しの聖竜様、それから、私の下僕であるガランガドーさん、宜しくお願い致します。全てを穿つ炎を、聖竜様の敵であるブラナンに突き刺す炎を出してください』


 後はよろしくです。



 ガランガドーさんに体を任せた私は両手を前に出します。私は意識だけとなりますが、魔力を練ったり、周囲から集めたりする事でガランガドーさんの魔法行使のお手伝いを致しましょう。



『我は夢幻の頂きを跂望(きぼう)し、赧然(たんぜん)超忽(ちょうこつ)を得し者。其は下殤(かしょう)の定めを鈍退させし、皎皎(きょうきょう)にして(くろ)むたる娥影の命。歴運の哀れなりて、狭隘なる恋着に相応しき天顔、亦は其の啼泣たる肬贅(ゆうぜい)(むす)びて()ぐ。悉皆(しっかい)(さら)い、吼える虹泉を悁悁(けんけん)と求めるは皎濁(こうだく)乱れたる参縒(さんし)。烈火は余りて涕泗(ていし)炕陽(こうよう)し、炎毒は誇りて堊室(あくしつ)を割る。穹蓋に羽を休む遍身をもって戛戛(かつかつ)(うた)えよ、戈戟(かげき)(かね)て震わん、死竜の(ほふ)り』



 勇ましくて頼もしい詠唱と共に、体内の魔力が増大していくのを確認。私が貯蔵していた物だけでなく、腹の奥底からも溢れ出るように感じます。ガランガドーさんの魔力を分けてもらっているのか、それとも、私の魔力は自分が把握していた量よりも多かったのか。

 どうであれ、とてもパワフルな一撃になる予感です。



 前に出した両手に全身の魔力が集中し、光に変換されて発射されます。私が望んだ炎ではなくて光なのはどうしてなんでしょう。


 でも、威力は期待通りっぽいです。光というか、光る棒みたいになってます。棒の直径は私の背丈よりも高いです。


 ルッカさんが指していた方向の壁と天井の一部がそれに触れて消失しました。



「……本当にクレイジー……。これが巫女さんの本気か……」


 ルッカさんの呟きが耳に入る中、私はじっとりと汗を掻いています。体の自由はガランガドーさんに委ねているのですが、それでも軽い疲労を覚えるのは、相当な魔力を使っているのでしょう。



 ククク、死ねぃ!!



 ガランガドーさんが制御してくれているのか、手元の微妙な操作で光の棒が動いていまして、獲物を追っている様に感じます。



「ちょっと外に出るわよ。眩しくて見えないし、巫女さんの魔力が強過ぎてブラナンが感知できないの」


 ルッカさんは転移魔法かな。消えました。


「ヒットしてるわよ! いい感じよ、巫女さん!」


 あっ、声は聞こえました。屋根から見ているんですね。



『……主よ、手応えが薄い。一旦、射撃を止めたい』


 ん? ガランガドーさん、分かりました。ご自由に。



 魔力の動きが収まり、体の制御を取り戻した私も急いで屋根に転移します。ルッカさんの隣です。



「……あいつ、動いているわね。あんな状態で……。クレイジー」


 ルッカさんの言う通り、クレイジーです。



 遠くの薄暗い空に赤い羽の鳥が見えました。お城の塔がそれよりも前に有りますので、王都の反対側を飛んでいるのが分かります。

 その鳥は、かなりの距離があるにも関わらずはっきりと長い嘴や尾の形が分かるくらいに、巨大です。

 もしも、私があの鳥を落としていたとしたら、向こうの市街地の多くが圧し潰されていた事でしょう。


 クレイジーなのは、その状態です。

 ガランガドーさんが魔法で出した光線を受けて、ブラナンとおぼしき鳥は、頭から腹まで太い一筋の空洞が出来ていました。横から見ると、はっきり向こうの空が確認できるくらいです。


 通常の生物なら重傷どころか即死するダメージだと思いますし、少なくとも重力に負けて下半分は落下するはずなのですが、奴は優雅に羽ばたいてさえいます。



 ガランガドーさん、何故か分かりますか?


『うむ。奴は魔力のみの存在だと思われる。物質ではないのであろう。幻鳥とはよく言ったものだ』


 魔力だけの存在? 吸収すれば何とかなるかな。ならば、ここにスペシャリストがいます。



「ルッカさん、あれは魔力だけの存在だそうです。吸えますか?」


「……やるしかないでしょ。私が狂ったら、宜しく頼むわよ」


「お任せあれ。その際は息の根を止めますね」


「ったく、躊躇いもないよね。もしそうなったら、少しは寂しがってよ」


 うふふ、でも、ルッカさんは部署の後輩なので、本当には殺さないですよ。



「……ルッカさん、あの鳥、こっちに飛んで来ていませんか?」


「あれだけの魔法を受けて気付かないはずがないものね」


 

 体は大きくても細っこい系の鳥の姿でして、嘴や羽毛は有りますが翼の先に小さな爪が生えていたりと、何となく竜に似た雰囲気です。でも、竜と違って前肢がないので、間違いなく鳥ですね。コリーさんによると竜は羽も数えて六本足ですからね。



「あれ? 本当に大きくないですか?」


「……常識外れのサイズね」


 もしかしたら、生意気にも聖竜様よりも大きいかもしれません。



『先程の魔法の魔力を吸って膨張したようである。今のヤツの体は竜神殿の敷地ほど有るだろう』


 ……それは大きいです。神殿を端っこから端っこまで歩くと、1刻程掛かりますから。


『太陽から降りてくる魔力さえも吸っておる。ククク、いやはや、殺しがいがあるな。そう思わぬか、主よ』


 すみません、ガランガドーさん、私の頭の中で物騒な事を呟かないで下さい。殺人鬼みたいです。



「巫女さん、魔法が来るわよ!」


 私にも分かります。ブラナンの羽に魔力が集中します。ブラナンは空中で体を斜めにし、恐らくは羽ばたきで何らかの魔法、暴風だとか衝撃波を出そうとしているのでしょう。余りに体を傾けているので、三本くらい伸びている長い尾は地面に着いているかもしれませんね。



 残念ですが、あえて正面から受け止める必要は無いか。


「撤退します」


「スマートね。オッケーよ」


 殺せず惜しい気持ちも有りますが、私はシャールに戻りました。皆と相談もできる聖竜様の場所がベストだったのですが、私の腕輪では直接移動できない細工がされているので、ひとまずの中継地として選びました。

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