マイアさんと聖竜様
私のグツグツとした怒りに気付かないまま、マイアさんは聖竜様との会話を続けます。
「無理ね。ブラナンの力ではワットちゃんに及ばな――あっ。ワットちゃん、もしかして、色々と縛りを受けているの?」
縛り? 私が食い破りますよ?
マイアさんが言うには、聖竜様は古竜の一種であり、ガランガドーさんの様に本来は精霊なのです。誰かによってこの世に召喚されており、その召喚主との約束事に縛られていると言うのです。
『そうである。召喚者は我が騎士スーサフォビット様。受けた縛りは、この地からの移動の禁止と守護』
ほう、名前からして、マイアさんがフォビと呼んでいた奴がそいつですね。
「ワットちゃんからブラナンの側には行けない訳ね。だから、見ているだけしか出来ないのかぁ。でも、フォビはもう死んだんでしょ? 相変わらず、ワットちゃんは義理堅いわね」
『否。我の主は不死の存在として、この世に君臨しておる』
……ふむぅ。召喚主とか言う奴は生きているのか……。このメリナ、最大のピンチです。聖竜様の一番がまだ生存している事は脅威で御座います。
思わず出た歯軋りが聞こえたのかもしれません。マイアさんがちらりと私を見ました。
「……ワットちゃんとフォビは恋仲でなくて戦友だから安心して」
心を読まれましたかね。
「全く……。フォビは魔族化でもしたの? 結局、私達で死んだのはカレンだけ?」
『…………。会えねば、死んだも同然であるが……』
「そんな事もないわよ。私とワットちゃんも生きていたからこそ、今、喋れているのよ。……いえ、そんな事はまた後で話せばいいわね。ブラナンは何をしようとしているかを教えて」
聖竜様は歯切れ悪く答えます。
『……我の名を知る者を無くし、我を消滅させ、この地を支配すること……だと思う。』
それに対して、マイアさんは黙って考えます。私としては、とりあえずブラナンを軽く殺してから聖竜様に事情を聞いたら宜しいのにと思うのですが、私一人で王都に転移しても、ここ、聖竜様のお住いには戻って来れないのです。
だから、歯痒いですが、待つしか御座いません。
「精霊を信じる者がいなくなれば、本来、この世に在らざる精霊は元の世界へと消えてしまう。逆にワットちゃんくらい有名だと、ほぼ永遠に消滅しない。だから、ブラナンは人を操って、ワットちゃんを忘れさせようとしている、って処かしら」
マイアさんの言葉に聖竜様は長い首を少し動かして頷かれました。
「ブラナンがワットちゃんを殺したい理由は?」
『……思い当たる点はない』
「ん? じゃあ――」
「マイアさん、もう良いですか? 私、もうぶっ殺したくてウズウズしてます」
長々と喋っても一緒です。ブラナンは聖竜様の敵、そして、私の敵です。
「そうですか……。んー、あなたが言うのであれば、私には止められませんね」
「畏れ多くもマイア様、それほどまでにメリナさんをご評価されているのですか……?」
聖竜様との会話を邪魔しまいと私たちの後ろに立っていたクリスラさんが尋ねます。
「はい。彼女が2000年前に存在していたなら、歴史や物語に名を残したのは私達でなく、メリナさんだったと確実に言える程度に凄まじい才能です」
お褒め頂きありがとうございます。しかし、もう良いですかね。ヤギ頭とブラナンをぶっ殺したいのですよ。
「……それ程に……。マイア様、紙をお持ちではないでしょうか?」
マイアさんはクリスラさんの願いに応え、何もない空間から紙とペンを出します。
そして、クリスラさんは自分の手を下敷き代わりにしながら、ペンを走らせます。
手元を覗くと、ヤギ頭を追って王都の地下通路を進んだ先にあった扉に描かれていた文章、または只の装飾かもしれない模様を記していました。
私は全く覚えていないので間違いが有るのかとかは分からないのですが、クリスラさん、凄いです。あんなの、一目でよく覚えられましたね。
……記憶力の差を見せ付けられて、学力を試された聖女決定戦の一次試験、あの屈辱と敗北感を思い出しそうになりましたよ、私。
「……文字? 系統的にはラーバジャル語系の表意文字に似ていますね。読めるかな。……中へ、試し、3つ、道、進む、辿る、着く、配下、王。戦い、待つ、……んー、限る、選ぶ、人、贄、及び、死、乃至、栄え。覚悟、不、出る、迄、終わり。至る、終わり、越える、空……」
マイアさんは指で文字なのかな、模様を一つずつ押さえながら読み上げます。たまに分からないものは飛ばしていますね。
全ての模様を確認し終えてから視線を上げ、私を見ました。意図は分かりません。
「どうですか?」
何が?
「そんな事より早くブラナンを殺したいと思います」
ヤギ頭をどうこうするのは後回しで良いと思うんですよね。
「巫女さん、キュートな顔をして、いつも物言いが強烈よね」
善良な人間を隷属化するルッカさんには負けますよ。
『行くのか、メリナよ?』
聖竜様が私に声を掛けてくれました。その声は深く、私に染み入る様です。そこはかとなく、いえ、はっきりと愛を感じました。気のせいでは御座いません。
「はい。グチャグチャにぶっ殺して来ます。だから、聖竜様はご安心して雄化の勉強を進めて下さいね」
『……う、うん……。ご期待に沿えられる時が来たら良いかなぁ。あっ、人化だったら出来るよ、我!』
あ? 滅ぶか?
『えっ? す、凄い殺気……?』
あっ……ダメダメ。聖竜様ですからね、相手は。すうはぁ、すうはぁして気持ちを沈めましょう。思わず失礼致しました。
「……巫女さん、凄いわね。背中がゾクゾクとしたわよ。見て、鳥肌も気持ち悪いくらい。スケアリー」
「……魔王と対峙した時以上の危機を感じました……。ワットちゃん、言動には気を付けて」
『うん、うん! メリナよ、今のは我の戯言である。雄化の研究は……じ、順調であるぞ』
えっ! そうなんですか。良かったです。
まさかでしたよ。姿形だけとはいえ、聖竜様が人間なんて矮小な存在になってしまうなら、私は失望の余りに暴れてしまう所でした。いやぁ、早とちりで行動しなくて良かった。
「嬉しいです、聖竜様。で、どんな形のチンコになる予定ですか?」
『…………ちょっと分からないかな……。我には少しレベルが高い質問かな』
「えぇ、高いっていうか、絶望的に低いって表現した方が良いわね。巫女さん、もう行くよ」
あえて伏せない勇気(何がとは書かない)




