下半身の話
「へっ? 竜の陰茎?」
マイアさんは目を大きくして驚いてから、その後に笑い出しました。
「ちっちゃ!」
えぇ、誰でもそう思うでしょう。私の親指くらいの大きさなんですもの。
「ゴホン、初めて見る物かと興味をそそられましたが、なるほど――」
マイアさんは急にペラペラと語り出します。
「どの系統の竜かに寄るのですが、鳥に近しいものだと総排出腔だけですので、そういった陰茎は持ちませんし、もう少し蜥蜴に近いタイプのかな。でも、亀タイプにしては少し違うので、半陰茎の棘を切り取った物だと私は推定します」
よく分かりません。マイアさんって、そういう所が有りますよね。だけど、クリスラさんが食い付きます。
そんな私の気持ちに応える様に、マイアさんは補足の説明をしました。
人間や犬みたいな陰茎を持たない動物も多くて、竜の一部もその類とのことです。ただ、そうであっても、似た機能を持つ器官はあって、それを半陰茎と呼ぶらしく、それを雄は雌の穴に突っ込みます。
普段は体内に引っ込んでいることが多くて、一目では分かりづらいらしいです。
結局は突っ込むので陰茎でいいのに、何で半陰茎って言うんでしょう。不思議です。
しかし、だからか。ガランガドーさんを倒したときに確認したら穴が一個しかなくて困ったんです。こいつ、雌でも雄でもないのか、参考にもならないクソ野郎がと思ったのが懐かしいです。
さて、その半陰茎ですが棘や鉤が付いていまして、雌の中で抜けにくくしてロックする目的の他に、蛇や蜥蜴が同じ種類同士だけで交尾が出来るような鍵の機能も持っています。それが合致していないと、雌の穴を通らないとか、若しくは簡単に抜けてしまったりするのです。
いやぁ、その辺にいる蛇さん達がそんな努力と言うか、仕組みで繁殖していたなんて目から鱗です。可能なら、オロ部長の穴の形も見せてもらおうかな。
そして、私はとっても重要な事に気付くのです。聖竜様が雄化したならば、その半陰茎の形に合わせて、私の穴を調整しないといけないのですっ! 若しくは、私の穴の形を覚えてもらって、それに適合した変化をして頂くしか有りません。
これは高難度ですよ! その作業を提案することでさえ、羞恥心で死んでしまいそうです。
しかし、マイアさんに教えてもらって良かった。床に入って、いざ一戦交えましょうとなってから気付くよりはダメージが軽く済んで良かったです、本当に。そんな事になったら、私も聖竜様もショックで立ち直れなくなるところでしたよ。
「マイアさんの事、初めて凄いと思ったかもしれません……」
「次の聖女とは思えないセリフね、巫女さん。話題も話題よ」
「うふふ、メリナさん、竜にはこの半陰茎が二つあるんですよ。片方しか使わないのに」
「わぁ、竜も凄いです」
「……その感想も竜の巫女としてどうなのって思うわよ、巫女さん」
クリスラさんは黙って聞いています。でも、幸せそうな顔をしていました。偉大なるマイア様のお言葉だからでしょう。
……冷静に、ちょっとだけ冷静になると、ルッカさんの言う通り、私達は何て話題で心を弾ませているのでしょうかと疑問が微かに浮かびましたが、頭をブンブンして消し去ります。
「こんなの食べても竜にはなれないでしょう。誰ですか、そんな嘘を伝えたのは」
マイアさんは王都の宝物庫に入っていた経緯を聞いて笑いました。
「一つの使い方としては、そうですね、この黒いウネウネの材料になります。ほら、よくご覧になってね」
彼女が魔力を込めると、私が噛んでいた竜の妙薬が大きく黒くなりました。ウネウネと動いてはいませんが、氷漬けになっているものと似ています。
「魔力が少ない様に見えますが、実はそうではないのです。表面が魔力を遮断する構造になっていまして、大きくなると皺が広がり、魔力に溢れた内部の組織が出てきます。それが周りの魔力を吸うんですよね」
「何のためですか?」
「魔力を吸うことにより、雌の免疫を弱めて受精の可能性を高めるためです。雌に挿して半陰茎を拡張した時にだけ、魔力を吸う構造となっています」
ふーん、まあ、どうでも良いです。要は、その竜の妙薬から黒いウネウネを作れるって事ですね。
「吸った魔力をブラナンに与えることも出来るのですか? そんな事を王様が言っていました」
「ブラナン?」
あれ、マイアさん、ご存じないのかな?
「マイア様ともご交流があったと伝えられる、王都の幻鳥ブラナンです」
クリスラさんが私の代わりに答えました。
「あぁ、あいつかぁ。答えとしては可能。術式を組み込むだけなので、私には簡単です。でも、ブラナンだったら自分で吸収した方が早いでしょ」
私達はマイアさんに事情を伝えます。ブラナンの血筋が王を継いでいること、ブラナンが500年に一度復活すること、その度に王都の民が死ぬこと、そして、今日、ブラナンが再び現れたことなどをです。
「そっかぁ、ブラナンも不思議な感じになっているのですね。体を構築するために魔力が必要なんですか。なるほどねぇ。ずっと意識は生きて、体は500年に一回だけ現れる。んー、意識だけなら、この間までの私と同じです」
感慨深くマイアさんは言いました。
「あいつ、気が弱かったのに多くの命を喰らうとか、時が流れれば変わるものね。……ワットちゃんに尋ねるのが早いわね。行きましょう」
聖竜様という単語に私の胸が躍る中、マイアさんは軽く腕を横薙ぎしまして、彼女の転移魔法が発動します。
そして、目の前には、いつも通りの巨大な白い山みたいな、横たわってお眠りの聖竜です。あと、いつもの匂いも鼻をくすぐります。
ゆっくりと目を開き、首をもたげる聖竜様。しっかりと目に焼き付けて、毎日、寝る前に思い出せる様にしておきましょう。
「ワットちゃん、ブラナンはどうなってるの?」
『……マイアよ、いくらお主であっても軽々しく我の領域に無断で入るではないぞ』
そうそう、ここは未来の私と聖竜様の物ですからね。他人は扉をノックして入ってきて下さいということです。
「ワットちゃん、ちゃんと答えなさい。何を知っているの?」
『…………ブラナンは我を殺そうとしているかも……』
あぁ、じゃあ、私がその不逞を滅ぼしますからね。
ご安心下さい、聖竜様。一片の塵さえも存在しないくらいに焼き付くしてやります。
半陰茎について気になる方はググって下さいね(^^)




