メイドさんの報告
メイドさんの報告に場は静まり返りました。次に誰が発言するのか、皆が待っているのです。
私としては無視して「さぁ、マイアさんの所に行きますよ。その後はパン工房の方々と宴会ですからね」と念を押したいところなのですが、タイミングというものが有ります。
ルッカさんが言っているだけなので不確かですが、王都で幻鳥ブラナンが復活すると王都の人達は死んでしまうらしいです。王都の住民の数は分かりませんが、空から見た時にシャールよりも大きいと感じましたので、何万人という数字でも足りないかもしれません。
そんな事を知っている中で、「まあまあ、お酒でも頂きましょう」というのは勇気の必要な事なのです。
私の人間性が疑われる可能性はゼロではない。却って、お酒様が遠ざかる虞さえあるのです。
『主よ、少し良いであろうか?』
ん? 何ですか。死を運ぶ者よ?
『……我の二つ名をその様に冗談めかして使うでない……』
うふふ、やっぱり気にされていました? 冥界の端っこに住んでいる破滅の闇よ。
『本当に勘弁して欲しい……。今後、名乗りを上げる度に躊躇ってしまうではないか……』
えー、マイアさんがそう言っていただけですよぉ。
『主よ、肝要なる事実を伝えたい』
改まって何でしょうか?
『王都なる土地に我が残したる分身が消えた』
ああ、あのミニチュアガランガドーですね。確か、ヤギ頭達が呪詛みたいな祈りを続けて気持ち悪いからと言って、ガランガドーさんが体を置いて意識だけ私の中に戻ったんですよね。
『それである』
そっかぁ、あれだけの魔力が消えましたか。勿体無いなぁ。また集めましょうね。
『人間の世界を離れ、こちらから覗く事で気付いた。ヤギ頭の術は我の肉体を分解させた』
あの意味の分からない祈りが術だったと? やはり、あのヤギ頭は只者ではないですね。
『我も昨晩の戦いで疲れていた事を、この失態の言い訳とさせて欲しい。あの壁画はブラナンの骨格。そこに魔力を込め、復活させようとしていた』
ふむ、王都を破壊する魔物を産み出すとは、正に邪教でしたね。私の目と耳は確かでした。
『復活に要した魔力の大半は我の体を構成していた魔力。つまりは、主の魔力がブラナンとなっておる』
んー…………。
ちょっと待って下さいね。少し、ゆっくりと考えたいです。
まず、私は悪くありません。私の魔力が元とは言え、ブラナン復活に用いられるとは誰も予想できませんからね。
次に、ブラナンが私の力で復活したと勘違いされる事は有り得るのか。
無いでしょう。私には立派なアリバイが有ります。聖女クリスラ様と一緒でしたもの。
良し! 私に非があるとは一切思えません! やっぱりブラナンは放置で構いませんね。
「巨鳥の復活直前の王都にて、次代の聖女メリナ様と同色の魔力が大量に検出されました」
ぬけぬけとメイドさんがそうぬかしやがりました。
私は皆の注目の的になります。
「わ、私じゃないですよ」
「巫女さん。正直に言えば怒らないわよ? 私、クールだから」
大嘘です。絶対に怒る気です。私には分かります。私じゃないのに、今回は。
「ヤギ! ヤギ頭がやったってガランガドーさんが今、言いました!」
「ヤギ頭?」
「ほら、ほら。ルッカさんも居酒屋で見たじゃないですか。あのヤギ頭ですよ!」
「あいつ? ダウトね。そんなに魔力を感じなかったじゃ……あっ……」
な、何ですかっ!? ヤギ頭に淡い恋心を描いていたなら、即行で送り込んで差し上げますからねっ!
「あいつ、あの頭で人の言葉を話していたわね……」
……ふむ、確かに。
ヤギはメーメーとしか喋れませんね。気付きませんでした。
やはり何らかの術を使えたのか?
シャプラさんを殺そうとした時に、きちんと止めを刺すべきでした。
「巫女さんの知り合いだから、私もうっかりしていたわ。偽装かしら。でも、何の目的で獣人に……」
ふぅ、しかし、要らぬ誤解は解けましたかね。
ヤギ頭の得体の知れなさの追究にルッカさんの思考が変わってくれて良かったです。焦りましたよ。悪い事をしていないのに、無駄に私が疑われました。
「フェリス、続きを」
クリスラさんはメイドさんに指示をします。たぶん、フェリスっていうのがメイドさんのお名前ですね。知り合ってから何だかんだと長くなったメイドさんですが、初めて名前を知りました。
「ハッ」
メイドさんは両腕に抱えていた男を地面に下ろしてから喋ります。
「巨鳥は王都の上空を飛び、あらゆる物から魔力を吸っては、自身の魔力を増大させております。現段階で、既に大型竜よりも強くなっていると判断致します」
あら、メイドさん、情報を出し渋っていましたか? 外部者がいたからかな。
私は次代の聖女なのでデュランの関係者ですが、ガインさんはシャール側の人ですものね。
「その者は?」
クリスラさんは気を失って涎さえも垂らしている男について聞きます。見覚えのある顔で、うん、パン工房の初日に謝罪しながら去っていった奴ですね。
「情報局の駒です。王都にてこれを捕らえたタイミングで異常が発生しました」
少しだけガインさんに目配せしてから、クリスラさんが質問を続けます。何でしょうか。
「公館の方々も、この男の様な状態になったのですか?」
「いえ、ここまでは御座いません。この男は精神を病んでいたのか、薬を仕込まれたのか、当初よりこの状態に近かったです。しかし、魔力量が少ないものから倒れ始め、二、三日後には健常者にも死者が発生するものと思われます」
「あんたは暗部やわな? シャールの公館の状況についてもある程度知ってるやろ。教えてや」
あぁ、クリスラさんはガインさんに気を遣って、喋って良いとサインを送られたのですね。それにしても、ガインさんがシャールの人だとクリスラさんも知っていたのか。
あぁ、私がデュランから王都に向かう時のパットさんやガインさんとの出会いは仕込みだったんですものね。だったら、ガインさんの素性についてはご存じでも不思議じゃないです。
「シャール公館においても死人は出ていないと思います。ただ、王都全域で言える事ですが、魔力を吸われて衰弱している者が多数です。混乱からの暴動の虞は有りませんが、火災になった場合、通常時と比べて被害の拡大は否めません」
「じゃあ、行くわよ、皆! 巫女さん、レッツゴー!」
ルッカさん、ノリノリですけど、レッツゴーって、私の感覚では少し古臭くて恥ずかしいです。
「えー、行くんですか? 魔力を吸われるの嫌なんですけど」
「私に吸われたのと同じよ。大丈夫、オールライト」
危険だと思うんですよねぇ。王都の外から見るとか、余り影響の無い所から観察するのが良いです。
……地下なんてどうかな。鳥は空にいるんだろうから見えないけど、ルッカさんなら土の下からでも上の様子が分かるんじゃないでしょうか。
「じゃあ、ガランガドーさんがブラナンの骨があったと言う所に行きますよ。ヤギ頭がいるかもしれないし」
「グッドよ。クリスラさんは?」
「マイア様のお知恵をお借りすべきです。王都よりもそちらを優先させませんか?」
私もマイアさんに質問があるから、そっちを選択したいんだけどなぁ。
「クリスラ様、先程から出てくるマイア様は、あのマイア様ですかっ!?」
うわぁ、パットさんまで話に入って来るんですか。
会話ばかりして、時間の浪費ですね。さっさっと行動ですよ。
「では、王都に行って、情報収集。魔力が抜かれそうなら、すぐにマイアさんの所に飛びますね。何が起こるか分かりませんから、いつでも転移できる様に、クリスラさん、ルッカさん、私の体に触れ続けていて下さいね」
「オッケーよ。あと、巫女さん。いつまでその冷たそうな氷と汚い竜の妙薬を持ってるの?」
えぇ、デュランに来て、皆が話し続けるものだから下ろす機会が分からなかったのですよ。




