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お前の靴だぞ

 私が村からシャールへ来た時と同じ門を出てから、私たちは森へ向かう。


 門の外は広場になっていて、幾つかの乗り合い馬車が並んでいる。でも、馬車には乗らずに徒歩での移動とのことだ。あと、街に入る人たちの列が凄いわ。


 アシュリンさんは、これまた初日ぶりの黒い巫女服で、パツンパツンの格好だ。

 私は「昨日、アシュリンさんの分も注文すれば良かったのに」と言ったのだが、「これがいいのだっ!」って、無駄に強調されて返された。


 でも、ヒップラインとかが浮き出てるというか、見る人が見たら卑猥な印象も与えそうなのですが。アシュリンさん、中性的な美形だし。



 私たちは森へと歩いているのだけど、向こうから来る人は少ない。見廻りの兵隊さん数人と逢ったくらいだ。森だもんね。そこで寝起きしてる人はほとんどいないだろう。


 逆に、森へ向かう人は多い。

 冒険者達だろう。

 一際目立つのは大きな鞄を背負った一団で、この人たちは森の奥の方へ、もしかしたら森を越えて、どこか別の地方へ行くのかもしれない。

 他には、私とそんなに歳が変わらない少年達の数グループや仲良く手を繋いでいる男女とかが同じ方向へ向かっている。 

 でも、剣を差している人は少なくて、やっぱり目立つのは服装の貧しさかな。見た目からの年嵩的にも、冒険者になって間もないっていう人たちが多いかも。


 冒険者という職業は一攫千金とか英雄になりたいとかで憧れの対象であると同時に、仕事の無い人が糊口をしのぐために就く部分がある。


 村で一生を終えられる人は畑を持っている人とその家族だけと考えていい。ドンドン開拓していければいいのだけど、隣村とのしがらみだとか、魔物の棲息域の問題だとかで、自由には広げられない。大人になった時に継げる畑やお金が稼げる特技がなければ食べて行けなくなる。

 だから、出稼ぎみたいな感じで村を出る人がいた。戻って来ない人が大半だけど。


 たまに、村の生活に飽き飽きしてというか、物語の様なロマンを願って出て行く人もいた。

 そう言えば、向かいのレオン君も冒険者志望だったなぁ。あいつ、生意気だけど、なかなか棒を突くのが上手かった。立派な冒険者になれるといいね。その時は、お姉さん、少しは手助けするわよ。

 ……ちょっとだけノノン村を思い出して寂しくなった。



 森に入る前の街道の脇で、アシュリンさんが昼ご飯を取ると言ってくれた。

 堅く焼き込んだ一口サイズのパンだ。ん、パンじゃないのかな。カリカリして美味しい。

 もちろん、一個ではお腹を満たすことは出来なくて、10個くらいを貰う。……それでも足りないね。



 それを頬張りながらアシュリンさんに訊く。


「どうして、森まで来たんですか?」


 魔法の練習だけなら、門のすぐ傍でも良かったはず。


「私がこの森に用があったからだ。薬師処からの依頼物を採ってくる。貴様はそこで練習していろっ!」


「何を採られるのですか?」


 材料を用意するのも薬師さんの仕事でしょうに。


「血吸い大コウモリの牙と羽根だ。新鮮な物を要望された」


 んー、確かに普通の巫女さんだと無理だ。戦闘経験がないと死の可能性も出てくるヤツだ。



「お手伝いしましょうか?」


「一人で十分だ。では、清浄魔法の詠唱句を伝えるぞっ!」


「お願いします」


 私は持って来ていた、古い靴を土の上に置く。昨日まではこれを履いていたのね。凄いわ、過去の私。

 さぁ、アシュリンさん、きれいきれいお願いしますっ! 臭いが取れたら、まだ履けますっ!


『我は願い請う。縁深き、青き山。それに連なる雲の海。白くあらざりし、その道の程。浮かぶ雲雀は啄みて、遂には遠く舞い飛ばん』


 汚かった靴の染みが抜けていく。ゆっくりと。

 とても不思議な光景。


 私は早速、靴を手に取る。

 染みは完全には無くなっていないけど、目立ちはしない。表面の革の削れている所とか、底の木が見えている部分はそのままね。


 中を嗅いでみる。


 靴独特の強烈な臭いはないわ。でも、まだ臭いのよ! ちょっとだけ鋭いような、ムッとした臭気を発しているのよ。


「アシュリンさん、臭いですっ! 猛烈じゃないけど、汗が濃くなった様な臭いがしますっ!」


「……どんな臭いだよ。もっとマシな表現があるだろ。お前の靴だぞ」


 そうでした。しかし、臭いのです。

 これでは、私の目的が達成できません。


「それを水で洗って、日干すれば、だいぶ良くなる」


 そうなの? 本当に信じていいのね。

 なら、頑張るわ!


「今の文句を唱えれば、私にも使えますか? 教えてください!」



 アシュリンさんが私を黙って見詰めてから、口を開く。

 何、今の間は?



「メリナ、魔法はどこで習った?」


「スードワット様に夢の中で」


 アシュリンさんは頭をポリポリと掻く。

 疑っているの? 確かに私は聖竜様に教わったわよ。


「……まずは、基礎的な話だがな、魔法は最初に『依頼したい旨』を伝える。次に『どこの精霊に』かを指定する。それから、どうして欲しいかをそいつに分かりやすく『伝える』。これが詠唱句だ」


 そうなのですか。先程のアシュリンさんの文句は、私にはとても伝わりにくかったのですが、精霊さんとのコミュニケーションに特化しているという事ですね。


「魔法が精霊の働きだとは知っているな?」


「そのように仰っておられました」


 聖竜様が。


「個人個人で、どの精霊に依頼できるかは異なっている。詠唱句が同じでも、私の精霊にメリナが依頼できるかは分からんぞ」


 それ、初耳。

 そもそも、私は誰にお願いして魔法を使っていたんだろ。

 スードワット様からは『願う事』を唱えれば良いとしか聞いてなかったよ。


「それに、精霊によっては得手不得手がある。例えば、炎の塊のような精霊に水を出してくれと言っても無茶だろ」


 無茶でも出せばいいじゃない、水くらい。大体、お母さんから、炎の先に冷たいものを置けば水滴が付くって教えて貰ったわよ。炎から水は出ているのよ。

 だったら、炎の精霊でも水を出せるでしょ! 頑張って絞り出させればいいのよ。


「いいか、魔法で大事なのは精霊そのものをイメージすることと、何をしたいのか、しっかり詠唱句に載せるとともに――」


 ぐちゃぐちゃ言わないで、アシュリンさん。何を熱く語っているの? そんな柄じゃないでしょ。

 要は臭いを消す魔法が出来ればいいのよ!

 試行錯誤で、どうにかなるでしょ。



「分かりました。何とか頑張ります」


「あぁ、私の詠唱句を参考に、自分なりに試すんだぞ。では、私は森に入る。私が戻ってこなくとも日が暮れる前に街に帰れ」


「そんなに奥にまで? 一人だと危ないし心細くないですか」


「大丈夫だ。お前なら盗賊でも撃退できるだろ」


 いえ、アシュリンさんが、ですよ。

 でも、強いから杞憂かな。

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