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工房の面々との和気藹々

 クリスラさんの無事な姿を見たパットさんはホッとした表情をされた後に、恭しく片膝を土に付けて頭を下げました。私に対してです。


「メリナ様、感謝申し上げます。このパット、以後の人生をあなたに捧げます」


 迷惑です。


「おい、パット。お前、俺にも人生を捧げててたやろ。お前の人生何個あるんや」


「ガインさんにも捧げたままですよ」


「やっすい人生やな。メリナも断っておきや」


 私が断る前にガインさんが助けてくれました。

 そうそう、彼らに巫女長の件を伝えなきゃ。ガインさんはご存じかも知れませんが、私は巫女長も生きていて、王城の宝物庫荒しをしている事を伝えました。


「えぇ、フローレンスさん、生きてたんですか!? ……まぁ、そうですよねえ。あの人が死ぬのは想像できないです」


「しかし、あいつ、どないすんねんやろな。王都に逆らったらメンドーやのにな」


 その王都の状況、と言うか王様の件を教えるか迷いましたが、クリスラさんが皆に言いました。「デュランの全力を上げて何とかします」と。


 デュランがシャールに恩を売った形にするつもりですね。既にルッカさんが王を意のままに扱える状態ですので、むしろ、逆にどうすんねんって状況ですのに。

 私はクリスラさんの邪魔をしないように黙っていました。



 さて、周りからは王都の兵隊さん達はいなくなっておりまして、デニスの大量の家族っぽい人達、ビーチャの恋人の務め先の孤児院の職員、子供たちもどこかに行ったようです。パットさんが相応の場所へ連れていってくれたのでしょう。


 なので、パン工房の方々だけが残っていました。シャプラさんもいらっしゃいますね。兎型の耳が真ん中くらいで折り畳まれていて、少し緊張気味なのでしょうか。耳で精神状態が分かる、他人には便利な機能ですね。しゅんと全折りではないから、安心しましたよ。


 私を見る彼らに微笑みますと、おずおずと私に寄って来ました。


「ボス! まさか……デュランの偉い人だとは思いませんでした」


 デニスの言葉です。


「聖女様だったんですよね。私、納得です」


 いつもに増して目をキラキラさせてハンナさんが私を見てきます。私、ニラさんもそうなんですが、ぐいぐい好意を当てて来る方は少し苦手で御座います。初対面の時の、脳天を蹴り付けたくなるくらいの態度でも宜しいですのに。


「えぇ、聖女が何なのか本当に分からないけど、ボスは凄い人です。俺的にはボスが聖だなんて未だに信じられないです。世の中は広いと思いました」


 おい、ビーチャ。この地でその発言は殺されかねませんよ。

 しかし、私、今の発言くらいが丁度良いかもしれません。変わらぬ態度は好ましいですよ、ビーチャ。

 誉められると裏があるのではと、私は勘繰ってしまいます。正直なところ、照れ臭いんですよね。私はそんな立派な人間なのかと。


「メリナさんよぉ、ありがとうな。捕まっていた俺達を助けてくれたんだってな」


 そう言ったフェリクスは隣にいた奥さんに頭を叩かれました。


「命の恩人に何て口の聞き方よ。ちゃんと言いなさい」


「いってぇなぁ……。ったく分かったよ。メリナ様、いつもありがとうございます。……これで、いいか?」


 また叩かれていましたが、仲良しそうで良いですね。奥さんから改めてお礼を言われまして、次に、私はモーリッツとシャプラさんを見ます。


「そうだ。ボス、聞いて下さいよ。ビッグニュースがあるんです」


 ビーチャ、横から何ですか? あなたはさっき喋り終えたじゃないですか。


「モーリッツとシャプラが結婚おめでとうするんですよ!」


「ちょっと、ビーチャ! 本人達から言わせないさいよ!」


 ……すみません、ハンナさんの突っ込みはよく聞こえませんでした。それくらい衝撃的です。


「……結婚ですか?」


 私の問いに二人は頷きます。シャプラさんは耳を少しピクリと下げました。


 シャプラさんの歳は、私の記憶では12歳です。私よりも3歳も若いのです。

 対してモーリッツは髭を生やしていますし、フェリクスよりも歳上と思われます。顔付きからするとデニスはおっさんの域に入っていますが、工房では二番手の歳上だと考えていました。


「……モーリッツは何歳でしたか?」


 もしや、モーリッツも隠れ獣人で、老けて見える獣が混ざっていて、ああは見えても20歳とか。


「32になる」


 アウト~! 歳の差、20歳はダメで御座いますよ。そこに愛はあるのかさえ疑わしいです。ただ単に若い少女が好みな危ない野郎決定です。

 騙されていました、私。工房では私の次に常識があって頼りになる男だと思っていましたが、とんだクソ野郎様でした。

 久々に教育という名の血の躾が必要で御座います。回復魔法なしで。



「結婚じゃない……。一緒に住むだけだ」


 遺言ですかね。足に力を入れ始めたタイミングでシャプラさんも続きます。それを見て、跳ぶのを一旦中断です。


「そう……。モーリッツは優しい。……あなたにも聞いて欲しい」


 くぅ、シャプラさんは洗脳済みでしたか。

 しかしながら、私はシャプラさんの弁解を一応聞きます。



 悲しい話でした。

 モーリッツは村人時代に妻がいました。しかし、生まれた子供が獣人で、モーリッツは冷たく当たります。それを苦に奥さんは子供と共に、大雨の日の川に身投げしてしまったのです。

 自らの行いが原因とは言え、傷心のモーリッツは王都に出てきてパン職人となります。


 そんな彼ですが、王都の生活でも獣人に対する態度は余り変わりませんでした。

 長く勤めた工房では何人もの獣人がシャプラさんの様に酷い扱いで雇われたのを見るだけでした。また、工房で一番偉い、んーと、クルスさんが獣人を虐めている事も知っても止めませんでした。


 前世で悪いことをした人間が獣人として生まれてくると、王都近辺の宗教では教えているらしく、そこから来る迫害にモーリッツは最近まで何とも思っていなかったそうです。以前のビーチャみたいに直接的な危害を加えることはなくとも、傍観者というポジションになんら疑問を持っていなかったのです。


 積極的に暴力を振るう事は有りませんでしたが、消極的にでも助ける事をしない。

 それは自己防衛の一つで、身内を救えなかった自分を思い出すのが辛かったのかもしれません。結末を変えれなかったのは自分でなくて、運命だと思い込めば心の負担が軽くなりますものね。


 しかし、私がシャプラさんの境遇に変化を与えた事が彼に影響を与えたのです。

 これからは彼がシャプラさんの親代わりとして生きると言います。


「……話は分かりましたが、シャプラさんはあなたの娘さんではないのですよ?」


「……分かっている。それでも……俺は贖罪になるなら……なると思うのなら……」


 ふーん。過去の事実は変えられないので、モーリッツの家族にあった悲劇はそのままです。シャプラさんの虐待を止めなかった事実もまた残ります。しかし、これから先のモーリッツは二度とそんな事をしないでしょう。

 それで良いのかもしれません。



「あなた方に叡智の源であるマイア様の祝福を、導く師たるリンシャル様の冥護を、清らかなる聖女の慈愛を祈ります」


 クリスラさんが手で印を切りながら、二人に何か簡易の儀式っぽいことをしました。


「……ありがとう」


 シャプラさんがポツリと言って笑顔を見せたのが印象的でした。


「うぉー、今日も飲むぞー!」


 ビーチャの叫びに私も「飲むぞー」と応えます。うふふ、お酒様、今日もお会いできて嬉しいですよ。



 なのに、


『主よ、飲んではならんと忠言しよう。我無しでは主を止めるのは難しい』


 ガランガドー、お前、寝ておきなさい。突然出てきて面白くない事を言うんじゃありません。


「ダメよ、巫女さん。まだ仕事があるでしょ」


「そうです、メリナさん。マイア様の下へ私達をお運びください」


 ぐぐぐ。世の中にはもっと大切な事があると言うのに何て事でしょう。

 しかし、お二人を説得するよりもマイアさんの所に行くのをこなす方が良いですかね。仕事を終えてからの方が美味しいと感じるのです。それまでお待ちください、お酒様。



「あれ、ペーター君は?」


 いつもハンナさんの傍にいた彼がいません。


「チェイナさん達と一緒にいます。仲良くなった子と遊ぶんだって」


 あぁ、孤児院のあの子とか。ペーター君、無邪気だと思うんですが、本当に将来女たらしにならないか、お姉さんは心配です。



 工房の方々は去りました。私達も転移しようかと思ったところで、急速に接近する魔力に気付きます。

 敵では御座いません。あのメイドさんの魔力だと思いましたから。



「クリスラ様、王都に巨鳥が出現。魔力を抜かれ倒れる者多数」


 到着すぐに静かに報告を終えた彼女の腕には工房初日に聖竜様を愚弄した男が抱えられていました。

 メイドさんはシャプラさんを情報局の犬にしたパン工房のクルスという男を捕まえるとか言っていましたから、それがこの男なのでしょう。

 しかし、それは今となってはどうでも良いことです。ブラナン復活と共に、私とは関係のないことで御座います。


 さぁ、早く私を桃源郷に連れていくお酒様との邂逅を急ぎましょう。

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― 新着の感想 ―
[一言] 面白かった。
[一言] メリナinお酒vsブレナン 酒のつまみに焼き鳥追加かな
[一言] >王都に巨鳥が出現 ペロッ…これは巫女長の…!
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