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忘れ物

「行っちゃったわね、あの人……」


「えぇ。でも、巫女長は絶対に死ななさそうな雰囲気が有りますね。聖竜様みたいです」


「聖竜様は存じ上げませんが、私もメリナさんに同意致します」


 まあ、クリスラさん、生きる価値もないくらいに人生を損していますね。



「この指輪はどうします?」


「これねぇ、擦って意識操作の魔法を発動させていたでしょ? 余り触りたくないのよね」


 ルッカさんだけでなく、クリスラさんもどうしたものかしらという顔です。私も呪われそうで嫌なんですよね。


 と言うことで満場一致で、踏みつけて粉々にしました。豊富な魔力を放出していた割に、欠片からは全く魔力が漏れませんでした。残念です。使いきっていたのかな。



 さて、王都での用は済みました。マイアさんの所に急ぎたいのもありますが、まずはデュランでパットさんにクリスラさんの無事を伝えないといけませんね。


 私は転移の腕輪を発動させようとする寸前に忘れ物に気付きました。アシュリンさんです。倒れたままで風邪を引かれるかもしれませんし、今日は誰かの誕生日でシャールに戻らないといけないと叫んでおられました。


 全く、私は先輩想いの出来た後輩です。



 ルッカさん、クリスラさんと手を繋いで仲良く転移しました。でも、私の片手には噛みに噛んだ竜の妙薬が有りまして、そちら側は誰も握ってくれませんでした。私の唾液まみれですから、自分でも気持ち悪いです。だから、許して差し上げます。


 転移場所は死屍累々みたいに兵隊さんたちが転がっている王城の前庭。地面に血溜りが出来ている箇所も御座いました。うーん、惨劇の跡みたいです。



「……この氷の建造物もメリナさんが?」


 未だに健在な氷の塔を指してのクリスラさんの言葉です。


「信じられないでしょ、聖女さん。しかも無詠唱よ。でも、今はアーリー。巫女さん、アシュリンさんを早く」



 はいはい。お任せあれ。私は横たわるアシュリンさんのお腹に手を付けます。竜の妙薬で濡れている側ですが、アシュリンさんなら気にも留めないでしょう。



「メリナさん、こちらの男はパウス・パウサニアスですか……?」


「あっ、そんな感じの名前でした。よくご存じでしたね。王都最強の男だとか戯れ言をほざいてましたよ」


 とは言ったものの、血塗れにされる程度には強い男でしたね。


「……あ? メリナか?」


 寝たままの状態でアシュリンさんが目を覚まして、私の名前を呼びました。


「……パウスは?」


 なんと弱々しい声なのでしょう。あんな稽古事みたいな戦闘でなく本気を出せば、もう少し出来たでしょうに。逆に、パウサニアスも剣を抜いていたかもしれませんが。


「横で寝ていますよ。倒しました」


「ククク、そうか……。メリナ、よくやった!!」


「シャールに戻りますよ。誰かの誕生日なんですよね、アシュリンさん? シャールに行きますよ」


「待てっ! ……パウスも連れていけっ!」


 はあ?

 リベンジマッチですか? 懲りないですね。戦闘狂の思考は私には全く理解できないです。


「はいはい、好きなだけ殴りあって下さいね」


 おっと、パウサニアスに例の黒いやつを付けたままでしたよ。確か、黒いウネウネに憑かれた人が王都の外に出たら死んじゃうんですよね。転移と共にパウサニアスが死んでいたら、欲求不満になったアシュリンさんに説教を喰らうところでした。


 黒いウネウネを取り出した上で氷漬けにして、私は神殿の大きな池がある庭の外れに転移しました。屋根付きの休憩所があるのですが、その陰です。一般参拝者さん達は少ないとは言え、兵隊風の二人が倒れているのを見られるのは、一緒にいる私のイメージが悪くなるかなとかいう配慮です。


 魔物駆除殲滅部の小屋でも良かったのですが、あそこは『巫女さん業務用地域』ですので、知られたらアデリーナ様に怒られそうなのも有ります。

 うふふ、私、ルールを守れる優れた淑女に近づきました。

 

 回復魔法はご自分でお願いしますね。私、シャールでは魔法発動を許可されていませんから。

 ……本当に成長しています。私、ルールを本当に守っています。あれですかね、パン工房で皆様を指導していたから身に付いたのでしょうか。もう狂犬なんて言わせませんよ。



 一仕事を終えて、私は王城の庭に戻る。


「次はデュランですね。皆にクリスラさんの無事を確認して貰って、その後にマイアさんの所に行きますよ」


「はい、メリナさん、宜しくお願いします」


 ……んー、何かを忘れているなぁ。

 何だろ。巫女長はたぶんご自分で何とかされるだろうし、パン工房の火元は消したよね。


 工房に置いてきた金貨? んー、でも、居酒屋対決でだいぶ使ったし、また稼げばいいだけだし。


 あっ、居酒屋で思い出しましたっ! ガランガドーさんだ。

 ヤギ頭に連れていかれて、そのままでした。



 ガランガドーさん、お元気ですか?


『うむ、獣人達が軍に襲われたため、あの地下室に来ておる』


 あら、そうなんですか。「王都は私の関係者を皆殺しにするつもりだ」とかガインさんが言っていましたが、あの邪教の連中も私の仲間だと勘違いされたのですね。


『我の結界を人間が破るなど不可能。心配は要らん』


 ええ、あなたの心配はしてないですよ。……むしろ、すっかり忘れていたくらいです。


『そうか……。しかし、我を(あが)む祈りが不愉快ではある。ヤギ頭に伝えてくれまいか』


 あの不協和音ですね。何を言っているのかも分からなくて気持ち悪いですよね。


 ガランガドーさんを戻して魔力の補給も行いたいです。今はお食事会場ですか?


『いや、骨が壁に埋まっている場所だ』


 そんな所、あったかな?

 あっ、ヤギ頭に連れられて行った、更に地下に潜った所か。壁画があっんですよね。


 あそこかぁ。転移してガランガドーさんを回収してか。よくよく考えると手間だなぁ。

 この後にはまだデュランに行ってマイアさんの所に向かうという、多忙なスケジュールなのです。夕飯の危機です。

 ガランガドーさんが転移してこっちに来たら良いのに。


『ならば、我がそちらに行こう。良し、これで良い』


 は?

 ガランガドーさん、何をして、何が良いのですか? 転移してないじゃない。


『我の意識体をあの地下室からお主の中へと移動させた。これで、お主の中が我の本拠である。従来の通りでもある』


 ?

 何を言っているのでしょうか。

 

『あちらの体は明日には魔力の縛りが解かれ、お主に戻るであろう。獣人どもも、我が急に消えれば戸惑い、怖がるであろう』


 ガランガドーさんの癖に優しい。

 魔力の縛りとかよく分からないけど。


『分かる必要はあるまいて。理解できるのは、お前の知っている者ならマイアとかいう女だけである』


 はぁ。

 まぁ、良いです。ガランガドーさんも、このまま転移されるのですね。


『久々の肉体であったが、ちと疲れてな。主人の許しが無いために戻れずであった。我も休憩を所望する』


 ふーん。では、強大な魔法が必要な時まではごゆっくり。


『……ふぅ……やっと眠れる』


 聖竜様もそうでしたか、竜は眠るのが好きなんですね。巫女長に伝えれば、大興奮間違いなしです。今度お会いした時にクチャクチャしていなければ、お伝え致しましょう。



 しかし、ようやくです。ようやく、王都を離れることが出来ます。

 私はクリスラさん、ルッカさんを呼びます。この間も王都側の兵は寄って来ず、ルッカさんの下僕による制圧がかなり巧く進んでいる事を理解しました。……全く野放しにしてはいけませんね、魔族は。ルッカさんが特別な存在であることを祈るのみです。



「では、行きますよ」


「はい、宜しくお願いします。ところで、メリナさん、そこの黒いのは何ですか?」


 あっ、これも忘れてました。


「吸魔っていうらしいですよ。ほら、情報局が開発したって王様が言っていたヤツです」


「魔力を吸ってどこかに送るんですよね? その魔力の流れを読めば、ブラナンの居場所を辿れるのでは有りませんか?」


 なるほど。


「ルッカさん、腕を出してください。入れますから」


「巫女さん、本当にクレイジー。なんで、私なのよ。って言うか、私を何だと思っているのよ」


「不死の魔族です。死にたがりでも有ります」


「ほんとクレイジー。その黒いウネウネは、そのままで持っていけば良いでしょ」


 ルッカさんがそれで良いというので、私は小脇に氷を抱え、デュランに転移しました。かなり冷たいです。

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