下僕の王様
帰りたがる巫女長ですが、まだすることが有るとルッカさんが言いますので、少しだけ待機してもらうことになりました。でも、クチャクチャ煩くて一人で帰宅されても良いのではと思いました。
ボーと王座に座っている王様の近くへ私達は集まります。ルッカさんが寄れと言ったからです。
「吸った魔力がノンテイスト気味で美味しくなかったの。人間の味しかしなかったのよ」
「えー、それじゃ、王様を襲っただけじゃないですか。ルッカさん、只の極悪人ですよ」
恐ろしい話です。あんな王様だったから間違いであっても何となく許されると思いますが、これが皆に慕われる賢王だったら、私達は民衆に恨まれていましたよ。
「だから、次の手段を取るのよ」
「何をするんですか?」
「ブラナンについて知っていることを吐いて貰うのよ。私、スマート」
なるほど。王様なのですから、国家機密なんかも当然知っているはずです。ルッカさんの下僕と化した王様に命令して情報を引き出すのですね。
うん、下僕の王様、何か面白い響きです。
あと、マジでこれ、私達、いえ、ルッカさんは王国の仇敵として歴史の書に載るのでは無いでしょうか。軽く考えてここまで来ましたが、王国が滅んだ瞬間に私は立ち会ったのかもしれません。
「あらあら、クチャクチャ、これ、綺麗ね。私が貰っていい? クチャクチャ、何でもあげるって、王様も仰っておられましたよね。クチャクチャ」
巫女長は王様が嵌めていた指輪を抜き取り、それを消しました。恐らくは収納魔法です。
……見なかった事にしましょう。まさか王様が身に付けている物を強奪するとは巫女長は本当にフリーダムです。全く逡巡が無かったのも凄いです。
クリスラさんも目を背けておられまして、私と同じ選択肢を取られましたね。
まぁ、確かに王様も生前に「何でも聞こう」って言っていましたから、何をしても許可済みと自分を言い聞かせましょう。
さて、コッテン村の下僕達とは魔法的な何かでコンタクトを取っていた様子でしたが、今回は、皆にも聞こえるようにと、あえて、ルッカさんは声で質問します。
「幻鳥ブラナンについて知っている事は?」
「オウケヲマモリ、オウケガマモルモノ」
「幻鳥ブラナンはあなたの中にいる?」
「イナイ。オウノナカ」
……ん? 王の中?
こいつ、王様じゃないの? いきなりの爆弾発言です。
私はすぐにクリスラさんに確認します。
「クリスラさん、この人が王様ですよね?」
「私が知る限り、彼はこの国の王でした……。ですので……もしも今の言葉が自分を客観視してのもので無いのなら、彼が他に王と認める誰かがいるという事ですね」
「分かった。訊くわ。この国の王は誰?」
クリスラさんの返しを受けて、ルッカさんがすぐに尋ねました。
「アニキ」
兄貴? アデリーナ様のお父さんか!?
事故で死んだと聞いていましたが、それが事実でない?
アデリーナ様はそれを知っているのだろうか。いえ、シャールにはアデリーナ様の動向を報告する人達がいたと記憶しています。彼らをアデリーナ様は滅ぼしたのですから、王都とは敵対関係にあったのだと推定されます。それに、アデリーナ様が幼い頃、王都で暗殺未遂を体験したと聞いたことがあります。
だから、実の父親が実権を握っているとは思えない。
いや、でも、実の親だから仲が良いとは限りませんか。夫婦喧嘩に巻き込まれた様な事をふーみゃんとの思い出話の絡みで言っていた気もします。
王様のアニキがアデリーナ様のお父さんに限らない可能性も有ります。他の兄弟だとか、その、何ですか、男同士のお付き合いの、はっきり言うと、性的な兄貴とかも有りますもの……。
「そのお兄さんはアデリーナさんのファザー?」
……ルッカさんのたまに出る外国語はウザいですね。そこは普通にお父さんで良いと思いました。
「ハイ」
マジかよ。衝撃的過ぎます。
あいつの父親なんて戦いたくないです。絶対に性悪で、ねちっこいですよ。
離脱ですよ、戦線離脱。
私はここで帰らせて頂きます。
巫女長の言葉通りに、あの時に帰宅すべきでした。くそぅ、巫女である私が巫女長を信じずに、誰を信じるというのですか。
あと、巫女長、まだクチャクチャしてるんですか。聞き苦しいので勘弁してください。
「ルッカさん、もう止めましょう。私、怖いです」
「へ? 巫女さん、何を言ってるの?」
ルッカさんは私が止めるのも聞かず、続けます。
「そのお兄さんは何故隠れているの?」
「ブラナンフッカツノタメ。オウケガセカイヲスベルタメ」
ほらほら、急に話が大きくなってきましたよ。何ですか、世界を統べるって。
何の意味があるんですか。今の王国で充分でしょうに。十二分に広い国土です。
「どこにいるの、そのお兄さんは?」
「オウトノチカ」
だから、もう良いでしょ。はいはい、お仕舞いです。この国は魔族ルッカが永劫に治める、エッチィ服を着る事が推奨される国になりました。メデタシメデタシで良いじゃないですか。
「巫女さん? 様子がおかしいわね。クレイジーと違ったおかしさよ?」
「メリナさん、凄い汗ですね。どうしましたか? 具合が悪いのであれば、後でデュランでごゆっくりしますか?」
そうしましょう。そうしましょうよ。
「どうして、あなたは王を演じていたの?」
「アニキハセイジヲナゲダシタ。オレハオウニナリタカッタ。リョウシャナットク」
「有り得る、クリスラさん?」
「身の安全が保証されているなら、そういった事もあろうかと思いますが、継げる者が王権を放棄する危険性と不都合は当事者ほど実感するはずです……」
さぁ、帰りましょう。帰りましょう。帰れ。
……帰れ? 帰れ。 帰れ? 帰らないと。
「巫女さん!」
ルッカさんが私の両肩を揺さぶりました。
「……どうかしましたか?」
「……虚ろよ、あなたの目」
「あらあら、クチャクチャ、メリナさん。少し魔法が残ってるわね、クチャクチャ」
巫女長が近寄ってきて、私の頭を殴りました。いや、手で叩いたのではなく、魔法的な何かで私の頭の中に衝撃を加えたのです。
あっ、スッキリしました。
即座に自分の体内の魔力をチェックします。有りました。頭の奥の奥、非常に微細な場所に異質な赤黒い魔力が一粒って表現で良いのかは分かりませんが、入り込んでいました。
くそぅ、この私が見抜けなかったとは。意識操作を受けていたという訳か。
「メリナさん、無茶はダメよ、クチャクチャ。体を大事にしなきゃ。クチャクチャ、で、意識操作のご感想をお願い、クチャクチャ」
普通の思考の流れで「アデリーナ様は怖い」から連想し始めて、「アデリーナ様のお父さんも怖い」、それから「帰ろう」ってなりました。未だに意識操作だったのか不安があるくらいです。
あと、無茶はしていません。したのは巫女長で、私はむしろ被害者です。
「巫女長、ありがとうございました……。感想って言う程では無いのですが、魔力が体に入り込んだ時は頭がぼんやりしました」
身体の色んな穴から魔力が流入してきた時に、そう感じたのです。あの時にヤられていたのか。でも、頭の中への侵入はさせたつもりは無かったのになぁ。油断は大敵か。
「続けるわよ。あの黒いウネウネは何?」
「あっ、ルッカさん、あれ、吸魔って言うみたいですよ」
パウサニ……何とかさんが言っていました。
「ダイブマエニジョウホウキョクガカイハツシタ」
「何のために?」
「ブラナンフッカツノマリョクヲアツメル」
ルッカさんによると、ブラナンが復活すると王都の民は死ぬらしいです。ルッカさんは500年前には吸魔はいなかったから、ブラナン復活の対策に吸魔が人間の手によって作られたのではないかと推測していましたが、全く逆でした。
ただ、今の返答には重要な事が含まれています。情報局はブラナンの復活について知っており、ブラナンの為に動いているということです。
その後もルッカさんは質問を繰り返します。でも、元の王様が余り賢い人ではなかったのもあるのか、他に良質な情報を得ることは出来ませんでした。
「もう帰りましょうか、ルッカさん」
これは操られての言葉では有りません。……たぶん。
「クチャクチャ、そうよね、メリナさん。帰りましょうよ、クチャクチャ」
すみません、巫女長、私の近くで咀嚼音を立てるのは腹立たしいです。さりげなく口を全力で殴りますよ。
「ちょっと巫女さん。まだ解決していないのよ。魔法が残っているの?」
「いえ、私は常に正常です。ルッカさん、情報が不足しているのです。ブラナンが本当に復活するのか、復活したら何が起こるのか、その辺りがはっきりしないと対処できませんよ」
「そ、それはその通りだけど、巫女さんに言われると、フラストレーションを感じるわ」
ほら、さっきの王様だって、ブラナンが乗っ取っていたのかさえも不確かなんですよ。聖竜様が気にされているので、ブラナンが実在しないとは言いませんが、敵がどこにいるのかも分からない中で行動するなんて愚策も愚策、最悪です。
沈黙するルッカさんはほぼ私の考えに傾き始めました。あとはクリスラさんですね。
「良いですか、クリスラさんもよく考えてくださいよ。ブラナンが復活して王都が滅べば、相対的にデュランの地位が向上するかもしれませんよ」
そんな私の言葉に、クリスラさんでなくルッカさんが反応しやがりました。
「なんてアイデアよ。何万人が死ぬと思っているの?」
いや、お前、噛みついて下僕を作りまくりの魔族でしょ。そんな慈悲というか建前は要りません。
「……メリナさん……。深い考えがあってのお言葉なのでしょうが……。一晩よく考えさせて下さいませんか」
慎重な発言ですが、私には分かります。クリスラさんは言外に私に同意しました。弓を引いた王様、今はルッカさんの下僕ですが、彼とクリスラさんはウマが合っていなかったと感じます。デュランの統治権を返上云々とか脅されているのを以前に聞いた覚えも有ります。
当初は異なっていましたが、巫女長が生きていることが発覚してからは、クリスラさんが王様と会いたい目的は謝罪の為でした。都市間の関係性を悪くしたくないという思いから、ここに来たのです。
しかし、その王を排除した今、クリスラさん的には予想以上の成果を得たという状況でしょう。
聖女様はデュランの人々は守っている様ですが、恐らく信者ではない王都の方々を積極的に守るつもりはないと思われます。
つまり、先の口上は熟考する様に見せ掛けているだけ。真意は分かりませんが、「一晩考えさせてくれ」という事ですので、少なくともクリスラさんは王都に喫緊の用はないと判断されましたね。
ルッカさんも最終的には一時撤退で同意されました。
「分かったわ。オッケーよ。情報が欲しい。先ずはアデリーナさんに、彼女のファザーについて詳しく聞いてみるわ」
お前、そのファザーは止めろ。コミカル過ぎて不快感さえ有りますよ。
しかし、はい。後は宜しくお願いします。
私はデュランでパン作りを――あっ、いえ、違います。マイアさんの所に行かないといけませんね。
慌てて私は吐き捨ててしまった竜の妙薬を拾いに行きました。埃が付いているかもしれませんので、ふうふうします。
「巫女さん、拾い食い? それに、自分の物とはいえ、一度口から出した物を食べるのは気持ち悪くない? ほんとクレイジーよ」
「いや、私も嫌ですよ。唾で凄いことになってますし。私はマイアさんにこれが何か見て貰うんです」
今の言葉にクリスラさんが食い付きます。私にズイッと近付いて仰られます。
「メリナさん。私も是非ご一緒したいです。マイア様の祝福を私めにも」
ふむふむ、良いですよ。クリスラさんにはいつもお世話になっておりますし。
「巫女長は?」
「あらあら、私? クチャクチャ、そうね、クチャクチャ、別の宝物庫を見てみたいわね」
ご覧になられるだけではないと思います。さっきの指輪みたいな事をされるんだと強く思います。
「ねぇ、クチャクチャ、良いアイデアだと思わない? そうよね。じゃあ、こっちは要らない、クチャクチャ。もっと良いものを貰わないと、クチャクチャ」
盗りたての指輪が絨毯の上に転がりました。大きくて立派な赤い宝石の付いたそれは、こんな感じに粗末にして良いものとは思えません。
巫女長の行動は計り知れないのです。
指輪を抜き取って、すぐに要らないと捨てる。一体、何の意味があったのですか……。巫女長の手癖が悪いことが発覚したくらいしか効果がありませんよ。
そもそも、仰ったその良い物を盗ったとしても、この指輪も貰ったままで良いではないですか。一応、何らかの基準の倫理観は有るという事なのでしょうか。
私達が呆然とする中、巫女長は扉から出ていかれました。




