一つに集めて、ホイッとな
王から出た赤黒い魔力は部屋中に立ち込め、くちゃくちゃ、視界を遮ります。もちろん、実際の視覚でなくて魔力的な感覚ですので、くちゃくちゃ、魔力感知の能力を使わなければ普通に部屋の様子は伺えます。
クリスラさんとルッカさん、くちゃくちゃ、それから、巫女長がこちらを見ています。くちゃくちゃ、巫女長、その目は何なのですか? 心から残念そうなお顔をされています。くちゃくちゃ。そんなに意識操作されたかったのでしょうか。
全く理解できません。くちゃくちゃ。
さてさて、どうしますかね。
魔力感知を再開すると、私の鼻や口、耳と言った穴から魔力が入り込んで来るのが分かります。くちゃくちゃ、あと、下半身の前後の穴からも。
とっても不愉快で、くちゃくちゃ、私は真面目に対処するために大切な竜の妙薬をペッと吐き出します。
薄汚い魔力で私を汚した事と、あの美味しい竜の妙薬を捨てざるを得なかった怒りをぶつけてやります。
しかし、王の魔法が発動。赤黒い魔力が激しく動き出します。
頭が若干ボヤっとすると共に、聞いたことの無い声が響きました。
『殺せ、殺せ、憎き奴らを殺せ』
…………。
『目の前で動く全てが敵、全力で潰せ』
…………。
…………言葉がショボい……。くちゃくちゃを続けていても良かったかもしれません。
何ですか、これ。
こんなの、ちょっとヤル気になった私がいつも思っている事ですよ。せめて、もっと気の効いた台詞回しとか出来ないのでしょうか。聞いていて、とても恥ずかしくて気まずいです。
クリスラさん、聖女様はこんなものに引っ掛かったのですか?
『さぁ、殺れ。凄惨に、悲鳴も上げさせずに、殲滅しろ』
…………えー、じゃあ、誰から殺そうかな。
殺したら、この声が消えたらいいんだけど。
『さあ、力を与えよう』
確かに力が少しだけ沸きましたが、誤差範囲です。ガランガドーさんの手助けの方が明らかに上でした。
「み、巫女さん!? 大丈夫!? いつも通り、クレイジーよね!?」
あ? お前から殺るぞ、ルッカ。
「メリナさん! 正気を保って下さい!! あなたにはいつも、聖竜スードワット様と神獣リンシャル様がお傍に控えられている事を忘れないで下さい」
クリスラさんは最後で良いかな。いつも、お優しいですし。でも、リンシャルは不要です。巣に帰りなさい。
「メリナさん! クチャクチャ、どんな感じ、ねぇ、どんな感じなの? お願い、クチャクチャ、教えて頂戴。あぁ、私が体験したかったのに。クチャクチャ、もうクリスラさんの意地悪ぅ」
巫女長は相変わらずと言うか、こんな人だったのですね。いつかエルバ部長が言っていましたが、ヤバイ人です。私なんか足下にも及びません。
私を竜の巫女に推薦してくれた恩人でなければ、意識操作とか関係なく、ルッカさんより優先的に、普通に巫女長を選んで殺しに行っていたと思いますよ。チームワークを乱す奴は大きな敗因になり得ますから。
とりあえず、私は返事することにします。
「ぐひゃ、へ、へ! へぃきん、だぇな、す」
あれ? 喋れないか。もう一度。
「しゃら、あきゃぎやるまろっぷ、かひやななひゃいひてふぐぅ、へぇくすでぅさ」
ダメですね。麻痺しているのか。
私は体内を侵食していく赤黒い魔力の動きを止めます。何だかんだ言って、所詮は魔力に違いは有りませんから、私はいつも通りに操作するだけです。一つに集めて、ホイっとな。
序でに、周りに漂うのも気持ち悪いので、体に取り込んで集めておきましょう。
「大丈夫です。私、操られていません」
ほら、ちゃんと喋れました。
「クリスラさん、本当なの? 巫女さんは本当にコントロールされてない?」
「聖女ロルカ様、私では判断出来ないと申し上げます。……メリナさんは、しかし、あのメリナさんですよ?」
「……あはは、確かに巫女さんは巫女さんよね。クレイジーだもの。タブラナルの王が王たる由縁であった意識操作をいとも容易く、打ち破るのかぁ。可能性はなくはないね。本当にクレイジー」
もうクチャクチャ言っていないので、ルッカさんも竜の妙薬を口から出したようですね。彼女も戦闘体勢に入っているのでしょうか。
「さぁ、殺れ」
王の重い様で軽い言葉が放たれます。
ふむ、殺りましょう。可能なら殺りますよ。
私は全力で加速。転移魔法での移動は、もしかしたら魔力の変動から先読みされて迎撃されるかもしれないと判断しての行動です。
「巫女さん、やっぱり私なの!?」
まぁ、そういう事ですよね。
私はルッカさんをほぼ全力の腰の入った正拳突きで吹き飛ばします。王様の後ろの壁にまで転がって行きます。
「まあまあ、見ました、クリスラさん? クチャクチャ。さすがはルッカさんですよ。クチャクチャ、あんなに叩かれても首が飛びませんでしたもの」
「……フローレンスさん、気は確かですか? あのメリナさんが敵になったのですよ?」
「あらあら、クリスラさん。クチャクチャ。ご覧くださいな。メリナさんは全くいつも通りですから」
巫女長はたまに鋭い観察眼を繰り出します。年の功でしょう。
「はい。あの程度の魔力なら、私は大丈夫でした。操作されません」
「……なのに、聖女ロルカ様を殴ったのですか……」
ふふん、私は天才ですよ。完璧なのです。
ご覧ください。あのルッカさんの微塵も身動きしないお姿を!
最早、仮死状態。いえ、それを越えて本当に死んでいるんじゃないかという状態ですよ!
王様もまさかあそこから自力で回復するとは思わないでしょう。だから、幾ばくもなく、ルッカさんの奇襲が填まるはずです。
私は王様を見ます。
ん? 顔付きが変わった?
先程までは張り付いた様な表情に乏しい感じだったのですが、今は顔を真っ赤にして怒り心頭です。
「これは何の騒ぎだ!? クリスラ!! 説明しろっ!!」
あぁ、ブラナンから本人に意識が切り替わったんですか。私はそう思いました。
陣地を訪問した時と同様の怒鳴り声です。
どうしますか、クリスラさん?
殺るなら殺りますよ。
「陛下、我らは――」
「おい! クリスラっ!! 何故に、不届き者を排除しないっ!?」
クリスラさんの発言を遮って王様が叫びます。
「血に汚れた醜いゴミが目の前にいるぞっ!?」
ん? 私の事ですかね。
ゴミではないですが、血塗れでは有ります。でも、これ、自分の血が殆どだから汚くないですよ?
「……陛下……彼女は聖衣の巫女メリナです。一度お会いしていますが……」
良い出会いでは有りませんでしたが、そうですね。
「クリスラ!! 尚更だ! ここで仕留めろっ!! 貴様が挽回するチャンスではないか!! さあ、私への忠誠を見せるが良い!!」
「陛下……彼女はデュランの次代の聖女でもありまして……。大変に申し訳御座いませんが、その命を承る事は能いません」
「う、裏切ると言うのかっ!? この私を!!」
王様は絶叫に近い声で興奮が止まりません。こんな上司は絶対に嫌ですね。アシュリンさんの方がまだマシです。大丈夫ですか、この国。
しかし、王様は急に落ち着きました。ブラナンがまた出てくるのかな?
「くくく、無駄な努力だ。この俺に逆らうことは出来んのだからな」
顔を歪めてのやらしい笑みです。表情を出さなかったブラナンとは違うから、恐らくは王本人。隠し手が有ったということか。
王様が指に嵌めていた指輪を擦ると、あの赤黒い魔力がまたもや部屋に立ち込めます。
さっきと何か違うのか!?
私は罠の可能性も考慮しつつ、全ての魔力を吸収します。
「くくく。クリスラよ、まずは、今の術を受けた記憶を無くせ。それから、そこのババアを殺せ」
「あらあら、まあまあ、ババアだなんて、クチャクチャ。もう、そんな歳ですものね、クチャクチャ」
「陛下……我らには、最早、その術は効きません。神獣リンシャル様のご加護を賜っております為」
えー、今のは私のお蔭じゃないですか。全部、体に取り込んだの見えませんでしたか?
私はチラチラと赤黒い魔力を肌の表面に出し入れして、クリスラさんにアピールします。
しかし、見てくれませんでした。
王様の顔に焦りが見えました。また指輪を擦ろうとします。っていうか、擦りました。私は再度、体内に魔力を頂きました。
これもあって、ガランガドーさん3分の1くらいの魔力を補給できて、大変に満足です。
私達は王様をじっと見詰めます。
部屋の中にも外にも王様の味方はいません。王様が魔力感知が使用できるのかどうかは分かりませんが、雰囲気でそれを勘付いたのかもしれません。
「き、貴様ら、何をしているのか、分かっているのか!?」
強気では有るのですが、声が微妙に震えています。
そして、王様の視界の外で蠢き始める魔族がいました。ルッカさん、復活です。
「ひどいわね、巫女さん。本当にクレイジー」
ルッカさんは王座の横に転移し終えてから、そんな事を呟きました。
突然近くから聞こえた声に驚く王様。
「ひっ! ま、待て! 貴様らの要求は何だっ!? 領地か、領地なら、可能なだけ与える! いや、何でも聞こう! だから――」
有り難う御座います。好きなだけ頂きますね。私と聖竜様に相応しい土地を、後で要求します。
言葉の途中でしたが、ルッカさんの牙が王様の首筋に入るのが分かりました。
これで、王様はルッカさんの下僕ですので、ルッカさんの先輩である私の下僕であると言っても支障は無いかと思います。
なので、多少無茶な要求であっても、ノープロブレムで通ることになりました。下僕になる前に自らの意思を表明して頂けたので、罪悪感も軽くなりました。良かったです。
「……メリナさん、お疲れ様でした。これで良かったんだと思います」
そう言うクリスラさんの眼は、でも、少し憂えて見えました。
私も同感です。クリスラさんの心配事と同じではないかもしれませんが、まだ幻鳥ブラナンを倒したという証拠が無いからです。
それに、この程度で終わるのであれば、500年前にルッカさんが終わらせています。彼女は当時の王を噛んでいるのですから。
若しくは、得たいの知れないは言い過ぎですが、魔族ルッカの手にこの国が落ちた事をクリスラさんは気にされているのかもしれません。
「クチャクチャ、ねぇ、メリナさん、帰りましょうか。クチャクチャ。私ね、飽きました、クチャクチャ」
巫女長……。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけですが、私、失礼ながら巫女長に苛立ちを感じましたよ。
そのクチャクチャをお止めになってください。




