拘束が嫌いなのよ
部屋には王様の他に誰もいません。護衛や文官が一人もいないのは、くちゃくちゃ、ルッカさんの仕業なのか、それとも、人望が限りなく低いのか。
スッゴい違和感を持ちました、くちゃくちゃ。
部屋に入って十歩も進まない内に、クリスラさんが跪きました。王様の場所まで、まだまだなのにです。
クリスラさんは頭を下げました。すると、長い髪がスラーと肩に流れる様に広がります。
余りに所作が美しいと私は思いました、くちゃくちゃ。流石の聖女様ですよ、くちゃくちゃ。こんな女性に私はなりたかったのです、くちゃくちゃ。
口の中の竜の妙薬、本当に美味しいです。いつまでも噛んでいられます。
「あなた方も頭をお下げ頂けませんか。……私をお助け下さい」
思い返せば、前に王様とお会いした時も、ご本人に怒られましたね。くちゃくちゃ、失礼に当たるのでしょう。クリスラさんが助けて欲しいと言うのは、デュランと王都の仲を元に戻したいという願望の発露でしょうかね。くちゃくちゃ。
えぇ、宜しいですよ。クリスラさんの為に、私も凛々しく致します、くちゃくちゃ。
私はクリスラさんと同じ姿勢になりました。しかし、これ、何の意味があるのでしょう。いえ、私は何をしにこんな所にいるんだろう。くちゃくちゃ。
私に遅れて巫女長とルッカさんもフカフカ絨毯の床に片膝を付きます。
「クリスラよ、貴様の話では老耄の竜の巫女は死んだのではなかったか?」
太った王様です。くちゃくちゃ。この前と違って、いきなり怒ったりはしないのですね。いえ、くちゃくちゃ、口調以外にも雰囲気がズッシリとしていると言うか、荘厳ささえも感じました。くちゃくちゃ。
「陛下……まずは深く謝罪致します。シャールのフローレンス様はご無事で有りまして、私の早とちりをお許し頂きたく存じます」
「ふむ、許そうぞ」
そのやり取りで場が静かになります。響くのは、私達3人のくちゃくちゃ音だけです。
「クリスラよ、何のつもりだ? この音は非常に不快だ。そこの者共は俺を舐めておるのか?」
「……竜の巫女が住むシャールの地では、咀嚼音を高貴な方にお聞かせするのが、最も正しい礼儀作法で御座いまして……」
クリスラさん、取り繕う為に無茶を仰いました。くちゃくちゃ。あなたこそ、王様を舐めておられます。くちゃくちゃ。無礼ですよ。くちゃくちゃ。
「ふん、田舎者の考えは分からぬな」
くちゃくちゃ。もう帰りたいなぁ。くちゃくちゃ。巫女長もクリスラさんも無事でしたし、デュランでゆっくりしようかな。くちゃくちゃ。
「では、次だ――」
王様が言葉を続ける最中にルッカさんが私をチラリと見ます。くちゃくちゃ。
「今の王、あなたなら何か感じる?」
「前にお会いした感じとは違いますね。もっと怒りん坊な印象でしたよ」
「そう……。ならば、やはり、クチャクチャ、今はブラナンね……」
徐々に王様の体を乗っ取っていく精霊でしたっけ。大した強さには思えないなぁ。
「ねぇ、クチャクチャ、そんな事よりも私は知らなかったわ。シャールでは、クチャクチャ音を出すのが礼儀だっただなんて」
……巫女長、それはクリスラさんの出任せですよ。くちゃくちゃ。誰が聞いても耳障りとしか思い様が御座いません。
「陛下、我ら、デュランとシャールはこれからも忠誠を誓い、王国を支えて参ります」
「当然である。逆にそういった反意があるからの言葉ではなかろうか」
これにはクリスラさんも口を閉じざるを得ませんでした。くちゃくちゃ。巫女長の暗殺疑惑の際には反旗を翻す前提で動いてらっしゃったと思うんですよね。くちゃくちゃ、そこからの軌道修正は中々に大変そうです。
「しかし、俺は慈悲深い。全てを赦そう」
その言葉の裏で、くちゃくちゃ、王様によって魔力が練られていくのが分かります。
「そろそろ来るわよ。クチャクチャ、クリスラさん、宜しく」
あぁ、王様の魔法である、くちゃくちゃ、意識操作ですね。
「……私に近寄って下さい。あと、口の中の物を吐き捨てて下さい」
クリスラさんも短く、冷たく答えます。くちゃくちゃ、そして、すぐに驚きの発言をされたのです。
「あっ、3人までなのに……4人いますね……」
……途中で巫女長が増えましたからね。くちゃくちゃ、リンシャルからは『3人とも魔法から防げる』とお聞きと仰ってましたが、くちゃくちゃ、まさかの定員3名でしたか。
「……どうするのよ? クチャクチャ」
「ルッカさんを殴り飛ばします。くちゃくちゃ、それで3人です」
「即行で私を切り捨てるの、止めてよ。クレイジー」
死なないから、くちゃくちゃ、あなたを選んだだけですよ。
「まあまあ、クリスラさん、クチャクチャ、老い先短い身ですから、私で結構ですよ、クチャクチャ」
ゆっくりと立った巫女長が歩いて離れようとします。しかし、座ったままのクリスラさんが巫女長の巫女服の裾を掴み、くちゃくちゃ、動きを止めさせました。
「フローレンスさんは必須です。我らがデュランとシャールは一蓮托生。それに様々な武威を伝え聞くフローレンスさんが操られて、敵方に回るのは避けたいのです。どうか、お留まり下さい」
シャールはデュランを貶めようとしていたと思いますよ、くちゃくちゃ。
いえ、『一蓮托生』という言葉の裏には、いざとなれば道連れにというクリスラさんの意地が隠れているのかもしれません。
「その考えだと、クチャクチャ、真っ先に巫女さんを選ばないといけないじゃない。間違いなく攻撃力は国内随一よ。クレイジーよ、クチャクチャ」
「そうですね。そして、対精霊戦の切り札である聖女ロルカ様も」
「……じゃあ、クチャクチャ、あなたが犠牲に?」
「はい。その後は如何様にもして頂いて構いません。聖女ロルカ様。我ら、デュランは平和を愛しております。魔物の脅威も有る中で、人同士が争う迂愚は宜しく御座いません」
「聞いておるのか、貴様ら? 愚かなる民共よ」
全く聞いておりませんでしたよ、くちゃくちゃ。私は勿論ですが、この中で最もマシな聖女クリスラさんさえ、くちゃくちゃ、王の有り難いはずのお言葉を無視してルッカさんと小声で話をしていました。
「もう一度問おう。何故に、魔族がここにいる?」
王は冷たく、はっきりした口調で問い質します。そして、それは当然の質問でした。
ルッカさんと長く付き合い過ぎて感覚を忘れていましたが、魔族は人間の敵。その豊富な魔力を基にして、思うがままに窃盗、騒乱、暴力沙汰を引き起こすのです。
そんな輩を王城に入れてはなりませんね。
そこまで考えて、くちゃくちゃ、色々と今挙げた悪さに当てはまる巫女長は魔族よりも質が悪いかも……。私はそんな危惧を頭を振って取り除きます。くちゃくちゃ。
「こちらは聖女ロルカ様であり、王国の仇敵と呼ばれたロヴルッカヤーナです。以前、畏れ多くも私は陛下に進言致しました。始祖ブラナンの祭壇にロヴルッカヤーナが敵であるかどうかを伺うことを。どうだったでしょうか?」
もう止まりませんよね。魔法発動はもうすぐですよ。クリスラさんも、くちゃくちゃ、ご自身の言葉がただの時間稼ぎにしかならないと分かっていらっしゃると思います。
くちゃくちゃ。早くこの茶番を止めて欲しいなぁ。くちゃくちゃ。
どちらが先手を取るのかしら。くちゃくちゃ。
先に動いたのは王様でした。くちゃくちゃ。
赤黒い魔力が王座を中心に溢れ、私達に襲い掛かって来ました。大量の魔力でして、くちゃくちゃ、部屋の隅々を覆う感じで迫って来ていまして、くちゃくちゃ、逃げることは能わないと直ぐに判断できました。
私はクリスラさんに近付きます。くちゃくちゃ。リンシャルに助けられるのは癪ですが意識操作されるよりは遥かに良いですからね。
さあ、私とクリスラさん以外の2人の内、誰が魔法の餌食になるのでしょうか。くちゃくちゃ。やっぱり、ルッカさんの方が殴り易いなぁ。
クリスラさんは立ち上り、くちゃくちゃ、より巫女長に密着します。
「逃げないで下さい、フローレンスさん」
「もぉ。私は拘束が嫌いなのよ、クチャクチャ」
えぇ、そうでしょうが……あっ! 巫女長が走って逃げた! しかも、王様の方、広がる魔力に向かってです。
「うふふ、意識が操作されるって、初めてだから楽しみだわ」
な、何を仰ってるんですか? くちゃくちゃ、巫女長の余裕が凄いです、くちゃくちゃ。
「もう! 子供ですか!? バカを言わないで下さいっ!」
クリスラさんが追います。ルッカさんもです。くちゃくちゃ。
3人とも赤黒い魔力に包まれましたが、くちゃくちゃ、半透明の魔法障壁みたいな物で守られていました。無事です。
……ん? 守られていました? くちゃくちゃ。
……私が取り残されましたか?
……くちゃくちゃ。
事態に気付いた時には、赤黒い魔力が私内に入ってくる段階でした。くちゃくちゃ。




