くちゃくちゃ
「ちっちゃいですね、これ」
私は巫女長に魔法の収納場所から出してもらった竜の妙薬、雄竜の大事な部分をシゲシゲと手で回し見ながら歩いています。
それは薄茶色の傘の開いていない茸みたいで、一口で食べられそうな大きさです。あと軽くてカサカサです。
「野犬の方が大きいくらいですよ」
「私もそう思います、メリナさん。私達、よく気が合いますね。小さい竜さんの物だったのでしょうか」
巫女長も同じものを手にしながら、私に同意します。
「どうなんですか、ルッカさん?」
凄く長生きなので、そういった知識も豊富でしょう。私はそれを期待したました。
「知らないわよ。人間と同じなら、興奮したら膨れ上がるんじゃないの?」
えー、普通でつまらないし、恥じらいも感じない回答でした。敢えてはっきり言うと、クズによるクズ回答です。
「大体よ、今から大切な話を国王として、場合によっては激しい戦闘が始まるかもって時なのに、何て話題なのよ。ほんとアンビリバボーよ」
いえ、私としてはですよ、王都の人達が何人死のうと幻鳥ブラナンが復活しようと余り関係ないんですよね。
何なら「お腹が空きました」ってシャールに帰っても良いくらいですよ。肉包みパンを作りたいですし。
「メリナさん、私、凄いことに気付きました」
巫女長が唐突に言います。
「何でしょうか? その素晴らしい気付きを私に教えて頂けませんか?」
気になります。これ以上の凄いお宝を持っておられるのでしょうか。
「これ、干物よ、きっと。水で戻せば大きくなるかもしれませんね」
……なるほど。
それは良いことに気付かれましたね、巫女長。流石は全ての竜の巫女の頂点に立たれる方です。
私は足で地面に穴を作り、水魔法でそこを満たす。石畳でしたが、思っきりフンヌッと踏み込めば陥没しました。
「巫女長、ここに入れましょう」
「行動が早くて助かるわ、メリナさん。私の跡を継がない? あなたなら絶対に上手く出来るわよ」
アデリーナ様やエルバ部長をも顎で使える立場ですか……。とっても興味深いです。毎日、私の足や肩を揉む仕事を与えてやりましょうか。アシュリンさんはバカなので、石を粉砕する仕事ですね。適材適所です。
私はボイッと手にした妙薬を水の中に落としました。ポチャンと波紋が出来ます。
それから、巫女長と二人でそれをじっと覗き込んでいました。
「ドキドキするわね、メリナさん」
「はい。手に汗握ります」
ずっと一点を見詰めて動かない私達に近付く足跡に気付きます。
「何をされているのですか? 早く行って事態を収める必要が有るのです。急いでください」
クリスラさんです。先に行かれたはずなのに戻って来られたのですね。
「でも、これを大きくしないといけないのよ」
巫女長の言葉を聞いて、水に浮いて横たわる茸様を一瞥する聖女様。
「お二人の会話は聞こえていました。その様な行為は、今はお止めください。後で幾らでも時間は有りますから」
「もう、本当に固いわねぇ。どうする、メリナさん? ねぇ、もうどうしたら良いのか分からないわ、私」
巫女長の変な戸惑いに、クリスラさんが静かに詰めます。
「教えてください、フローレンスさん。これはシャール伯爵ロクサーナ様からの言い付けで御座いますか? ……王都とデュランの仲を裂けと?」
あっ! 私もそれでクリスラさんの焦りの原因が分かりました。
クリスラさんは王に逆らってでも巫女長が倒れた件を調査して欲しいと進言したのです。結果、意識操作の魔法を掛けられ、現状からすると王都はデュランに喧嘩を売った形になっています。
今はクリスラさんの所で留まっていますが、聖女様に悪意のある魔法を使ったとデュランの民が知ったら、あの狂信者達は王と王都を許さないでしょう。
なのに、巫女長が倒れた原因は巫女長自身の意図的な理由で、クリスラさんが立場的に不味い状況なんですね。
王都とデュランという都市が戦争になれば、それに参加しないシャールは何もせずに相対的な戦力が上昇しそうです。そんな未来が見えるからこそ、今回の件がシャール側が仕組んだ物だとすると、クリスラさんは苛立ちますね。しかも、それが確定でないから下手なことを巫女長に言えないし。
ガインさんもそれを分かってパットさんと行動していたとしたら、シャールもなかなか悪どい遣り方ですよ。
何にしろ、クリスラさんは早く王に会って、戦争を回避したいのですね!
「ねぇ、メリナさん。シャールに帰って、この妙薬を切って見ましょう。断面がどうなっているのか、確かめたいわよね」
無意識にか、巫女長はクリスラさんを挑発されます。
「……聖女ロルカ様、この二人をどうすれば良いでしょうか?」
困ったクリスラさんはルッカさんに助けを求めました。賢明です。
ここで巫女長と険悪な雰囲気になって、結果、シャールとの仲まで悪くすると目も当てられません。
「仕方ないわね。ほら、二人とも行くわよ。それ、大した魔力が入ってないじゃない。本当に竜の妙薬なの?」
くっ! 確かに! 平凡な魔力しか感じられません。
私だけでなく、巫女長、聖女とかなりの上流階級と思われる人達も、竜の妙薬という単語に騙されていましたか。
「まあまあ、ルッカさん、それは短絡的よね。秘められた力があるかもしれないわ。この妙薬は竜になれるって伝えられているらしいのよ。メリナさん、食べてみませんか?」
巫女長から更に魅力的な提案が来ました。まさかの竜化がこんな所で叶うとは思いもしませんでしたよ。
「頂きます!」
「クリスラさんはどう? 貴重品よ」
「結構です。竜のそこの部位ならデュランで珍味として出されます。その上、私はそもそも、その珍味が苦手ですし」
!? そうなのっ!?
くそ! メイドさんにリクエストすれば良かったのか!?
「まぁ、これは古竜の物よ。普通のとは全然違う生き物なのよ。ねぇ、メリナさん」
そ、そうですよね。
デュランの人達が皆、竜になってしまいますものね。
これは確かに王都のお宝です。
「いえ、私も竜と古竜の違いは知りません。しかし、私はこれを一刻も早く食べる必要があります」
水の中から拾って、私は口へと運びます。同時に巫女長もご自分の手にしていた物を食されます。
そして、私達は噛み噛みしながら王の下へと急ぐのです。主に急いでいるのはクリスラさんです。
「メリナさん、これ、固いわね」
「はい、噛みきゅれないです。くちゃくちゃ」
鉄をも噛みきった私の本気を見せる時は今でしょうか。
「アンビリバボーよ、二人とも。王都のお宝を無駄に消費して……。私、言ったじゃない。それからは特別な魔力は感じないって。フェイクよ、それ」
夢がないなぁ、ルッカさんは。そんな事は百も承知です。その上で万が一の可能性を楽しんでいるんじゃないですか。
「でも、くちゃくちゃ、これ、くちゃくちゃ、おいしいです」
くちゃくちゃしながら、私はルッカさんに教えてあげます。噛みきれないんですが、中から出汁みたいなのが出てきて味わい深いんです。
「そうよね、メリナさん。クチャ、これ、絶品よ。飲み込めないけど、クチャクチャ、これ、良いスープになると思うわよ、クチャ」
二人してクチャクチャしながら進んでいきます。いつまでもクチャクチャです。
「あー、もう緊張感ないわね! さっきから唾の音を鳴り響かせて、クレイジーよ!」
ルッカさんがいきなり振り向いて怒り出しました。くちゃくちゃ。付いてきて貰っているだけ有り難いとか思わないんでしょうか。
「後世に聖戦と呼ばれるかもしれない戦闘が今から控えているのに、何なのよ! 竜の巫女の二人は古竜のアソコを食べ続けてましたって書かれたいの!?」
「いや、くちゃくちゃ、でもぉ、くちゃくちゃ、美味しいん、くちゃくちゃ、ですよ、これ」
「そうよ、クチャクチャ、ルッカさん。メリナさんの言う通りなのよ。クチャクチャ、ほら、どうぞ」
巫女長は尚も口を開いて怒鳴ろうとしたルッカさんに竜の妙薬を放り込みました。
何回か咀嚼するルッカさん。くちゃくちゃ。
「……あら、ホントね。確かに癖になる味……。大昔に食べた干物の味だけど、何だったかな……」
クチャクチャ仲間が増えました。
私達はクリスラさんの後ろを歩き続けます。
「クリシュラさんも、くちゃくちゃ、いかぎゃですか? くちゃくちゃ」
「結構です」
まぁ、こんなに美味しいのに。お高く止まっているだけだと、人生を損しますよ。くちゃくちゃ。たまには遊んでみないと。
「クチャクチャ、デリシャスよ、クリスラさん、クチャクチャ。食べてみない? クチャクチャ」
「聖女ロルカ様まで……。しかし、私は結構です。ところで、ロヴルッカヤーナをリンシャル様は恐れていると代々の聖女は伝えておりました。それは何故でしょうか?」
クリスラさん、食べたくない余りに話題を大きく変えて来ました。
「クチャクチャ……あら、急にどうしたの? クチャクチャ」
「リンシャル様は聖女ロルカ様の代で性格が急変していると代々の聖女の日記から推測されます」
その答えを私は知っています。くちゃくちゃ。ルッカさんが自分の精霊であったリンシャルを実体化したのです。だから、ルッカさんの前の代までは空想のリンシャルで、くちゃくちゃ、ルッカさん以後は本物のリンシャルなのです。居酒屋で聞きましたから。
つまり、くちゃくちゃ、空想は理想でしかなかったというのが実態です、くちゃくちゃ。
あっ、でも、それはリンシャルの性格の件であって、リンシャルがルッカさんを恐れていた理由にはならないか、くちゃくちゃ。
「……精霊を下僕化出来るかを試したのよ、昔。私もヤングだったから。クチャクチャ。若気の至りね」
おほっ! 『ヤングだったから』って、かなり古くさい人間に聞こえますね。スゲーです、くちゃくちゃ。
「……リンシャル様を下僕化ですか?」
「ソーリーね、あなた方を貶めるつもりはないの、クチャクチャ。ただ単に試しただけよ。私が操れるのは人間だけみたい、クチャクチャ」
止めなさい。それでは、同じく吸われた私が人間でないみたいに聞こえます、くちゃくちゃ。
「いえ、有り難う御座います、聖女ロルカ様。私の推測、いえ、500年前の聖女様の推察が当たっておりました……」
「あぁ、私の次のね。クチャクチャ。誰だったかな、えーと――」
「聖女エオドラ様です」
「そうそう。そんな名前だったわ。ノスタルジックね。あの娘は私が吸血鬼だって知っていたもんなぁ。クチャクチャ。もう死んでるわよね、彼女。クチャクチャ」
くちゃくちゃ、500年前なら、もう完全に土と同化してますね、くちゃくちゃ。
あっ! 私、気付きましたよ。くちゃくちゃ。
聖女の日記の中にあった『吸血鬼ロゥルカヴァリューナは神獣リンシャル様の魔力を吸うと共に、本人の汚れた魔力をリンシャル様に混ぜた』、くちゃくちゃ、この記述の件です。
「くちゃくちゃ、ルッカさん、下僕化する時に相手の魔力と自分の魔力を一部入れ替えているでしょ?」
「あっ、巫女さん、クチャクチャ、今になって気付いた? 秘密よ」
私を吸った時にはルッカさんの魔力はカラカラで、くちゃくちゃ、私に移すだけの量が無かったのですね。だから、私はルッカさんの下僕にならなかった。
ん? 監獄で私の血を吸ったルッカさんは、すぐに甘ったるくて、厭らしい雰囲気の魔力を放出していました。私からはあんな魔力の質は出ません。
「しかも、くちゃくちゃ、ルッカさん、吸った魔力を変質する事が出来るでしょ? くちゃくちゃ」
「……今日の巫女さん、ほんとにシャープね。それが竜の妙薬の効果なのかしら、クチャクチャ」
それ以上はクチャクチャ口を動かすだけのルッカさん。最も重要な事は喋らないと言うことですね。
魔力の質を変えられると言うことは、くちゃくちゃ、姿を持つ精霊の魔力を永遠に消し去る事が出来る事を意味する気が、くちゃくちゃ、します。ガランガドーさんの出し入れは魔力の集中と放散で行っていますが、くちゃくちゃ、魔力量が減っている訳では御座いません。
リンシャルが恐れたというのなら、その点でしょうね、くちゃくちゃ。
「巫女長、くちゃくちゃ、私、賢くなりました。竜の妙薬、凄いです」
「まあまあ、メリナさん。それは勘違いですよ」
……そうですか……。巫女長、ばっさりですね。くちゃくちゃ。
歩き続けて、遂にクリスラさんが止まります。目的地に着いたのです。
私達は豪華な扉を開いて、中へ入りました。先頭は変わらずクリスラさんです。この4人は皆、戦闘が得意ですので、誰が先陣を切っても大丈夫ですし、先手を取られても何とかなります。頼もしい限りです。
王座が細長い部屋の奥にあり、王様が肘掛けに両手を置いて座っていました。
私達は口をクチャクチャしながら、対峙する形になります。くちゃくちゃ。




