戦意衰えず
流血注意です
私は進み出るものの、相手とは距離を取ります。相手の動きがアシュリンさん並みに速いことを知りましたし、無詠唱で炎を飛ばしてくるからです。十数歩の距離ですが、それだけでも私の選択肢は増えます。
気持ちは逸りますが、それでも勝たなくては意味が無いことを理解しております。
「魔族には容赦しないが、お前は人間か?」
銀髪の男パウサニアスは私に問います。
「そうだと思っていたんですが、精霊という説も出ております」
私はちゃんと真摯に答えます。
「ふざけるのは止しておけ。信じるとでも思っているのか。……名前は?」
「ノノン村のメリナです」
訊かれていないことまで言いますよ。
だからナウルさんの事を教えてくれても良いのですよ。
「そうか。俺はパウス・パウサニアス・ポーリオだ。大獅子の団の中部隊長をしている」
うんうん、さぁ、次はナウルについて語るのですよ。
「王都最強の男だ」
うざっ。それは尋ねてないです。
パウサニアスは私に炎を出して来ました。それを氷の壁で相殺。まずはお互いに小手調べですね。
「フッ!」
短く吐かれた息の音で、もう目の前に来ていた事を知る。
振られた拳を頬に掠めながら避けたけど、これ、良くない――髪を引っ張られ、体が傾く。
私は倒れながらも指先を尖らせて相手の腹を抉りに行きます。手刀で喉や目を襲いたいのですが、身長差から不利だったのです。
パウサニアスは手を離して逃げました。勘が鋭い。
「遅いな」
ふん。速さでは勝てないのは私も予想していました。それに、たった今、実感しました。だから、説明しなくても良いですよ。
パウサニアスはまたもや拳を振るう。遠いのに。
炎が来る! 魔力の動きから、私は察しました。
だから、後ろには下がらず前へ。
私はパウサニアスの拳に自分の拳をぶつけます。炎が出る前に潰したのです。
痛っ!!
自分の指が折れた音がしまして、すぐに魔法で修復する。堅いな……。打ち負けたのは、いつ以来だろう。
「無詠唱での回復魔法か……。厄介だな」
パウサニアスの目付きが変わる。
「今日はナウルの誕生日だったらしい。早く終わらせたい。悪く思うなよっ!」
男は一気に殺気を身に纏い私に襲い掛かります。
抜刀!!
抜き身が真っ直ぐ私の胸を目指しています。
私は黒い魔力を肌に出します。そして硬化させて剣に備える。その上で氷の槍を横向きに発射してカウンターを――ぐっ!
このタイミングで私の右腕が疼きました。あの黒いウネウネは暴れん坊です。
男は何故か後ろに跳びました。それから、正面に剣を構え、私に言います。
「爆発的に魔力が増えたか。その魔力の色、やはり魔族だな」
私は黒いウネウネに餌の魔力を上げながら、答えます。
「そんなお下劣な存在では御座いません。ところで、ナウルという者に興味が有ります。誰ですか?」
「ほう……。このタイミングで、その話とは脅しと受けとるぞ。俺のナウルに手を出すつもりか?」
「まさか。私が手を出したいのは聖竜様だけです」
受け答えの流れでの発言とはいえ、言い終えた私は赤面しました。はしたなかったです。
パウサニアスは一瞬で間合いを詰め、気付けば、もう私に剣を降り下ろす最中でした。完全に避けるには体が追い付かないか……。
せめてとばかりに、私は右腕をガードに出す。気合いを入れ過ぎて、思わず、体内に溜めた魔力を放出して、周囲に漂わせてしまいます。勿体無かったですね。
高い金属音が立ち、掲げた腕で私は剣を受けきったと勘違いしました。
しかし、私の右腕は落ちています。不十分とはいえ、反撃の為に体を動かしていて良かったです。正面で受けていれば、頭さえ切断されていたかもしれません。
肘のチョイ先から吹き出し、土に吸われる私の血。
「ほう、いい動きだった。しかし、これまでだ。うむ、赤い血に骨の断面。確かに魔族では無く、人間の物だな」
痛いです。喋っている隙に回復魔法を――。
うんん!? 回復しない!!
「魔剣だ。それも特上のな。魔法ではダメだ。救急措置を取らなければ失血死するぞ」
マジで!?
死ぬのは嫌です!!
私は造血魔法で対応します。それに伴い、出血量も増えますが、今はこれで凌ぎましょう!
「中途半端な実力では命を落とす。腕が無くなったが、それを幸運だと思え。お前は明日から戦場に立たなくて良い」
したり顔で何をほざいているのか。この程度で勝ったと思うのは甘いですよ。
私は半身になって無事な左腕を前にして構えます。加えて、拳は無くなっている上に慣れ親しんだ構えとは逆ですが、右腕を後方に置いて、いつもの戦闘態勢です。
我慢していても痛いです。あと、腕からの流血が酷いです。
「止血くらいしろ。死ぬぞ?」
「大丈夫です」
強がりでもありますが、実際に造血魔法で対応できる量です。村にいた頃にも敵を油断させたり、誘ったりするために実行した経験が有ります。
「狂犬、言い得て妙だ。アシュリンの弟子というのも信じてやろう。その構えは王都の近衛兵のものだな。足捌きは為っていないが」
戦闘中によく喋るヤツです。
しかし、ここで私は気付きます。
パウサニアスは私が造血魔法を使用している事を分かっていない。と言うことは、こいつは私の内部の魔法の動きを読みきれていないのではと。
「それだけの出血をして、戦意が衰えず、あまつさえ、顔色も変わらないか」
ヤツがぶつぶつ言っている間も、私は思考を続けます。
剣術と体術は優れた物を持ったパウサニアスですが、魔術は今一なのかもしれません。私の勝機はその一点にあるのだと思います。
しかし、勝てるのか。数合の打撃戦で私よりも力量が上だと確信しました。
うふふ。
じゃあ、人間を相手にしていると思わないで行きましょう。
「ここで笑えるのか、化け物め……」
私は黙って体をスイッチして右腕を前に出します。やはり、この体の向きじゃないと落ち着かないです。
ボタボタと血が地面を叩きます。
「体から魔力を出していたな。その血は幻術だろ? 俺も焼きが回ったか」
男は再び詰めてきました。今度はフェイントまで入って生意気です。私は左から右へと移動した男に合わせて氷の槍。
しかし、当たらず。いえ、二回目のフェイントに引っ掛かったのです。
私の左側に再び戻って来ていた男は剣を下から私の横腹を狙って刺してきます。そこから、肺、若しくは心臓を突くつもりですね。
敢えて腕の残っている左から切り込むとは自分を過信しています。
私はそれを躱して――いませんでした。
深く刺さる剣。無表情なパウサニアスに対し、声を上げずに嗤う私。
暫しの沈黙の後、パウサニアスが叫びます。
「貴様っ!! 俺の剣は竜の首さえ切断できるのだぞ!!」
私も出来ますよ。何千回も経験しました。
響くから大声を出さないで。
剣を抜こうと力を込めるも叶わない。私は嫌がらせに吹き出す血を奴の顔に浴びせます。反り血が私にも飛びますが、許容しましょう。
ここ最近魔力の扱いが上達しておりまして、私は体内で魔力をギュッと圧縮して保管しています。とても密度が高いのです。
それをパウサニアスが狙う場所へと移動させて剣を受け止めました。横隔膜を強靱にするイメージです。肌の表面なんかの魔力量とは比較できないものですよ。
そして、更に剣を包む様に魔力で固定しました。
「うふふ、で、ナウルさんって誰ですか?」
私はパウサニアスの手首を左腕で握りました。逃がさないために。
「死んだら教えてやるよっ!」
私は蹴られます。また殴られます。でも、グッと耐えます。王都最強といえど、その程度です。アシュリンさんの渾身の一撃の方が迫力が有りましたよ。焦りによる力みから、却って、技に力が通っていないのです。私の魔法による傷の修復に追い付いていません。
「何者だっ!?」
「巫女見習いであり、天才パン職人です」
「ふざけるなっ!」
掴んだ腕だけは死守します。これが私の勝機なのですから。
パウサニアスの肌を調べる。確かに魔力が多くて緻密で堅い。
しかし、私には関係の無い事です。魔力操作で隙間を作り、掴む指を立てて刺突。肌に穴を作製します。
彼は尚も抵抗してきて私の首を片手で締め上げます。しかし、造血魔法で新しい血を巡らせる私には関係御座いません。息苦しくはならないし、意識も飛びません。
首の骨を折られるのも魔力の補強で何とか対処出来ています。
さあ、私は黒いウネウネを右腕から左腕に移しましょう。ウネウネが好む魔力を線にして体内を走る誘導路にしてやるだけでして、簡単です。
そして溢れる血と一緒に流し出して、パウサニアスへ先程作った傷から入れる。
するとどうでしょう。
ガクッとヤツの魔力が落ちました。黒いウネウネは移動を続けて、彼の心臓に到達します。
「ぐっ! この俺が油断したというのか!?」
そうかもしれません。初っ端に私が考え無しに突っ込んでいたら、反応できない程の高速の一撃を喰らっていたかもしれません。
アシュリンさんとの戦いを観察できたことが大きかったです。私は身の程を知る女です。
さて、まだですよ。
アシュリンさんが殴られた分はお返ししないと。誰かが悲しむかもしれませんから、お腹ですよね。
あと、そうそう血を止めないと。
私は腕の切断面にへばり付いていた剣の魔力を取り込みます。これが邪魔して、回復魔法を阻害していたのですよね。
あとは気が済むだけ殴り付けて、私は勝者となったのです。




