黒いウネウネ
氷の壁で凌げる程度の威力の魔法とは言え、絶え間なく撃たれては群衆たちは大混乱でした。
彼らにとっては、私とアシュリンの戦闘は離れて開始され、そこから最後尾で行われた為、余り身の危険を感じなかったのでしょう。
あの壁を壊した衝撃波は別ですが。
人々は衝撃波で歩みを止め、それに続く、後方からの氷に響く轟音でパニック状態です。前後を挟まれたと勘違いされたのでしょう。
右往左往する内に、誰かが壁の一部が崩壊していることに気付いて、そこから大勢の人間が王都の外へと逃げました。
私、子供やご老人が混乱の中で怪我をされないか屋根から見張っていましたよ。あと、軍隊が他の道から襲って来ないよねとか。
大部分の人が王都の外へと出たにも関わらず、壁際で留まる人達が居ました。デニスに何故かを訊くと、王都の風土病である心臓の病で、その患者さんが王都の外へ出ると急激に衰弱するそうです。王都の中にいても、徐々に弱っていく病でも有るのですが、死ぬほどではないそうです。
デニスの母がその病人の一人でした。馬車に乗せられているのは、そう言った事情もあったのですね。
私は彼女の体内の魔力を見ます。
あっ、ハンナさんの甥っ子であるペーター君と同じですね。胸の所に黒い魔力が張り付いています。今はとても元気ですが、以前は彼も体が弱かったらしいです。
私は指を突き刺して、グリグリっと病の原因だと思われる魔力を引き抜きます。もちろん、指で体に穴を開けましたので、回復魔法も最後に掛けますよ。そんな人が10人弱ほど居まして、私は全員に治療を施します。私、皆を治癒する本の中の聖女様みたいです。
この黒い魔力、何だろう?
魔力の癖に生きている様にクネクネしています。体っていうのかな。全体も伸びたり縮んだり。蛭――そんな物に似ています。
私は握り潰した上で、その魔力を自分の物とするために吸収します。うん、小石を砕くより簡単ですね。
施術が終わった後の皆からの感謝の言葉に私は照れました。あと、デニスが泣きながら手を握って来ました。うんうん、お母さんが元気になって良かったですね。
しかし、早くデュランに退避させた方が良いでしょう。私は彼らを連れて転移しました。
「メリナ様! これは先程よりも人数が多くなっているではないですか!?」
パットさんが叫びます。
「デニスの家族っぽい人達です。宜しくお願いします」
「えぇ!? 千人近く居ませんか!?」
一応、念のために庭園の端っこに転移しましたが、群衆の下敷きになられた人が出ていないことを祈ります。
「私の手柄ですね」
「えっ、えぇ……」
「ボス……フェリクスが居ませんね? 留守でしたか?」
ビーチャが寄って来ました。仲間を心配しているのですね。
「恐らく拘束されています」
彼のお住まいを訪ねて得た結論です。
「えっ!? あ……それもそうですよね……。完全に弓を引いた状態ですから……」
「ビーチャ、大丈夫だ。ボスは俺達が思っているより遥かに強い」
「デニス……お前もあの頭だけ竜を見たのかよ……」
これ、ビーチャ。それ、気になりますよ。と思ったのですが、あの時ですね。小麦粉事件の時にガランガドーさんが『これは俺の体だ』って調子付いた時の事でしょう。
「それは何だよ……? 俺が見たのはボスの喧嘩の強さだ。目にも止まらぬ早さで、背の高い女兵を殴った上で脳天を割ろうと道に叩き付けていた……。あと、魔法だ。街を囲む壁よりも大きな氷の壁が……」
あっ、アシュリンのあの服を見たら、そっかぁ、まさか竜の巫女とは思わないですものねぇ。デニス達にアシュリンの紹介を全くしていませんでした。
「メリナ様! フェリクスを助けやって下さい! あいつ、いいヤツなんです!」
ハンナさんです。ペーター君も隣にいます。あと、もう友達になったのか、孤児と思われる女の子も一人連れています。
将来のペーター君が遣り手の女垂らしにならないか、メリナお姉さんは心配です。
「はい。時間が出来ましたので、今から向かいます。ご安心下さい」
ルッカさんの回収もまだでして、今、アシュリンさんが発掘中です。もうそろそろ終わったかな。
「お、俺もボスに赤い血が流れている事に安心しました!」
あっ、さっきの戦いで血が出たんですよね。洗うのを忘れていました。しかし、ビーチャ、今の言葉はあなたの血が流れる原因にもなるかもしれませんね。私、コメカミがピクピクで御座いますよ。
しかし、私は実行しませんでした。
「メリナ様、クリスラ様の安否もご確認頂きたく存じます」
パットさんからそんな申し出が有りまして、タイミングを逃したのです。
私は肯首して王都に戻りました。
「アシュリンさん、ルッカさんは出て来ましたか?」
アシュリンさんは先程暴れたので気が済んだのか、落ち着いています。どちらが狂犬なのよと強く私は主張したいです。
ん? いえ、それじゃダメです。同じカテゴリーで比較して、自ら自分を貶めるところでした。狂犬の呼び名に相応しいのはアシュリンさんです。
「ふむ、うめき声はしたぞっ! 自分で出て来るだろう」
あっ、そうですよね。
この程度の瓦礫から脱出出来ないのであれば足手まといです。どんなに壊れても勝手に修復する盾として優秀ですが、よくよく考えると、敵の攻撃を受けなければ不要です。一件落着するまで寝て貰っていた方が都合が良いまで有りますよ。
「ルッカさーん、もう私達行きますよ」
「おい、メリナっ! まだ有るのかっ!? 私はまだ仕事中だぞ!」
机に向かって書類を難しい顔で眺めているだけじゃないですか。正直、うちの部署は竜神殿に要らないんじゃないかと思いますよ。私が異動次第に廃止しましょう。
「えぇ、フェリクスという男の救出と、デュランの聖女クリスラさんの安否確認です」
「ったく、さっさっと片付けてしまうぞ! 私は忙しいんだっ!」
何をおっしゃるのやら。お互い暇じゃないですか。でも、アシュリンさん、ご協力の申し出、ありがとうございます。
それにしても、神殿の財源が気になりますね。アデリーナ様もオロ部長もエルバ部長も遊びまくりです。少なくともお金を稼ぐ事はやっていません。不思議ですよ。
聖夜みたいな事を定期的にやっているんでしょうか。
「ふむ、雑兵どもはルッカの兵どもが抑えているか」
そうみたいですね。私が出した氷の壁は健在でして、迂回して屋根から襲ってこようとしていた人達がいました。でも、彼らの前に生気の無い動作の連中が立ちはだかっているのが見えます。
氷の壁の先は見えませんが、魔力的には何もないので大部分の兵は退避したのかな。
観察するために私が視線を遠くに向けていると、瓦礫の山が動き出しました。
「そうよ。こんなになっても、あなた達を守ってあげる私はジェントルだわ。感謝しなさいよ」
「遅いぞ、ルッカっ! メリナだったら、私が傍に寄った瞬間に瓦礫を突き破って出て来るぞ! そして、不意を突いて殴るんだっ! お前は闘争心が足りないなっ!」
……私だって、そんな事はしないですよ。嫌だなぁ、アシュリンさんは。
「お疲れ様でした、ルッカさん。もう大体解決しました。もう少しですよ」
私は完全回復しているルッカさんにフェリクスとクリスラさんの位置を確認してもらえないか、お願いをしました。ルッカさんはずっと私を監視していたので、お二人の魔力の質もご存じでしょうしね。
どちらを先に探すにしろ、ルッカさんに空から見て貰って楽チンできるなと思っていました。
「本当に人遣いが荒いわねぇ。私、アンビリバボーよ」
大丈夫ですよ、ルッカさん。あなた、人じゃなくて魔族ですから。
空高く旋回しながら王都全体を見て回ったルッカさんは戻ってきて言います。
「フェリクスだったかな、彼の方が近いから向かいましょう。聖女様はお城っぽいわよ」
はいはい。では、フェリクスからですね。
ルッカさんが再び空に飛び案内します。アシュリンさんと私はそれを見ながら、屋根を飛び跳ねて移動しました。
そして、ルッカさんが指し示す石造りの白い建物をアシュリンさんは、例の高くジャンプしてからの拳から出す圧力波で破壊しました。えぇ、躊躇いなく破壊したのです。
他の家々とは違って堅固に作られていそうな四角い感じの建屋だったのに、中の人ごと叩き崩したのです。
まぁ、豪快。私でももう少し考慮すると思うんですけどね。いや、でも、するかなぁ。悩むなぁ。
フェリクスは奥さんと共に無事救出されました。私はまず彼女のお腹にいる赤ちゃんの確認をしまして、魔力的に生きていることにホッとしました。
「アシュリンさん、助かりました」
「メリナっ! 次は王城の聖女だな! すぐに向かうぞっ! 私は忙しいのだっ! サッサッと終わらせてシャールに戻りたいっ!」
まあまあ、何を急いているのですか? まさか「鉄の拳」がデートでもするのですか。うふふそれは天地がひっくり返っても有り得ないことでしたね。
さて、気絶したままのフェリクスをデュランに連れていく前に、私は違和感を持ちました。
彼の魔力が少し変化していたのです。よく見ると、また黒く長い感じの魔力が体内深くに入っていたのです。
「ルッカさん、これ食べます?」
「えっ、何よ、これ? ダーティーだから捨てなさいよ」
私はルッカさんにウネウネ動くそれを渡してからフェリクスをデュランに連れていきました。




