民衆の群れ
私は更なる名案を思い付きました。全く……自分の頭の良さが怖いです。
「ビーチャ、相談があります」
「……碌でもない事は分かります……」
ビーチャも言うようになりましたね。信頼関係の現れと理解しておきましょう。
「時の流れが一万倍遅い空間があります。そこにですね、ビーチャとそこに寝転んでいる女性の兵隊さん達を閉じ込めれば、あっという間にビーチャが子沢山になるのではないでしょうか?」
楽欲の間に一年半もいれば、ほぼ全員が子持ちになれるでしょう。そこで呻いている兵の内3割くらいが女の人ですが、それが倍増です。
「……俺、あっという間に兵隊さんに襲われて殺されますよね?」
そっか、1対30の集団暴力の餌食になるかぁ。
「両手両足を鉄鎖で縛れば宜しいでしょうか」
「……ボス、そういう事を言うガラじゃないでしょ……」
んー、ダメかぁ。
しかし、言われた通り、確かに私もそう思うなぁ。愛が無いですよねぇ。
人も虫みたいにいっぱい卵を産めば、楽に解決できそうなのになぁ。
「もうデュランに戻りましょうよ……。俺の心が持たないです」
私の心も敗北の恐怖で持ちそうにないのですよ。圧倒的優位な状況にしないと不安なのです!
アシュリンに思っきりケツの穴を蹴り上げられるのですよ!? そんな屈辱、絶対に嫌です!
酒場を出るまでは勝てると信じていましたが、奴は勝つために見知らぬ男の命を刈ろうとする危険人物なんです。
私の予想を越えて来るのは間違いないのです。
「そ、そうだ! フェリクスの野郎の家をお教えします。だから、ボスはそちらに向かってください!」
あっ! なるほど!
フェリクスの存在を忘れていましたね。
「俺、地図を書いてきますから!」
ビーチャは真剣です。猛ダッシュで孤児院の建屋に向い、すぐに紙を持って来ました。
道案内を聞いた後、私は孤児と先生と兵隊さんを連れて転移しました。
「メリナ様、おつか――!? 何ですか、この人数は!?」
バットさんが出迎えてくれましたが、私は急がないといけません。アシュリンの動向が気になるのです。だから、フェリクスも連れてきて人数を増やさないといけません。
「後は宜しくお願い致します。子供達にはお料理を出して下さいね」
私は再転移しました。
地図を片手に歩いていると、喧騒の声が響きます。少し遠くの屋根でルッカさんと兵隊さんで揉めているのが見えました。いえ、噛み付くルッカさんを何とか引き剥がそうと必死なんですね。お勤めご苦労様です。
私はフェリクスの家へと悠々と向かいます。
この辺なんだけどなぁ。
キョロキョロしながら、ビーチャの書いた地図と場所を照らし合わせます。
道行く人に尋ねたいのですが、残念ながらいないんですよね。たまにルッカさんに対する怒声とかも聞こえますので、皆さん、屋内に引き込もっているんじゃないかと愚考致します。
それらしき集合住宅を見つけました。地図を二度見して確認ヨシ!
ここの三階ですね。オシャレ風なフェリクスにしてはオンボロな建物です。妊婦さんがいるのに高階に住み続けるのは配慮が足りないなぁと思いました。
扉をノックして返事を待ちますが、人の気配が有りません。鍵がされていなかったようで、押すと開きました。
「すみませーん、天才パン職人が迎えに来ましたよー」
私の声が狭い部屋に無駄に響きます。無人です。
しかし、私は気を引き締めます。
部屋が乱暴に散らかっているのです。台所にはカップに入ったお茶が二つ並んでいるにも関わらずです。
事件の臭いがします。
私は隣の部屋の人に事情聴取します。やはり朝方に軍人が来たと言います。騒がしい音とフェリクスらしき男の叫び声で目覚め、外を覗いた時に確認されたそうです。
やられました。王都側に人質を取られたのですね。
アシュリンさんとの勝負とどちらが大事か。考える必要もありません。
暇があれば助けに行こう。たとえ死んでも、私はフェリクスの死を忘れませんからね。それで良いでしょう。
そんな時、街中に地響きが轟きます。私は慌てて、上空へ転移。様子を観察します。
見えたのは、暴徒の様に道を走り抜けていく何人もの人達です。軍隊の様に秩序立ったものでなく、乱雑な民衆の群れですね。
何が起きているのでしょうか。私は屋根の上に降り立ちます。
追われているのでしょうか?
まずは視線を群衆の列の後方へ移していく。長いなぁ。たまに荷車なんかも見えて、そこにご老人や子供が乗っていますね。
何人いるんでしょうか。先程私が転移させた100人強よりも遥かに多いです。
最後尾にデニスがいました。しかし、その後ろには何もいません。
だとしたら、彼らは追っている側か。
私は進行方向を見ます。
群衆からかなり離れて先頭にいたのはアシュリン。目立つ服なので間違いないです。
木箱を肩に乗せて疾走しています。
!?
あれは私の金貨を入れていた箱です!
アシュリンは手でガバッと箱の中の金貨を掴み、後方に撒きます。
それを歓声と怒号の中、人々が拾っていたのです。
か、金の力だと……。しかも、それは私の物……。
アシュリン、恐るべし。窃盗という罪を感じない胆力に私は驚きを隠せません。
恐らくはデニスの親族以外も含まれる集団です。だからこその、この人数なのですね。
……負けたのか……。どちらがより多くの人間を救えるか対決は敗北なのですか。
私は頭をブンブンと振ります。いえ、大丈夫です。アシュリンは転移魔法を使えません。だから、いくら人数を集めようと王都からの脱出はならず、私が勝つはず。
今は状況把握に努めましょう。
例えば、弓兵や魔法兵の一斉射撃で群衆が全滅すれば私の勝ちです。
しかし、先ほど上空に転移した時に確認していたのですが、屋根の上に兵隊さん達は少なく、居たとしても放心状態に見えました。ルッカの毒牙にやられているのです。
私が行くしかないのか。アシュリンをぶっ倒し、デニスの親族を強奪、そして、転移して私の手柄とする。いや、それでは勝ったとは言えない。アシュリンが負けを認める気がしません。
どうしたものか。
私が直々に魔法をぶちこむか……。
決断を迷っている中で、思わぬ伏兵が登場しました。アシュリンさんの進行を邪魔する形で、軽装兵が横道から飛び出てきました。
一瞬でした。ダークアシュリンの時と同じ様に、流れる様な動作で重い一撃を兵隊さん達に入れてアシュリンは走り去っていくのです。
私が応援する間もなく壊滅しました。
後続の群衆に踏まれ揉みくちゃにされる彼らが哀れです。下手したら死んでしまいます。
ふわりと風を感じたと思ったら、隣にルッカさんが立っていました。
「外門から出るつもりね。エスケープ成功かしら」
外門?
あっ、あれか!? 道の先には街を囲む高い壁とそれに面した広場があるのですが、黒い扉が確かに見えます!
広場に集まっていた方々は暴走する群衆を見て散り散りに去っていきます。
なんと門兵までもです!
「それって、デニスの家族を助けた事になりますか?」
「うーん? 留まって捕まったり、殺されたりするよりは良いから助けたと考えていいんじゃない? 巫女さん、どうしたの? 変な拘りね。いつもストレンジだけど」
ぐむむ。
このままでは私のお尻が赤く腫れてしまう未来がやって来ます。
ならば、やはり私は奴を止めないといけません。
私は門の前に転移しました。もちろんルッカさんもご一緒させて頂きました。
「ほう、最後の門番はお前達かっ!! サボってばかりの償いは必要だなっ!」
もう門前まで来ていたアシュリンが私たちに吠えます。
「王都の秩序を乱す輩は、この次代の聖女メリナと、大昔の聖女ルッカ、旧名ロルカが許しませんよ!」
「……乱したのはあなたが最初よ……」
そんな事ないもん! 本当はルッカさんの存在だもん!




