売られた喧嘩
「ボ、ボス……。本当にまだ行くんですか? 俺、一人で頑張りますよ……」
二人とも顔面蒼白ですね。
無傷なのですから、矢が刺さった事くらいを気にしてはなりませんよ。
「任せなさい。デニス、あなたはここで待機。ビーチャが終われば、戻って来ます」
「いえ、母の無事を早く確認したいのですが、宜しいですか? ボスに逆らう訳ではないのですが……」
気持ちは分かりますが、良いのでしょうか。
私は何日も監視されていたのです。工房の仲間達も調べられているものと考えて良いでしょう。ならば、デニスを一人で向かわせるなど愚の骨頂。途中で見付かれば、捕まる、いえ、下手すると殺されるかもしれません。先程の矢は殺意に満ち溢れていました。
「死ぬかもしれませんよ?」
「構いません」
うん、戦士の目です。パン職人なので、パン戦士の称号を与えましょう。
……巫女戦士を思い出して、少しだけ嫌な気持ちになりました。
しかし、私は天才。そんなくだらない事からもグッドなアイデアを連想で産み出せるのです。
私は二人を置いて転移し、また戻ってきました。
「メリナ、貴様、何のつもりだっ!?」
アシュリンさんを連れてきました。今日はいつもの戦闘服です。茶色や黒、緑の模様が細かく不規則に入った、厳つい服です。街中ではとても目立ちます。
私の知り合いの中でも、一番暇そうで強そうな人を持って来ました。ここまで考えて、私の中でオロ部長が人類に分類されていない事に少し驚きました。しかし、仕方ありませんね。万人がそう思うでしょう。
もちろん、オロ部長でない理由は他にも有ります。アシュリンさんは回復魔法が使えるのです。先程のビーチャの様にデニスが倒れても、アシュリンさんなら何とかしてくれそうです。
その点が第二候補だったアデリーナ様との違いです。あいつは矢が刺さった人間を見て、回復しないどころか、冷たく見下したり、ニヤリと笑ったりしそうですから。
「人助けで御座います。王都出身のアシュリンさんに最適ですよ」
私は簡単に説明します。
王都で平穏にパン職人として鍛練していた私を嫉妬した人々が工房を潰そうと襲ってきています。知り合いを避難させているので手伝って下さいと、分かりやすく説明しました。
「あ? また衆人の前で股を開いて見せろと言うのかと思ったぞ」
「お下劣な話ですね。私、そういうの苦手です。お一人の時になさって下さい」
貴様、ビーチャやデニスの前で誤解を受けるような物言いをしやがったな。今の私は尊敬できる偉大な女性で通っているんですよ。暗黒の神殿時代とは違うのです。
アシュリンが口を開こうとしました。このままでは、更に何を言われるか堪ったものでは御座いません。
あっ、話題を変える良いネタが有りました! 私は巫女長様が死んだ件も伝えます。
「あぁ? 巫女長が逝っただと!? ……歳だからかっ」
いやまぁ、ご高齢はそうですが、はっきり言うと失礼ですね。
「いえ、殺されたそうです。巫女長様の古い知り合いであるガインさんという方から聞きました」
「ガイン? ギルド長か……。嘘臭いな!」
あら、ガインさん、実は偉い人だったのですか。御者ギルド、んー、すっごくマニアックな感じです。労働条件を改善する組織でしょうか。
見事に話題を変えることに成功しましたね。良かったです。巫女長様、ありがとうございました。
「ふん。そんな事はどうでも良い! 要は、そこの家族を連れて来れば良いのだなっ!? 勝負だ、メリナっ!」
さすがアシュリンさんです。巫女長の暗殺を簡単に「そんな事」で片付けられました。弔意の欠片も持ち合わせてないとは予想通りです。
「勝負って何ですか?」
「貴様と私、どちらがより救えるか勝負だっ!」
まぁ、おバカです。戦闘以外は無能の極みです。
「うふふ、転移魔法の使えないアシュリンさんが勝てる訳がないと思いますよ」
「ほう? 貴様、私に勝てるとでも思っていたのか? 狂犬の躾は大変だっ」
こっちこそお前が勝てるとでも思っていたのかで御座いますよ。
「最後に戦ったのはコッテン村の近くでしたか。私の攻撃を凌げずに、無様に地に這いつくばっておられましたよね? 良い想い出です。愉快な気分がクツクツと湧いてきます」
「貴様、増長も甚だしいなっ! 翌日の王都軍への襲撃の景気付けに手を抜いてやったんだぞっ!」
「……ボ、ボス……余り時間が……。あと、信じられないくらい物騒な話で……聞きたくないです……」
ビーチャ、黙りなさい。
喧嘩を売られた私は冷静に考えないといけないのです。
……向こうから提案してきた勝負です。ならば、私が受ければ成り立ちます。しかも、負ける要素がない!
「了解です! 負けた方が、思っきり、ケツを蹴り上げられるということで行きましょう! 良し、デニス、行くぞっ!」
私はデニスの手を引っ張って、飛び出します。彼の方が助けられる人数が多いと知っていますので。
同時にアシュリンさんも出て来て、デニスの腕を取ります。
「何ですか? アシュリンさんはおっさんが好みなのですか? まだ、そっちのビーチャの方が若いですよ」
「ふん! メリナよ、貴様の浅はかな思考を私が読めないとでも思ったかっ! そいつの方を選んだ方が得なんだろっ!?」
くぅ、野性の勘か! 無駄に鋭い!
転移魔法で去りたいところですが、転移の腕輪は手を握れば集団で移動してしまいます。この状態だとアシュリンまで付いてきてしまいます。
ならば気を逸らした隙に走り逃げてやる。
「降参するときはルッカさんに言ってください。あそこにいます」
私は空に見える黒い点を指す。
しかし、それは悪手だったのです。
「グハハ! 油断したな!」
アシュリンさんは長い足で蹴りを繰り出してきました。その狙いは遅れて出て来たビーチャの頭。
耳の上を見事にクリーヒットして、ビーチャは泡を出して倒れました。
ビーチャの生死に気を取られた私の死角から、唸る拳も飛んできます。腕でガードはしたものの、深く重いその一撃に私は足がふらついて倒れてしまいます。
受け身を取った結果、デニスを掴んでいた腕を離してしまいました。
「ではなっ!」
アシュリンさんは砂煙を出しながら駆けて行きます。デニスの悲鳴も轟かせながら。
くぅぅ! ヤられた! 出遅れました!
最近、接触がなかったから、アシュリンのやり口を忘れていました。あいつはヤバい奴だったんです。
ビーチャに回復魔法を掛けながら、私は激しく後悔するのです。このままでは負けてしまいます。
ビーチャの恋人を救った上で、デニスの家族以上の人数を救出して、あの汚ない巫女崩れをもう一度ぶちのめさないといけません。
「……あの人、何ですか? ボス並みに危ないじゃないですか……」
「黙って立ちなさい。あと、あんなのと一緒にするなよっ!」
悔しさの余り、私は歯軋りを抑えられません。




