シェラの靴
皆が寝静まった後に、私は音を立てないように起き上がる。部屋は暗い。狙った通り、これは好都合。
二刻程前の夕食後も散々だった。アデリーナ様にまでマリールの悲鳴の原因が私にあると知られたの。
私はブーツに臭いが付くのを防ぎたいだけなのに、アデリーナ様の叱りながらの呆れた目が忘れられない。アデリーナ様なら『そんなに気になるなら私の靴を嘗める?』って言いそうだけど、『庶民の感覚は分からないわね』って反応だった。理解の遠く及ばない行為をしてしまったようね。
で、怒られている最中に思ったの。
貴種の方ならどうなのかって。ということで、シェラに目を付けました。アデリーナ様だと、発覚した時に本当に抹殺されかねないもの。
さて、シェラさんの靴はどんな臭いがするのかしら。
貴族様の靴なら臭くないはず。
それに礼拝部ですもん。何をする部署なのか詳しくは知らないけど、きっと文字通りお祈りとかするのよ。
それなのに、その靴が強烈に臭ったら聖竜様に失礼ですもの。
私はシーツが擦れる音にも気を付けながら、床に足を置く。
ふふふ、シェラさんの可愛らしい靴はどこかな。うん、あった。
わざわざ、私から一番遠い場所に置いてあるなんて。まさか、警戒していたのかしら。でも、鍵が掛かる場所には入れておかなかったのね。
私は念願のシェラの靴を手にして満面の笑みです。いや、駄目だ。こんな笑顔を見られては完全に誤解されるわ。
私は靴の臭いが付かない方法を考えているのよ。他人の靴の臭いを嗅ぎたいんじゃなくて、嗅ぐ必要があるだけ。そこを忘れかけていたわ。
寝息を立てて無防備なシェラをもう一度確認する。うん、見られていない。
マリールは? うん、こっちも寝相悪いけど、すやすやね。
っ!? 臭くない!?
シェラの靴は臭くないよ!
どうなってるの。これよ、この無臭感が欲しかったのよ!
私は興奮を抑えながら静かにシェラの靴を戻す。余りの感動に手が震えていた。
凄いわ。さすが貴族様よ。
もしかして、私やマリールの足が臭いのかしら。
ベッドに戻って、自分の足を嗅ぐ。たぶん、今の私は珍妙な格好。
きっと大丈夫。私は臭くない。
でも、シェラの足はもっと臭くないのかも。
確認したい。シェラの足の裏を嗅ぎたい!
本当に私はダメな変態なんじゃないかな。
自分で思ってしまった。いえ、我に返ってはダメよ。最後まで仕上げないと。
マリールの靴を嗅ごうと思った時に覚悟したはずよ、メリナ。あなたは靴の臭いに関する探求者となったのよ。
とはいえ、シェラの足は肌掛けの下。
時間を止める魔法なんかがあれば、簡単なのにな。そんなのおとぎ話でしか聞いたことがないけど。
ここは正攻法しかない。
私は再びベッドを降り、シェラの足元に立つ。
ゆっくり、しかし、大胆に薄い上掛けシーツをずらしていく。
なんだろう。何かいけない事をしている気分になるわね。進んではいけない道を行っている気がするわ。
くくく、シェラ、あなたのおみ足が丸見えですよ。白くて細いわね。
……結局、私の手は止まらなかったわ。
さぁ、臭いを嗅がせなさい。
「そこまでよっ!」
突然、背後で声がして、不意を突かれた私の体はビクッと跳ねる。
マリールの声だ。罠だったの?
ゆっくりと振り返る。
「メリナ、どういうつもりよ?」
「……はい、シェラさんの靴が臭わなかったので、足の裏の臭いを確認したかったのです」
正直に言います。
「どう見ても変態でしょ? メリナ、あんた、そう思わないの?」
何回か自分でも疑問があったわよ。そんなに詰問しないで。お願いします。
「知的好奇心には勝てませんでした」
「知的ではないでしょうが!」
はい、その通りでした。
「まぁ、いいわ。シェラのは魔法よ」
「魔法の靴ですか?」
「違うわよ。いえ、そうかもしれないけど、清潔にする魔法があるのよ。洗濯とか湯浴みが要らなくなるようなね」
「素晴らしいです」
なんと。私も明日から修得しましょう。
あぁ、でも、街中での魔法は厳禁か。なら、外に行けばいいのね。
アシュリンさんを説得してみましょう。
「でも、贅沢ね。わざわざ魔法を使わなくてもいい所に、それをするのだから」
確かにそうですが、靴が水に濡れると本当に凄い臭いが発生します。それを解消できるなら、魔法の一つや二つ、余裕で覚えてみせますよ。
「マリール、大変ありがとうございました。お礼に何かしたいのですが」
「いいわよ。もう変なものを嗅がないって約束して。あと、明日の朝、シェラに謝りなよ。それから、少しは悪いと思いなよ」
「はい、もう臭いません。シェラにも謝ります。マリール、朝のあなたの胸揉みは私が致しましょうか?」
「やめろよ」
顔を真っ赤にして、マリールはベッドに戻った。
私も自分の場所に戻る。
魔法、魔法。うん、出来るかな。早く試したい。
それにしてもシェラ、凄いわ。何事もなかったかのように寝ているわ。大物ね。あと、ごめんなさい。絶対に、明日の朝に謝ります。マリールもごめんなさい。




