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訪問者

 あー、頭がガンガンするし、喉が乾いています。お腹も空いていて体が重い。

 目覚めると、そこはパン工房でした。なので、食べ物があります。薄暗い中、私は焼く前の種パンをむしゃむしゃと頂きます。


 背後で物音がして、私は魔力的にそれがルッカさんであることを察します。


「……トンでもないわね、巫女さん」


 朝から何を攻撃的になっておられるのでしょうか。私は魔法で口の中に水を作って、飲み込んでから挨拶します。


「昨晩はお疲れ様でした」


「えぇ、タイアードよ。巫女さんを抑えるのに、どれだけ苦労したか……」


 ルッカさんは言いました。

 私がお酒様に惑わされて、大暴れしたと。ビーチャだけでなくハンナさんまで床に倒したそうです。お酒様は大罪人ですね。

 そんな私をルッカさんとミニチュアガランガドーさんのコンビで抑えたそうです。


「あの竜さん、有能で忠義に溢れていたわよ。グレートだったわ。巫女さんに殴られて、最後は失神していたけど」


 ルッカさんの回想によると、まず私は初撃でルッカさんの喉を突いて魔法詠唱を防いだそうです。

 流石、私です。的確な判断ですね。


 苦しむルッカさんを放置して、私は「よくやったな!  褒美である」って叫びながら、工房の皆を殴り飛ばしたのです。過剰な愛情表現だと思っておきましょう。善意の殴打です。


 ガランガドーさんは瞬時に回復魔法を唱え、更に防御魔法で皆を守ります。私を囲む半透明の膜の様なそれは私の全力パンチでも破れなくて、ルッカさんはその隙に復活するのです。


 雄々しく叫ぶ私は魔法を唱えます。それは魔力の動きからして、かなりの大魔法だったとルッカさんは言います。ただ、発動前にガランガドーさんがアンチマジックを唱えたので効果は分からなかったそうです。

 しかし、溢れる魔力によって防御魔法の結界は潰れ、私は再びルッカさんに突撃します。


 ルッカさんは私とガランガドーさんを連れて魔法で王都近郊の森に転移。

 ルッカさんの狙いでは酒が抜けて私は正気を取り戻すはずなのに、私の魔力は収まらず、凶暴化したまま。……凶暴? ルッカさんは言葉が悪いです。


 何にしろ、そこで私達は死闘を行ったそうです。


 最後は逆転の発想でルッカさんが私にお酒を呑ませることで気絶させたと言います。



 全然覚えていませんが、確かに私の服がボロボロになっています。着替えないといけませんね。


「あの竜、相当に強いわよ。私が味方したとはいえ、巫女さんと互角だったもの」


「聖竜様からのプレゼントですからね」


「どうやって、あんなのを従えたのよ。グレートどころかクレイジーよ。戦闘力だけならスードワット様より強いかもよ」


「アハハ、そんな訳無いですよ。ルッカさんは節穴です」


 あいつは私に断頭されまくりでしたもの。聖竜様を侮辱されたとも思えないくらいにつまらないジョークで、怒りも沸いてきません。


「で、ガランガドーさんはどこに?」


「あの後、酒場に戻って、私も気を失ったのよ。だから、知らない。巫女さんの体に戻ったんじゃないの? リターンよ」


 そうなんですか。いやぁ、でも、体の奥の魔力が減ってるなぁ。ガランガドーさんを再召喚できるだけの量は無いかも。だいぶ消耗したんですね。どこかで充填しないといけませんね。



 ガランガドーさん、いますか?


『ヤギ頭に捕らえられて地下室に来ておる……』


 あっ、無事でしたね。良かったです。

 ご神体として、しばらく用があるまではそこにいて下さい。

 でも、そんな遠くにいても声が聞こえるものなんですね。


『お主と我は根本で繋がっておるからな。この間、服従の証しとして、そうした』


 気持ち悪い。その証しは、どこですか?

 私の背骨くらいに付いているなら、即座に取り出しますから教えてください。


『肉体でなく精神に宿っておる。一心一体だな』


 マジ許せない発言です。私と聖竜様が(つがい)になるまでには去って貰わないと困ります。私たちだけの聖域にお前の居場所は無いのですよ。

 しかし、ガランガドーさんは聖竜様からの頂き物なので、その一点だけで我慢致します。




 さて、続々と工房の人たちが集まってきます。まぁ、ルッカさんに騙されたのかもしれません。誰も傷付いていませんもの。


「メリナ姉ちゃん、ハンナ姉ちゃんを殴っちゃダメだよ」


 ペーター君に怒られました。それで、私はルッカさんの言葉が真実だったと知るのです。ペコリと私はペーター君に謝ります。


「ソーリーよ。巫女さんにお酒は厳禁だからね。よく覚えていてね」


 ルッカさんが皆に伝えます。私は居心地が悪いですが、皆は笑って許してくれました。

 ……シャプラさんもこの場にいて欲しかったなぁ。私がデュランに残してきたとはいえ、少し心残りです。



 フェリクスは寝坊みたいでまだ来ていませんが、朝のミーティングを終え、皆は配置に付きます。

 私とルッカさんは二階です。他愛もない話をしています。ルッカさんの昔の恋人の墓参りはしなくて良いのかなどです。

 興味は特にないのですが、暇だったのです。



「相変わらず、巫女さんは監視されてるわね」


 私よりも広範囲の魔力を拾えるルッカさんは情報局とかいう所の連中の動きを教えてくれます。ただ、彼らは見ているだけで動かないので放置で良いのです。

 昨晩も私は騒いだそうですが、シャールの時のように捕まりはしませんでしたし。



「ん? あら、訪問者よ。誰だっけ、これ?」


 いや、そう言われても私は分かりませんよ。窓に近付いてお外を確認します。

 道は何人も歩いていて、ルッカさんの言う人がどれなのか判別できませんでした。

 あっ、馬車か。一台の立派な馬車が工房に付けられます。あれはガインさんの馬車ですね。御者として座られているのが見えました。魔力的には、パットさんも客車の部分におられます。


 私は一階に降り、ゆっくりと扉の前に向かいました。

 さぁ開けてあげますかと親切心を思ったところで、先に扉が動きまして、パットさんが駆け込んできます。ノックも無しとは粗相ですね。

 パットさんの後ろにはガインさんの皺深い顔も見えました。



「メリナ様、すぐに逃げてくださいっ!」


 工房に入るなり、パットさんが叫びます。


「あかんで、パット。慌てたらあかん」


 ガインさんが扉を閉めてからそう言いました。

 突然の闖入(ちんにゅう)者に気付いた工房の面々は訝しげな顔をしています。もちろん、彼らの言葉から不穏な空気を察した私もです。


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