良い仲間
おかしい。客が来ません。
ハンナさんとペーター君は客が座るはずのテーブルで文字のお勉強をしています。ちなみにハンナさんが教えている訳ではありません。彼女も、読みは出来るものの書けなくて、二人で共に勉強しているのです。
フェリクスはカウンターの向こうでお酒の瓶を磨いています。たまに欠伸をするのが癪に障ります。
「……何の店か……分からない……」
私の横に立っていたモーリッツが呟きます。
それか!? 確かに外観はキラキラしてますが、ここが何なのか看板も有りませんでしたよ!
至急、何とかしないといけません。
しかし、ここで入り口がカランカランと鐘を鳴らしながら開きます。来たかっ、客!
「らっしゃっせーー!!」
「……ボス」
私の元気な挨拶は無駄骨に終わりました。入ってきたのは、偵察と威圧から帰ってきたデニスとビーチャだったのです。
「お隣は繁盛しています。あと、胸がエロい良い女がいました」
くっ!
何だとっ!!
……初戦は完敗だったと言うのかっ!?
一銭も稼がせないという第一目標は達成できませんでした。むしろ、私達がその状況です!
しかし、宜しい。第二策です。名将は常に代案を用意するものなのです。ルッカとクソ親父も覚えておくが良いっ!
私は隣のライバル店に向かう壁を拳で木っ端微塵にします。
「ボ、ボス……。いくら悔しくても買ったばかりの家を潰すのは無茶ですよ……」
「黙りなさい。怒りの鉄拳でもあるのですが、それだけでは無いのです」
私も息を強く吸い込み、止める。それから、もう一撃!!
隣の店の壁をも破壊しました。
突然の衝撃と木片に混乱するお客様方。
「ラッシャッセーー!!」
私は笑顔のご対応です。接客の基本ですから。
「さぁ! デニス、ペーター君! ご注文を取りに行きなさい。お客さんがお待ちですよ」
「えっ? えぇ? 隣の客ですが」
「同じ屋根の下みたいな物です。大丈夫ですよ」
私は体の奥底から取り出した魔力で、床と天井を作り、くっ付けます。
「ちょ、巫女さん、ずっと隣にいるから何をしているのかと思ったら、嫌がらせ? もう本当にクレイジー」
「うふふ、小汚ない店舗にお似合いのやっすい女がいると思ったらルッカさんですか。勝負ですよ」
「何なのよ? もう忙しいんだから、そっちで遊んでおきなさいよ。酒場はアダルトの物なの」
……あぁ!?
私の目論見通り、私のお店にも客が入るようになりました。
注文も取ります。ハンナさんやモーリッツ、フェリクスが厨房で忙しく働きます。お客様は少しビクついていますが、時間が解決するでしょう。
お酒様のお力で「あれ? 何だか店が広くなったかなぁ」と思われるに違いありません。
魚のパンは人気でして、ビーチャはせっせっと切り分けて、皿に乗せていきます。そして、ここで私が得意とする皿洗いの出番です。
私は水魔法を繰り出して皿に流水を叩き付けつつ、店内の様子を窺います。
やはりクソ親父の店の方が繁盛している……。あっちのテーブルで溢れた者共だけが恐る恐るこっちに来ている感じがします。こっちの店舗の方が広いに関わらずです。
しかし、くふふ、私はこの分が悪い状況をも想定し対処済みなのです。自分の有能さに恐ろしい限りです。
そろそろですね。
私はパン工房の裏庭に転移します。そこは、ビーチャとデニスを教育した場であり、人気が少なくて目立たない所です。
ちゃんと皆さん、集合を終えていますね。黒いローブで顔を隠しているのは恥ずかしがり屋さんだからでしょうか。あと、臭いです。即座に脱臭魔法を掛けました。
「……竜の巫女メリナ様、参集致しました」
フードを大きく前面に垂らし、一切、顔が見えないヤギ頭が喋ります。街の人に獣人だと分からないようにするためですね。とはいえ、飛び出た口の位置は違和感の有り過ぎる膨らみとなっています。
私は店へと案内しました。小さな子供もいたので、その子は特別に手を繋いで向かいます。一人一人に金貨を一枚ずつ渡して、仕込みも完了しております。
これで注文を嵩上げしてルッカどもに驚異を感じさせるのです。
店内の賑やかな雰囲気は一変して、今は黒尽くめの怪しげな連中達の呪いに近しい呟きで充満しています。彼らはもちろん、クソ親父側のテーブルに座らせました。そして、一般の客たちは私のお店側に移動です。
ヤギ頭が竜の像が欲しいと言うので、ミニチュアガランガドーさんを召喚してテーブルの上に座って頂いています。ガランガドーさんとは不幸ないざこざがありましたが、聖竜様からの私へのプレゼントですからね、ちゃんと座布団もご用意しています。
そちらはクソ狭い店舗なのでぎゅうぎゅう詰めなのは勘弁してください。
「巫女さん……、これ、何のつもりよ?」
「宴ですよ。これから毎晩ここで集会が行われますが宜しくお願いします」
「ちょっと何言ってるのか分からないわ。クレイジーよ」
まだ喋りたそうなルッカさんを無視して、私は自分のお店側に戻ります。
「さあさあ、楽しんでくださいね」
不気味な不協和音が鳴り響くので、私は出来るだけ打ち消そうと明るく振る舞います。
壁を壊す前にヤギ頭に来て貰った方が良かったのかもしれません。しかし、そうなると、私の店は客ゼロで、クソ親父の店にはヤギ頭達が余分にカウントされるので許せなかったのです。
私の店にヤギ頭達という選択肢はありませんでした。だって、彼らは陰気なんですもの。
「……もう帰ろっかな」
そんな客の言葉には実力行使です。両肩に手を置いて立ち上がらせません。その隙に、デニスにお酒を持ってきて貰います。
「まあまあ、これは開店祝いのサービスですよ。ご堪能下さいませー」
フェリクスがミックスしたスペシャルドリンクです。飲ませて貰っていませんので味は知りません。
飲みたいのですがグッと我慢したのです。私は淑女であり店長なので御座いますから。
『メリナよ、我はいつまで座っておけば良いのか』
ガランガドーさんが話し掛けてきました。誰も反応しなかったので、竜語か念話なのでしょう。
これに反応しては、でっかい独り言を言う危ない女になってしまいますので、無視です。徹底的に無視です。
お詫びに魚のパンを与えます。しかし、客に出せない端っこです。
モグモグと食べておられます。
何だかんだと場は元のガヤガヤした雰囲気に戻りつつあります。クソ親父のサイドだけは闇っぽい感じが未だしますが。
「この白いの、旨いな」
「あぁ、王都では食べたことがねーな」
「親ッさん、これ、何て料理だ?」
魚のパンは絶賛されています。しかし、誉められるのはクソ親父で理不尽です。
私が注意しようとすると、先にクソ親父がやって来て口を開きます。
「これは、こちらのお嬢ちゃんの作った物なんだ。こんなに若いのに凄い才能でしょ」
んまぁ? え? 私、凄い才能ですか?
えぇ、そうかもしれません。
ビーチャを見出だして育てた私の慧眼は隠せませんでしたか。
「夜のお仕事なんて危ないからさせたくなかったのに、今日も来てくれたんだよ。お店まで大きくしてくれて。ほんと、感謝しかないよ」
隣家が破壊された点に疑問を持たないのが不思議ですが、まあ良いでしょう。
和解です。終戦宣言です。
「皆様、今宵は私の奢りです。食べ尽くし、飲み尽くし致しましょう」
皆は歓声を上げて喜びます。
「うぉぉぉーー!!」
何故か調理係のビーチャさえ雄叫びを上げています。しかし、許してあげましょう。私はそれ程までに魚のパンを高く評価しています。
私はヤギ頭にも酒を飲むように伝えます。
「えっ、でも、私達は獣人でして……。ここに居るのも心臓がバクバクしてるんですが……」
「構いませんよ。何せ、皆さん、既に泥酔です」
そうです。ラッパ飲み大会が始まっているのです。グデングデンです。
フェリクスが酒精の濃い酒さえあれば、素人の不味い料理でも文句が出ないと言うものですから、それに従ったのです。でも、ハンナさんの料理は不味くは無かったですよ。
「おっらぁ! 辛気臭ーんだよっ!」
酔っ払いがフードを叩く様に取り、見事なヤギ頭が出てきました。私は「臭ーんだよ」の部分に自分の事かと一瞬ビクリとしましたが。
「おっ……。何だ、その仮装は、ガハハ!!」
ほら、受け入れられましたよ。
「おらっ! 飲め飲め飲め飲め飲メェェエ!」
完全に酔っ払いです。最後の方はヤギの物真似ですかね。余り面白くないですが、素面の負けなのですよね。
『メリナよ、我も飲むぞ』
あ? ガランガドーさんもお生意気に行くのですか?
許しましょう。
「どうぞ。久々のお酒ですか?」
『うむ。感謝しよう』
「油浸しパンも用意しましょうか?」
『……嫌がらせは止めて貰いたい……。せめて油が煮えてからパンを入れて欲しい……』
やはり美味しくなかったのか、アレは。料理は奥深い。
「巫女さん、何よ、このカオス。おじさんも困るわよ」
「金は弾みますよ」
とりあえず、私は金貨を二束、おじさんに投げます。
「ふぅ、滅茶苦茶ね……。いいわ。私もこの魚のパンってのを頂くから――きゃっ、またお尻を触られたわ」
「そんなチョロそうな格好をしているからですよ。聖竜様も悲嘆されるでしょうね」
「ボス。ビーチャが大事な話があるそうです」
ルッカさんと話しているとデニスがやって来ました。
既に赤ら顔のビーチャが横にいます。
「宜しい。何でしょうか?」
改めてとは珍しい。
「は、はいっ! はい……」
あ? 早く喋りなさい。
「メリナ様もお酒をどうぞ」
横からハンナさんがグラスを持ってきました。そこにペーター君が氷を、モーリッツが茶色い液体を注いでくれます。
「ちょ、ちょっ! ダメ! 巫女さんは――」
くふふ、頂きます。
くうぅ、痺れるなぁ! 喉がキュルンと来ますよ。うふふ、いつ以来なのでしょう。
「良し! 行っけー、ビーチャ!」
フェリクスの声が聞こえました。
「ボス、これ、俺からの気持ちです」
出されたのは小さなハート型のパン。
……は? これは何の真似でしょう。
「ごめんなさい。人間には一切興味ありません。殺すぞ」
マジで殺すぞぉ!!
本件がルッカ経由で聖竜様に伝わったら、絶対にぶっ殺すぞ!
その愛の告白は自らへの死の宣告だからなっ!
「ハハハ! ビーチャ、断られたな!」
「うるせー、フェリクス。俺だって恋人くらいいるんだよ!」
ごちゃごちゃ騒がしい!
調子に乗るなよ!
「……俺達からの贈り物だ……。受け取って欲しい……」
「そうよ、私達の感謝の気持ちなんです。ビーチャが一人の手柄にしようとするから、おかしくなったんです」
「チゲーよ。言い間違えたんだよ……。ボス、こえーから」
……ふむ、私の勘違いですか。異様な寒気を抱きましたよ。グレッグさんがシェラへの想いを語った時くらいの冷気でした。
私は改めて置かれたパンを見詰めます。
「巫女さん、良い仲間を得ているじゃないの。私、ジェラシー」
ルッカさんの言葉を受けつつ、私は口の中に放り込みます。
!?
モッチモッチです!
遂に完成したのですか!? 皆の集大成がここにあるのですね!
後はこれに肉を詰めれば、あの肉包みパンが完成するのです!
いえ、モチモチ感については、あのパンよりも強い! 進化した物を作り上げたのです!
「み、皆様、ありがとうございます……」
私は礼を言います。涙が出そうなのをグラスを干すことで誤魔化したのですが、そこで意識は無くなりました。




