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酒場のお仕事

 さて、私達は王都に戻りました。今はパン工房です。竈に火は入っていなくても壁に染み付いた匂いが香ばしくて、幸せを感じます。

 転移の腕輪は本当に便利ですね。クリスラさんは良いものをくれました。



「巫女さん、あのお店のお代を支払ってないんじゃない?」


 お店?

 あっ、サリカさんの働いていた酒場兼食堂みたいな所ですね。彼女の勢いに押されて、すっかり忘れていましたよ。


「本当ですね。ルッカさん、ダッシュで行って払っておいてください」


「何でよ。私、お金持ってないわよ」


 ……あぶなっ!

 私も持っていなかったから無銭飲食になるところでした。二人して皿洗いと言う悲しい結末になってましたね。



 ということで、私達はお店を訪れました。ルッカさんだけでも良かったのですが、私も時間が余っていますからね。


 中に客はいません。それどころか、お店の人も不在です。サリカさんがコッテン村に行ってしまったからです。


「どうする、巫女さん?」


「代金がいくらか分からないですよね。これくらいかな」


 私は金貨を三枚ほどテーブルに置く。


「ちょっと多いんじゃない?」


「そうなんですか?」


「昔は昔の銅貨で五枚くらいの相場だったと思うんだけど」


 お前の言う昔は数百年単位なので却下です。



 入り口の扉が軋みながら開きました。敵ではありません。私、とっさの魔力感知で調べましたから。弱過ぎるという意味で敵では無いのです。



「あれ? サリカさんは?」


 人の良さ気なおじさんです。少しふっくらとしていますが、服装からすると、それなりに裕福そう。


「本日付けで、先程、寿退職されました」


「えっ! えぇ?」


 驚きながらも、おじさんは店の中へと進みます。


「君達は?」


 えっ、私達? 何でしょう。


「只の客よ」


 ルッカさんが答えてくれました。


「そうですか……。んー、でも、困ったなぁ。サリカさん、よく働いてくれるから助かっていたのに」


 一旦、言葉を止めて、チラッとおじさんが私達を見てきます。


「突然いなくなるなんて、やっぱり妊娠しながらは辛かったのかな。突然辞める人には慣れているけど、んー、困ったなぁ」


 またチラッと見てきます。


「結構、夜は忙しいんだなぁ。どこかに人手はいないかなぁ。僕、一人だと捌けないよぉ」


 チラリチラリと見てきます。ルッカさんのはだけた胸をでは有りません。いえ、たまに見ている気がします。


 しかし、勘の鋭い私には分かりましたよ。このメリナが天才パン職人であることを見抜いたおじさんは、私の力を貸してほしいと言いたいのです。


「良いですよ。ご協力致します」


「ダメよ、巫女さん。夜は忙しいって言ってたでしょ。お断り――」


「ありがとうね、お嬢さん方。料理は僕が作るから、注文と品出し、洗い物をしてくれたら良いから」


 おじさんはルッカさんの言葉に強引に被せて、厨房の奥へと向かいました。



「ヤギ頭には後でパンを渡しておきますよ」


「もう、巫女さんはフリーダムね。私も行ってみたかったのに」


「ん? 集会にですか? 上から見ていたんじゃないですか?」


 ルッカさんは上空からでも室内が見る事が出来る魔法を使えるって知っています。


「そうなんだけど、隠された階段の先までは見えなかったのよ。王都の地下に何があるのか、私も知りたいわ」


「竜の骨の絵でしたよ。魔力的な物もそんなに感じなかったですし、周りにも面白いものは無かったです」


「ふーん。でも、機会があれば、私も同行ね。トゥモローにしましょ」


「……ルッカさん、地下がそんなに気になるんですか?」


 おかしいと思うんです。ルッカさんはもっと淡白なお人です。断られたらそれまでで、こんなに拘らないはずです。


 私、そんな彼女に疑惑を感じます。

 ひょっとして、彼女はお宝の臭いを鋭敏に嗅ぎ取ったのではないでしょか。

 私が貰えるはずだった聖竜様の宝物を彼女は五百年前に奪っていたのです。案外に、いえ、見た目通りに金銭欲に支配された、がめつい魔族なのかもしれません。


「昔の彼氏が気にしてたのよね。私、キュリアス」


 昔の彼氏……。聖竜様がいらっしゃると言うのに、全く見る眼を持たない魔族ですこと。

 しかし、そうであるならば、私は全力で応援しますよ。地下に何があってもなくても、ルッカさんの未練たらたらな姿を聖竜様が見たら、『ふむ、ルッカはやはり我に身を捧げる気はないな。やはりメリナが一番だ』と思われるでしょう。


「明日ですね。是非、行きましょう。しかし、そんな事は先に言ってくださいよ。今すぐにでも行きたくなってきました」

 

「でも、店は手伝わなきゃね。約束はインポータントよ」



 その夜、私とルッカさんはお店に立ちます。一時期は満席になっているのに更に客が来て、店主さんがお断りするほど盛況でした。

 私とルッカさんは注文を取っては皿を出し、空いたテーブルを片付けて皿を洗うという激務に汗します。お酒をこっそりチビリと頂くことさえ出来ません。

 お酒の匂いはぷんぷんするのに、何て惨い仕打ちなのでしょうか。



 その中で私は気付いてしまいました。私よりもルッカさんがお客さんに人気なのです。私が近くにいるのに遠くのルッカさんに声を掛けて注文が入ります。

 私はテーブルを拭いたり、山積みになった皿を洗ったりがメインの仕事になりつつありました。

 何だか悔しいです。ルッカさんが花形で、私は日陰に生える苔みたいです。もはや憤慨です。



「ふぅ。疲れたわね。もうお尻も触られるし、クタクタよ」


「そんな格好をしているからですよ。ふしだらな女だと思われて良いんですか?」


「そうは言ってもね。溢れる魅力は隠せないし。巫女さんはまだジュニアな感じだから分からないかな」


 は? はぁ? はぁあ?

 清楚な雰囲気ばっちりな私だからこそ、畏れ多くて、酔客も絡んでこなかっただけですよ!



「ありがとね、お二人さん。少ないけど、今日のお給金だから。明日も来てくれると助かるなぁ。あっ、そっちの大きい人だけでも構わないよ。明日は別の一人が来る予定だから」


 !?

 私でなく、ルッカを選んだのか!?

 この万事に秀でるメリナ様を差し置いてですか!?


「えー、そうなの? 私、触られるの嫌なんだけどなぁ」


 満更でもない表情をしていう言葉ではないだろ! この淫乱がっ!


「そう言わないでよ。君のお陰で、いっぱい注文が入ったんだよ。そっちの黒髪の子も頑張っていたけど、レディーな感じが受けたんじゃないかな」


 ……ぐっ!!

 私は血が吹き出る程に拳を握ります。

 ルッカと比較して私がレディーに遠いだと!?


 何たる屈辱でしょうか!?

 巫女見習いになって以来、最大の侮辱です!



 こんな店、二度と来るかっ! この薄汚い銅貨も顔にぶつけてやりたいくらいの気持ちですよ。私が認められないなんて許せないです。愚劣な人間――いえ、下等な猿どもめ、目にもの見せてくれるわ。

 こんな感情が出るほどに、私はお怒りですよ。



 私は無言で帰りました。ルッカさんも「さようなら。じゃあ、またね、バイバイ」とか言いながら空に飛んでいきました。

 「監視したら殺す。いえ、今すぐ殺したい」という私の言葉は届いたのでしょうか。ルッカさんは夜空に消え、魔力感知的にも私を離れていった事が分かりました。



 私は頭を冷やします。冷静にならなければいけません。復讐の遂行のためには。



 まずは奴等を集めるか。

 しかし、もう時間が遅い。ヤギ頭の集会も終わった頃でしょう。間に合えば良いのですが。


 急いだ私は篭に満載にしたパンを前に持って、宴の広場に向かいます。

 地下へ降りる階段は一気に跳んで時間を節約です。それから、地面をギュッと強く踏んで再加速。篭からパンが落ちそうになったのを頭突きで戻します。


 どうやら、会はまだ続いている様でした。ヤギ頭の説教が長引いた様ですね。でかした、ヤギ!


 勢いよく扉を開け、皆の注目を集めます。


「どうされましたか、巫女よ?」


 ヤギ頭を無視して、私はパンを皆に配ります。とりあえずはやる事をやってからです。

 獣人の彼らにとっては何日も口にしていなかったかもしれない物です。涙を流して感謝を言う方もいらっしゃいました。


 最後に私はヤギ頭会長の横に立ち、明日の集合場所を伝えました。明日の宴はここじゃありませんと。


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