ルッカさんの過去話
私は一枚肉をフォークにぶっ刺し、そのまま口に運びます。滴る肉汁がテーブルに落ちていきました。
「きったないわね。そんなじゃ、男の人に引かれるわよ」
「別に良いですよ。私には聖竜様がいますし」
筋の多い肉ですので、よく咀嚼します。
ルッカさんは匙でスープを掬いました。
「ルッカさんの下僕って、今は何をしてるんですか?」
「皆、元気よ。シャールの二人は街の外のアジトに戻り次第に殺されたみたいだけど」
誰だっけ……。シャールの二人?
あっ、アデリーナ様が毒物に犯されて、頭だけ幼児化事件の時のか。確かに襲撃されたんですよね。
そっかぁ。あの時の黒いローブの刺客の人達、殺されてたんだ。
うん、特に何とも思わないです。
「何だったですかね、あれ。そう言えば、あの日の朝も、アデリーナ様と私は襲われたんですよ。同じ様な黒いローブの人でした」
「あら、初耳ね」
大した事じゃ有りませんでしたから。それよりも、あの後ですよ。伯爵のお城を破壊してしまって、とても焦りました。
「どうなったんだろうな、あの人。確か、首まで埋めて墓場に置いてきたんですよ」
「異常で残酷な事をサラッと言うのね。私、スケアリー」
うん、でも、どうでも良いことですよね。また、アデリーナ様にお訊きしようかな。それとも、兵隊さんに引き渡したから、ヘルマンさん経由であの兵隊さんに尋ねた方が早いかな。
「――そう言えば、巫女さん、あのロブスターの獣人の女の子は、どうしたのよ?」
ミーナちゃんの事ですね。そっか、ルッカさんはあの時も見てたんだ。
「蟹……じゃないや、ザリガニらしいですよ。マイアさんが言ってました」
「あぁ、じゃあ、彼女の所に運んだのね。なら、セーフティよ。私も降りていこうかと悩んでいたの。巫女さん、すぐに転移するから、流石の私も追いきれないのよね」
そうですね。ルッカさんに助けてもらう手も有りましたか。うん、フロンもふーみゃんにしてくれたんですよね。
あれ、でも、どういう事なんでしょうか。
「マイアさんはミーナちゃんの獣人化をリンシャルの魔力を入れることで阻止しました。でも、ルッカさんは吸血みたいな感じで、王都の兵隊さんの獣人を人間にしていませんでしたか?」
「ん? マイアさんのはよく分からないわね。私は魔力を吸ってるだけよ」
「えっ、じゃあ、体内の魔力が補充されたら、元に戻ってしまいますね」
「そうよ。でも、獣人さんの魔力を抜くって難しいのよ。私はスペシャルなのよ」
まぁ、そうですよね。ルッカさんが特別なのは認めます。簡単に抜くことが出来れば、ヤギ頭とかも苦労せずに生活出来ていたと思います。
「ルッカさんが獣人を人間に戻し続ければ良いんじゃないですか? ほら、獣人の人、ニラさんとか人間になりたがっている気がしますし」
「あはは。それ、千年前かな。やったのよ」
は? ルッカさんって五百年前に生まれたんだと思ってました……。
「千年前の偽りの巫女フルって知ってる? 私なのよ。シャールの獣人をね、人間にしてたら、吸い過ぎて私自身が暴走して、溜めた魔力を放出したみたいで、大変なことになっちゃった」
……アデリーナ様に聞いた話と少し違うな。
確か、偽りの巫女は庶民出身で、聖竜様が見出した人で、詳しく知らないけど、マイアさんの再来とかで、皆に支持された人です。でも、当時は竜の巫女には貴族の人しかなれなくて、聖竜様の使いを名乗った彼女は処刑されたのです。
それで、アデリーナ様曰く、その時に聖竜様はお怒りになられて、神殿の巫女を全て獣人にされたのです。
そんな物語をルッカさんに伝えました。
「えー、そんなストーリーになってるの? 違うわよ」
理由はおっしゃられなかったのですが、ルッカさんは旅をしていました。その中で立ち寄ったシャールで聖竜様の伝説を知ります。
お金になると踏んだルッカさんは、マイアさんの再来を名乗って、強めの回復魔法で治療したり、魔物を倒したりしていました。そして、お布施を頂くのです。
当時のルッカさんは今よりも俗物的な人だったみたいですね。
さて、その過程で獣人の魔力を抜いて人間にするパフォーマンスは、ルッカさんが聖竜様の使いだと勘違いさせるのに効果的でした。
ルッカさんはシャールの郊外に大邸宅を作り上げるまでになりました。しかし、その栄華も突然に崩れます。
竜神殿とのいざこざも有ったのですが、それよりもルッカさんが体内の魔力に耐えきれず暴走してしまったのです。
ルッカさんにも詳しく覚えていないとの事ですが、その際に神殿を襲っていたらしく、下僕化していた獣人とか人間が竜の神殿と巫女を破壊尽くしたそうです。
人間にした獣人も身から溢れた魔力で元に戻っただろうねと彼女は付け加えます。
メチャヤバです。
千年前だし、今のルッカさんが聖竜様に悪意を持たれていないので咎めるまではしませんが、人は変わるものなのですね。
いやはや、ルッカさんも魔族でした。今と違って、魔族らしく悪辣な時期があったのかもしれませんね。
アデリーナ様から聞いた顛末と違うって指摘したら、五百年前に復活した際に、王族に頼んで書き換えたとか言いやがりました。
やりたい放題でもあります。
「魔力を吸わなきゃ良いじゃないですか?」
私は的確に真っ当なフツーの意見を言います。
「そうは言うけどね、私は吸血鬼だし。それに魔力を吸うって気持ち良いのよ。分かる? こう頭の中が痺れて、体が浮くようなハッピーな気持ちになれちゃうのよ。我慢するのは辛いわよ」
良くないお薬みたいです。
「もう最近は魔族の魔力じゃないと満足できないから、あの猫さんが楽しみなのよ。獣人とか人間は薄くて、味気ないのよ。ノンテイストよ」
えー、ルッカさんはコッテン村ではコリーさんに次ぐ常識枠の人だと思っていました。まさか、ジャンキーだったとは……。見た目通りじゃないですか!?
ルッカさんは続けます。
気付いたら封印されていて、五百年後だったと。
正直、雑な説明だと思いました。が、ご本人が覚えていないのですから仕方御座いませんね。
「それで、私、聖竜様にお会いして許可を貰って、正式に聖竜様の使いになろうと思ったわけ。それが今から五百年前よ」
ふーん、ルッカさんも若い時は魔族っぽい感じだったって事ですね。全然、畏敬の念とかないものね。
「あっ、串焼き追加ね。あと、水も」
ルッカさんの唐突な追加注文です。
……お酒……。
でも、私は贅沢を言えないことに気付いていました。残念です。
お金を持ってきていません。ここはルッカさんの奢りに決まりました、私の心の中では。
さて、訊いてもいないのにルッカさんは続けます。
「私、頑張って竜語を覚えたのよ」
「どうやってですか?」
「当時の大賢者って呼ばれている人からよ。まぁ、正確には魔法の力だから、私の努力は少ないんだけどさ。聞いてる、巫女さん? アテンションプリーズよ」
すみません。肉が固くてカミカミしてました。
「もう良いですよ。何だかんだあって、聖竜様にお会いしたんでしょ?」
「えー、連れないわね。ショックよ。折角なんだから喋らせてよ」
ルッカさんよりも早く、私は生まれたかったです。そうであれば、私が聖竜様の一番の使いとなれたのに。
そんな悔しいお話は聞きたくないので打ち切りで御座いますよ。
「ルッカさん、デュランの聖女もやっていたでしょ?」
「えー、よく知ってるわね。あっ、昔の日記とか読んでたものね。アレか。サプライズよね」
私、クリスラさんの宮殿の奥深くで読んでたのに、透視出来ていたのかよ。どれだけ高性能な魔族なんですか!
「あの時は、聖竜様がね、マイアさんの様子を知りたいって言うから、デュランの偉い人達に噛み付いて下僕化して、聖女になったのよ」
おいっ!? 「なったのよ」って簡単に言いましたが、吸血鬼に負けたんですか、当時の聖女と取り巻きは!?
物語ならバッドエンディングじゃないですか!
「あの時も大変だったなぁ。その腕輪で豊穣の間だったかしら、そこに飛んで、でも、マイアさんは霊体で精神魔法をバンバン掛けてくるしで、私、苦労したのよ」
「えー、そんな感じだったんですか、マイアさん?」
「そうよ。だから、私、コッテン村に戻る飛行魔法中も緊張してたんだから。皆、クレイジーよね。マイアさんは私を覚えていなかったし」
「リンシャルに汚れた魔力を与えたとか書かれてましたよ、ルッカさん」
「もう誤解も甚だしいわね。私、ちょっとアングリーよ。その腕輪を使ってると魔力が上がるのよね。で、私、リンシャルを産んじゃったのよ」
は? 衝撃的な事を今、言いました?
「勿論、孕んじゃなくて、たぶん、暴走したんだろうなぁ。気付いたら、大きな狐がいて、私、剣で戦っていたわ」
えー、あの気持ち悪いの、ルッカさんが大元でしたか……。
「あれ以来、リンシャル系の魔法は使えなくなったのよね。マイアの再来って、私、呼ばれていたのに」
「それ、絶対に聖女に言わない方が良いですよ。クリスラさんなんかリンシャルの事をまだ崇拝している雰囲気でしたもの」
「魅惑魔法に掛かってるのかもよ。私の得意魔法の一つだったし、リンシャルも使えると思う。とってもデンジャラス」
えー、怖いなぁ。
精神魔法とか、絶対にダメですよ。発動したら、私でも苦戦する気がします。
「――聞いていたら、アレですね。ルッカさん、完全に王国の仇敵ですよね……。私、怖いですよ。身内にこんな悪逆非道な人がいたなんて」
「そんな事言わないでよー。ほら、巫女さん、私が暴走しても止めてくれたじゃない。今回は大丈夫だと思うんだ、私」
「……五百年間隔で言語や文字体型が大きく変わってるんですよ。もしかして、ルッカさんが関わってます? ……出てくる度に国を滅ぼしてませんか?」
言語についてはデュランの書庫で気付いた事です。ただ、ルッカさんが意外に大物で、且つ、世の中を滅茶苦茶にしているのを知ったので、関連付けしてしまいますよ……。
「封印中の出来事だから、よく分からないわよ。でも、五百年前は自分から牢に入ったのよ」
「いや、でも、それ、マイアさんとかリンシャルの精神魔法の影響かもしれませんよ?」
「あっ! 巫女さん、あったま良い!」
マジかよ……。
否定できなくなりましたよ。いえ、私の頭脳は勿論良いのですが、本人に意識がないだけで、ルッカさんは本当に王国の仇敵かもしれません。
私、そんな奴に危険だからって監視されてたんですか!? すっごく不本意です。
「お待たせしました」
ルッカさんのオーダーが来た様です。ふむ、鶏肉の串焼きですね。塩が効いて旨そうです。
「恐怖を感じてきたので、話を戻しますが、コッテン村の下僕たちはどうしたんですか?」
私は串を口に運びながら訊きます。村を襲ってきた粗暴な人達を撃退した後、ルッカさんが下僕化したのです。確か、そのまま村に置いてきました。
ルッカさんも私と同様に食べながら喋ります。
「あら、デリシャス。もう一皿、お願いね。うーん、皆、元気よ。私の指示通りに森を開拓してるわね」
「良かったです。もうルッカさんの食料として消費されたのかと思っていました」
「私を何だと思っているのよ? ほんとに巫女さんは失礼よね」
「魔族。しかも、話を聞いていると極悪のヤツだと思いますよ」
「まぁ、シャラップって言いたくなるわね」
「――ルッカさん、メリナ公式ファンクラブって知っていますか?」
「は? あっ、知ってるわよ。上から聞いてたから」
「あれ、何ですかね? 勝手に作られて気持ち悪いんですけど」
「私もそう思うわよ。でも、作ったニラさんに聞きなさいよ」
そっかぁ、ニラさんが発案でしたね。でも、許可したのはアデリーナ様で、人選とかもアデリーナ様だと思うんです。
「どんな活動をしているか見ていませんか? 私の髪の毛の収集とか、足跡を舐めるとかしてません?」
「……それ、もう呪ってるレベルじゃないの。コッテン村の下僕も入れられて、カッヘルさん達に土木工事を命じられてたわよ」
「……すみません、カッヘルって誰でしたか?」
このタイミングで再追加の串焼きがやって来ました。もう一本くらい頂いておこうと私は手を伸ばします。
何故か店員さんの視線を感じました。ちょっと自分の食い意地が恥ずかしいです。
「もう忘れたの? ほら、王都の兵隊さんのカッヘルさんよ。コッテン村に滞在してるでしょ?」
あぁ! アデリーナ様に四肢を矢で貫かれていた人ですね!
そっかぁ、カッヘルさん、そうでしたね。お元気かな。
「カッヘルって、ペルレ・カッヘルですか!?」
店員さんが興奮気味に食い付いて来ました。ただ、フルネームは私、知らないんですよね。ルッカさんにお任せします。
「ど、どうなんですか!? 彼は生きているんですか!?」
「ちょ、ちょっと待ってね。ウェイトよ、店員さん。今、下僕に聞いてみるから」
……ルッカさん、焦りすぎて、一般の人に下僕の件とか普通に口にしてしまいましたよ。でも、店員さんも我を忘れているご様子で、気にも止めていません。
「うん、ペルレ・カッヘルだね。お住まいは月光通りだって。これでオッケー?」
「しゅ、主人の所に案内してくださいっ! お願いします!」
深くお辞儀をされて、私とルッカさんは目を合わせます。カッヘルさん、ご結婚されていたんですか。しかも、お子様まで生まれる予定で。
本当に良かったですね。
アデリーナ様やお母さんに殺されなくて。
「それではお手を拝借」
私の片手を店員さん、別の方をルッカさんが握ります。ルッカさんは串焼きの皿も持っていますね。
では、転移。
コッテン村に着きました。
情報過多ですみませんm(__)m
閑話でやろうとしたルッカさんの昔話を一気に放出しました……




