ガールズトーク
私達は酒場に入りました。適当に通りをぶらぶらしていて見付けたお店です。
私、慣れぬ場所で少しだけドキドキしましたが、ルッカさんが率先して入っていったのです。さすが、見た目通り、こういった場末が似合う女性です。
下手しなくても、そういうお商売の女性っぽいなって見えますもの。聖女の対極にいる者ですね。
あっ、でも、五百年くらい前に聖女になられていたんでしたっけ。
お昼下がりのこんな時間ですので、他のお客さんは少ないです。しかし、お酒様の匂いがぷーんと鼻を付きます。
うふふ、それだけで私、心が弾みます。
お久しぶりです、お酒様。ガランガドーに裏切られて傷心の私を癒すのは聖竜様とあなた様だけで御座います。
ルッカさんが空いているテーブルを選んで席に座ります。幾人か他のお客さんがいらっしゃって、独りで騒いでいる赤ら顔の人とか、カウンターに突っ伏している人とか、ちょっと私には相応しくないお店なのですが、致し方有りません。
お酒様と再開するのですから、我慢です。
「昼間からお酒ってダメ人間よね? そう思わない?」
席に付くなり、ルッカさんからの牽制です。
「そうですか? それだけ悩みの多い人もいるという事ではないでしょうか。私は心が痛いです。そういった方々こそ救うべきですし、それが我々の役目です。だから、見た目だとかの表面だけで判断するのは竜の巫女として失格だと、私は強く主張します。真理を見詰めましょう。だから、ルッカさんは今の発言を皆に謝ってください」
ちょっと熱が入りました。
昼間からの飲んだくれなんか社会に不要です。でも、私にはお酒様が必要なんです。
「えっ……そうね。ごめんなさい。ソーリーよ。まさか、巫女さんがそんな博愛的な思考を持っていたなんて、私、誤解してたわ」
「私に謝らないで下さい。皆さんに謝るのですよ」
さぁ、謝罪として全員にお酒を奢るのですっ!
「うん、そうね。お酒に逃げたい人もいるか……。でも、謝るって言っても――」
もう一押しでルッカさんが落ちそうな所で、人影が見えて、彼女は言葉を止めました。
邪魔が入ったのです。
注文を取りに来た店員の人、残念ですよ。
「お食事ですか? お酒ですか?」
その言葉を聞くなり、私は事前に察しました。あの呪詛『お酒は毒です。もう二度と飲みません』がきっと喉の奥から飛び出て来ます。
しかしながら、私は遂に打ち勝ったのです!
自分の首を思っきり両手で締めることにより、物理的に発声を止めました!
その代償に私はゲホゲホと咳き込みます。
「ちょっ! 巫女さん、何をしているのよ!? とってもクレイジーよ!」
「だ、大丈夫です……。食事の前の挨拶みたいなものです」
「どこの風習よ!?」
「私の為に生まれ殺された生き物に懺悔をしたのです。そして、食べ物に感謝するのですよ」
「はぁ? ホワッ? あれかな。怪しげな集会に毎晩行ってたわよね? その影響? ダメよ、巫女さん」
チッ。ヤギ頭め、お前のせいで要らぬ突っ込みが来ましたよ。
「そんなのまで見ていたんですか? ちょっと私、怖いんですけど。もしかしたら私の排便姿さえも観察されていたのかと思うと殺したくなります」
「私だって見たくはないわよ。見ないわよ」
「……すみません、ご注文は?」
あぁ、すみません。ルッカさんが余計なことしか言わないので、ご迷惑をお掛けしましたね。私はとりあえず、壁に貼ってあるメニューに目を遣ります。
お酒、有りますよねー。
喉がゴクリと鳴ります。
「あっ、巫女さん、お酒無しよ。前に大変な事になったでしょ? 私、タイアードだったのよ」
ふん。無視です。
私は猛る喉を潤したいだけです。
「注文ね、肉と水とパン、それからスープを二人分プリーズ」
ルッカは勝手に注文しやがりました。しかも、肉って。一体、何の肉ですか? 牛と鶏じゃ、事前の心の準備が異なるんですよ。
牛が食べたいなぁって時に鶏が出てきたら、とっても肩透かしで、残念な気持ちになった事が無いんですか!?
腹パンです! 絶対に腹パンで制裁ですよ!
店員さんは注文を受けて、カウンターの方に向かいました。私が追加でお酒を頼む間もなくです。
彼女は一人で切り盛りしているみたいで、すぐに調理に入りたかったのかな。
この時間だから客も少ないのですが、それでも客が全く入って来ない訳じゃないんですよね。私達の料理を用意している間にも扉が開いて、その客から注文を取ったりしていました。
仕事を回すのに二人も要らない、でも、一人だと忙しい、そんな感じかなぁとか思いました。
「あら? あの店員さん、妊娠しているのね」
「そうなんですか?」
あっ、確かに。お腹が少し膨らんでいます。お腹の中の子の魔力も見ます。
うん、ちゃんと生きてますね。頑張れー。早く大きくなるんですよ。そして、お母さんとお父さんに元気な姿をお見せくださいね。
あの店員さん、安定期に入っていたら良いんだけど、立ち仕事は辛くないかな。
「巫女さん、本当に小さな子供とか赤ん坊とか好きね。そんな優しい目も出来るんだ。サプライズよね」
だ、か、らっ! ルッカさんは私を悪鬼か何かと勘違いしてませんかね。
「聖竜様との子供なんて、どんな素晴らしいだろうと思います。私色に染め上げて見せますよ」
「んー、想像すると、妙に胸騒ぎするわね。世界が大きくチェンジしそう」
「はい。愛の力ですね」
ここで、ルッカさんが顔を近付けて、私に小声で喋りかけます。対面する形で腰掛けていますので、ルッカさんが前のめりになった分、彼女のご自慢の胸がテーブルに圧迫されて、変形します。イヤらしいです。
グレッグさんなら、赤面しながら視線を固定しそうです。
「……張られてるわよ。今日は人数が多い……」
?
「後から入ってきた二人、王都の情報局とかいう所の関係だと思う」
「そうなんですか? ルッカさん、怪しいですものね」
「見張られてるのは巫女さんに決まっているでしょ。こんな時はどうするか知ってる?」
「はい。知っている事を吐かす為に殴ったりして、それから殺します」
お父さんのスパイ小説で読んだことがあります。不思議と拷問の描写が詳細で、捕まった女主人公さんが苦しんでいました。むしろ、話の筋よりそっちに力点が置かれている本でしたね。
お母さんの前で読んでいたら、お父さんが泣きそうな顔をしていたのを覚えています。
「知っていますか、ルッカさん? 裸にされて吊るされたりもするんですよ。おっぱいやお尻も揉まれます」
「……何の知識よ……。驚きを越えての絶句よ。それに、私が訊きたいのは、見張られている側の話よ」
有無を言わずに殺したら良いんじゃないですかね。ほら、ガランガドーの餌にもなりますし。あっ、お得意の死を運ぶ所が見れますよ。どんな顔をして運ぶのでしょう。絶対に爆笑できる光景だと思います。
あぁ、でも、どうだろうなぁ。
他にも仲間がいる風な感じでしたよね。ルッカさんの言いっぷりだと。
見えるのは二人だけですが、外にもいるのか。人知れずに殺すってのが難しいかもしれないか。楽欲の間に放置にしても、突然の行方不明も怪しさ爆発ですものね。
「このまま、見張りしてもらって良いんじゃないですかね。私、悪いことしてませんし、これからもしませんし」
「えー、そう思える根性が凄いわ。でも、そうね。見張れば見張るほど、巫女さんをどうにかしようなんて諦めるわね。クレイジーだもの」
お褒め頂き有り難う御座います、とでも言えば宜しいですか? 私、アデリーナ様並みにこめかみがピクピクしてますよ。
ルッカさん、姿勢も元に戻しました。続ける言葉も、もう小声では有りません。
「シャール反逆の原因、王都軍への攻撃、王に対する襲撃、聖女の位の簒奪、パン工房の占拠、小麦粉の略奪、邪教への参加。何回、死刑になりたいのよ?」
きゃっ。
記憶の奥底に沈めていた事件も掘り起こして来ましたね。私、照れます。
でも、聖女の件はデュランの人達は納得されていましたし、工房は別に私の物としていません。
「軍への攻撃ってルッカさんも同罪ですよ。滅茶苦茶に兵隊さんに噛み付いていたじゃないですか?」
「あっ、だからかな。私とあなたの二人が揃ったから警戒させたのかしら。巫女さん、王都に入った時から見張られたのよ。でも、ここまで露骨じゃなかったわ」
えー、そうなんですか。
ビーチャとデニスを最初に教育した日なんか、誰にも見られないように魔力感知で調べたんだけどなぁ。
私の感知できる領域が狭すぎるって事か。
このタイミングで私達の料理が運ばれてきました。チャンスです。
「巫女さん、お酒はダメよ」
チャンスは潰されました。しかし、ならば、搦め手です。
「あちらの二人にお酒の差し入れをお願いします。もちろん、代金はこちら持ちですから」
私は店員さんに見張りらしき二人にお酒を持っていく様にお願いしました。
「えっ。はい……。良いんですか?」
私は黙って頷きます。
うふふ、彼らとは誤解があるかもしれませんからね。お酒でも入れながら語らえば、お互いに分かり合えるかもしれません。
そして、更に、私には思惑が有るのですっ!
「まぁ、こっちも分かっていると意思表示するのも悪くはない手ね。クレバーよ、巫女さん」
「最悪、ルッカさんが噛み付いて下僕にすれば良いですしね」
「それもそうね」
私達は湯気を立てるお料理を頂きます。うん、不味くも上手くもないです! 普通です! なんだろ、香辛料が物足りないんじゃないかなぁ。
鼠よりは美味しいんですけど、ちょっと私も舌が越えてきたのかもしれません。
「――コッテン村にアデリーナ草って生えていたじゃないですか?」
「へ? どんなだったっけ? 私、アンノーンよ」
「ほら、舌をベロリンと垂らした黄色い花弁のヤツ。ケイトさんが村の外で繁殖させようとしていたの、見てません?」
「あぁ、アレね。根っこで歩くヤツでしょ?」
「あの舌が美味しいんですよ。王都で売ったら儲かりますかね?」
「うーん、魔物の肉って魔力が抜けたら美味しくなくなるのも有るのよねぇ。どうなんでしょう」
私達は見張りの人を気にしないことにしました。我々のお酒を受け取っていましたから。
さぁ、早く、私達にお礼のお酒を返すのですよ。チラッ、チラッと私は彼らの動きを見張ります。
しかし、中々に動きません。私、焦れったいです。流石に返礼ならルッカさんも固いことを言わないでしょう。それが私の作戦です。
「本当に見張りなんですか? 普通に食事してますよ、あの人達」
「あれー? 違ったのかな。でも、工房から付いてきていたのよ。もしかしたら、末端の人かな」
あぁ、シャプラさんみたいに自分で気付かない内に協力させられているパターンですか。目的を聞かされないまま、お金を貰っていたりしているのかもしれません。
うん、仕草とかも普通の街の人の動きです。そういう事なんでしょうね。
「――昔さ、巫女さんに聖竜様のご加護が有るって言ったの、覚えてる?」
「えぇ、アデリーナ様が毒物で頭がおかしくなっていた時ですよね?」
「トンでもない表現は止めてあげなさいよ。それさ、ガランガドーっていうさっきの竜じゃないのかしら?」
…………その可能性は否定できない……………。
私、聖竜様のご加護に何て事をしたのでしょうか。いや、確定では無いのですよ。
ガランガドーが嘘を言っていなければ、聖竜様が私にガランガドーを授けました。
それを私は断頭しまくった上に、先程は半分以上が油分の何かを食べさせてしまいました。
くっ! 何たる不覚でしょうか!?
「ガランガドーさんに、また聞いておきますね」
「軽いわねぇ」
えー、ちゃんと敬意を持って『さん』付けしましたよ。あと、ガランガドーさんが何か悪意を持っていたのは事実ですし。




