鳥さん
ガランガドーとの死闘を終えた私は、マイアさん達と一緒に元の世界に戻りました。
腕輪はミーナちゃんが私に返してくれまして、今は私が装着しております。
マイアさんが何か言いたげでしたが、それを抑えて自分を言い聞かせる様に首を振っただけで口は開きませんでした。
きっと私がガランガドーの下腹部を確認していた事を咎めたかったのだと思います。でも、ミーナちゃんの手前、直接言うことを躊躇されたのではと感じました。
ちゃんと私から説明した方が宜しいのでしょうか。雌か雄か確認したかったし、もしも、ヤツが雄でも聖竜様が雄化魔法を覚えるのに参考になるかなと考えたまでですからね。
マイアさんなら分かってくれると思います。
若しくは、私が裸で腕輪だけ嵌めている姿が美しすぎたのかもしれません。声にならない程の芸術的な裸体でしたか。
……いえ、これは私の強がりです。私のモジャモジャは人並みだったでしょうか。もしかして、マイアさんの躊躇いがモジャモジャの件について物申したいだったらと不安になります。
さて、私は昨日の間に王都へ転移しております。
今日のパン工房はお休みとしました。私、流石に疲れていますからね。こちらでは一日しか経っていないのですが、楽欲の間の時間の進みがこっちの世界と異なりますので、私自身は何日も休み無しだったんで御座います。
工房の皆様は真面目で、私が休日を差し上げたのに残念な顔をしていました。そんなにお仕事が好きなのでしょうか。
私ならアシュリンさんから「おい! 明日は休みだっ!」なんて言われたら、飛び跳ねて大喜びです。
その日の内から金貨を握って街に繰り出しますよ。
そんな訳で私は日がな一日、工房の屋根に寝っ転がって、日向ぼっこに専念しています。
やっぱり太陽の光は宜しいですね。とっても健康的です。王都は台地の上に築かれているので風も通って気持ち良いです。
鳥さんも気持ち良さそうにお空を飛んでますね。自由ってサイコーです。
……貴族街の方は見ません。小麦粉の件は自由過ぎました。パットさんが上手に仔細を片付けたと信じています。店長が処刑されたという話も聞きませんし大丈夫でしょう。うん、少なくとも私は関係のないという態度をしておきましょうね。
さあさあ、不穏な事は忘れましょう。
もう少し寝たら、あの邪教のヤギ頭にパンでも持っていって皆に食べて貰いましょうかね。
んー、しかし、あの鳥さん、ずっと飛んでいるなぁ。空高く円を描いているのですが、私を狙っているんじゃないでしょうね。
逆に、私が捕らえて、今晩の夕食に並べますよ。
!?
私は気紛れに魔力感知をその鳥に向けました。かなりの距離ですが、ガランガドーの断頭を繰り返した為に、私も成長していたのでしょう。見事にその魔力が分かったのです!
ルッカかよ!?
あの鳥、鳥じゃなくてルッカさん!?
今思えば、ビーチャと貴族街に入った時にも見ましたよ。
あいつ、あの時から私を見ていた?
転移の腕輪を用いて上空へ。
それからルッカさんの、胸の部分が特に卑猥な服の袖を掴んで、地上へ戻ります。
「あら、巫女さん。ロングタイムノーシーだったわね」
はあ?
お前、絶対に私を監視してたでしょ?
あっ、ダメだ。ガランガドーとはずっと心の中で会話していたので、癖になっています。
気を取り直して私は喋ります。落ち着きも必要ですし。
「お久しぶりです。ルッカさんは何をしていたのですか?」
「散歩よ。私、リフレッシュ」
笑いながら答えるルッカさん。
見え透いた嘘ですこと。
「……なら良いんですよ。ところで、小麦粉の件、どうなりましたか?」
「もう本当にクレイジーよ。巫女長さんも何をしてくれているのかしら。私、サプライズド」
……知ってんじゃん。もう少し見てないって隠せよ。
私はパン工房の中へと彼女を案内して、腹パンです。軽くですよ。お遊びです。
お腹に空洞を作った訳じゃ有りません。
だから、四つん這いになって涎を垂らすほどに苦しまないで下さい、ルッカさん。私、背中を擦って差し上げますから。
「み、巫女さん、また強くなってるじゃない。私、アンビリーバボー」
「ルッカさんはタフだから多少は大丈夫かなって」
「私を化け物みたいに思わないでよ。アノーイングよ」
ルッカさんの外国語はたまに何を意味するのか不明な時がありますね。気にしませんけど。
「で、いつから私を見てたんですか?」
「えー、怒らない?」
「コッテン村からシャールに戻った時からでしょう。私、そう思っています」
そう、シャールの街に入る前にルッカさんはどっかに飛んで行ったのです。
明日からもお仕事があるかもしれないのに、この自由人めって、私は思ったものです。魔物駆除殲滅部の先輩としては、鉄拳制裁を一発決めなくてはならないなと考えていました。それが先程の腹パンです。
「当たりー! さすが、巫女さん」
あ? 何ですか、その笑顔。
仕事をサボり続けている貴様に、もう一発、鉄拳をぶちかましますよ。
しかし、私は優しいのです。
昨夕に早速作った油浸しパンをルッカさんに手渡します。
「わっ! ベットベットなんだけど!? これ、何? 新しいウェポン?」
食べ物ですよ。黙って味見をお願いします。
「うわー、ちょ、巫女さん。滴が服に落ちる。ダーティ、ダーティウェポンよ。この服、高いんだから」
嘘つきなさい。
あなたは魔族で、初めて出会った時に、その服を魔法的に力で出していたでしょうに。
高いどころか、無料ですよ。
「それで、ルッカさん、上から私を監視してました?」
「まぁ、巫女さん、冴えてる! 意外にクレバー」
やはり、そうですか……。
しかし、何故でしょう?
将来の嫁である私の身辺調査を聖竜様に依頼された、それが最も可能性が高いと思われます。
むしろ、それしか理由は無さそうです。
「目的を訊いても良いですか?」
「えぇ。でも、聖竜様は関係ないわよ。それは先に言っておくね。私、何だか妙にスケアードだから」
何っ!?
じゃあ、理由を訊いた意味も無くなりましたよ! ルッカさんの覗き趣味なんて耳にしたくも有りません。
しかし、ルッカさんは続けて説明しました。私の意思は無視です。
私の魔力が転移の度に増大していて、いつか暴走するのではと危惧したと、彼女は言います。聖竜様にブドウの汁をあげた時に気付かれたそうです。
それで、いつか私が自分の魔力量に負けて暴れだしたら、すぐに魔力を抜けるように見張ってくれていたらしいのです。
それ、私はルッカさんに噛み付かれるんですよね。ありがた迷惑です。
「巫女さんの事を見くびってたわ、私。どれだけの魔力を体に蓄えられるのよ。魔族の私よりも多いなんてウィアドね」
本当にルッカさんは何を意味するのか分からない外国語を使います。しかも、きっと今のは私の悪口ですよ。意味が分からないから、私は怒って殴ることも出来ません。
アシュリンさんなら関係なしにゴッツンですよ。優しい私で良かったですね、ルッカさん。
「……巫女さん、また魔力が増えてるわね」
「そうですか?」
んー、自分では分からないのですよね。
「自然な形で隠されているというか、外には漏れてこないんだけど、体の芯の部分がマジカルよ」
いや、マジカルって……。何ですか、軽妙な感じになってまくけど。
「人間なの、あなた?」
「マイアさん曰く、精霊らしいですよ」
「……は?」
「ほら、だから、こんな事も出来ます」
私は体の奥にある魔力をパンを作るテーブルの上に出します。それから丹念に捏ねて、伸ばして、また集めて塊にします。それを何回も繰り返して魔力に十分な粘りが出たところで、一気に圧縮し、鋭い光が発せられたかと思えば、現れたのは人の頭サイズのガランガドーです。
「はぁぁ!?」
「私の下僕ガランガドーです」
小さいサイズは作るのが難しいのですが、私に掛かれば、この通りです。
「とんでもないモンスターを聖竜様は見出していたみたいね」
「えぇ、ガランガドー、とんでもないモンスターでした」
「あなたの事よ。本当にクレイジー。そんな言葉じゃ足りないくらい。どうするのよ、このミニドラゴン?」
うふふ、簡単です。
「首を切って踏みつければ、消えますよ」
「スラッティ!」
でも、まぁ、今の私は機嫌良しなので、普通に消し去りましょう。魔力を散らすイメージで、えいっ。
「うわぁ、本当にクレイジー。ここまで来ると魔法じゃなくて手品みたい」
うふふ。天才パン職人ですから、魔力を捏ねることも得意なんですよ。
「ルッカさん、お腹が空いていませんか? 食べながらお話ししましょうよ」
「いいけど、このパンなのか油なのか分からない物はどうするのよ?」
ルッカさんが指先で持つパンから滴り落ちる油、大変に勿体無いです。
「食べて下さいよ。味見をして欲しいんです」
「えー、本気なの? アシュリンさんに頼みなさいよ」
結局、ルッカさんはパンを返して来ました。私も油で手が汚れるのは嫌なので、再度召喚したガランガドーに食べさせました。




