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やめて、やめなさいよ、やめてよ

 部屋に戻って、私はアシュリンさんに貰った革ブーツを磨く。布は部署の小屋にあったのを許可を頂いて借りた。というか、要らないらしくて、私のものになったの。


 今までの靴より全然走りやすい。午後からの神殿での走り込みでもアシュリンさんには追い付けなかったけど、断然速くなっている。

 石作りの神殿の床でもパカパカ音がしなくなったわ。それに細かい毛が裏地にあって、とても履き心地がいい。



 問題は素足で履いていることね。

 これ、絶対臭くなるわ。

 それは許せない! 絶対に。



 新しいのを手にして気付いたわ。靴は臭くなる。これが真理。最早、昼まで履いていた木靴は、私の中では汚物に近いものと化しているわ。一応、袋に入れて保管しているけど。



 悪臭が付くのを避けるにはどうしたら良いのかしら。教えて下さい、聖竜様。



 香水? いえ、色んな臭いが混ざって、この世に新しい何かが産み出されてしまう気がするわ。おぞましさに身震いするわね。



 臭いの元はきっと汗だと私は勘付く。それが靴に移らなければいいのよ、たぶん。

 だから、靴下が欲しい。寝間着よりもそれが欲しい。



 なぜ、走り込みをする前に気付かなかったのかしら。それなら裸足で走ったのに。


 大丈夫。今はまだ臭わない。

 再度の確認のために私は鼻に近付けて、今日貰ったばかりのブーツの中をクンクンする。うん、革の臭いしかしないわ。



 そこでガチャリと扉が開く。

 私はブーツをそのままに振り返る。

 なんだ、マリールか。ノックくらいしてよ。



「何してんの? 変態」


 はあ? 朝から自分の胸揉んでた人間が言うんじゃない。


「ブーツを嗅いでハアハア言ってるのなんか、変態しかいないじゃない」


 なるほど、そういう事ね。でも、ハアハアは言ってない。言ってなかったよね?



 マリールは自分のベッドに向かった。それから、靴を脱いで横たわった。疲れているのかしら。大の字になっている。

 ブーツを置いてからマリールに語り掛ける。あぁ、名残惜しいよ、革の匂いが。


「マリール、いえ、マリールさん。こちらのブーツは大変良い臭いがするのです。一緒に嗅がれませんか?」


「嫌に決まってるでしょ!」


 えー、でも、あなたの靴よりは絶対良い臭いがすると思うんだけどな。


 あっ、マリールは靴下履いている。

 靴下の効果を知りたいわ。


 私は立ち上がる。



「分かりました。代わりに私があなたの靴を嗅ぎましょう」


 マリールさん、慌てたように上半身を起こしてこっちを見たわ。


「何を言ってるのよ!? 何の代わりよ、メリナ! おかしいでしょ!!」


「いいんですよ、すぐに終わりますから。そこで寝転んでいて下さいな」


「いや、止めてっ」


 マリールが自分の靴を守ろうとする。

 でも、残念。そんな動きでは私に勝てないわよ。


 私は獲物を狙って素早く動く。これくらいの距離なら一跳びよ。

 マリールの手が床の靴に触れそうになるよりも早く、私は足先にマリールの靴の片方を引っ掛けた。


 そして、手にする。このマリールの少し使い込まれた靴を。崇高な検証のために。


「やめて、やめなさい、やめてよ、メリナ! そんなのおかしいよっ」


 ごめんなさい、マリール。

 これは私のエゴ。でも、もう戻れないの。靴下を買うべきかどうかの大事な瀬戸際なのよ。



 泣き顔のマリールを尻目に私はマリールの靴を顔に近付ける。

 ドキドキするわ、どんな臭いなのかしら。いえ、無臭であって欲しいわ。


 私は一気に鼻から吸う。「ダメーー!!」って言うマリールの叫び声が聞こえたわ。無視よ。




「案外、臭いわね。えぇ、臭いわ。むーん、ってする」


「黙れよ、この変質者!!」


 朝よりも強烈な枕を頂きました。



 私は丁重にマリールに謝る。

 がっかり感も強くて、必要以上に謝罪した気がするけど、マリールは頬を膨らませたまま、許してくれなかった。


 シェラが戻って来ると同時にマリールが泣き付いた。そして、私は怒られた。事情を説明したら、もう一度怒られた。

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