武闘派メイドさん
工房でのパン作りは順調で、今日は早めにデュランでの販売活動に入りました。
シャプラさんもご一緒です。
「はいはい、次代の聖女メリナがやって来ましたよー」
屋台の前で手を叩きながら、私は皆様にお知らせします。その間にシャプラさんがパンを並べていくのです。
今日も盛況です。金貨一枚でパン一個なのですが、飛ぶように売れていきます。王都でパットさんが払っていた通り、貴族様達にとっては金貨一枚くらい、安いものなのでしょうね。
何せ聖夜で私の服の臭いを嗅ぐのに金貨千枚とか支払っていたんですもの。
たまに「ゾビアス商店の服を買いました。聖女様と同じなんて恐れ多いですが嬉しいです」って感じの事を言う人達も出てきています。
マリールのご実家の為になっているなら、喜ばしい事ですね。
ヤギ頭に金貨を一枚与えましたが、獣人がそれを持っているだけで罰せられると言います。彼らは銅貨しか使えない身なのです。
私はシャプラさんにも渡していましたが、大丈夫でしょうか。彼女に尋ねましたが、知らなかったとのこと。
これまで貨幣を手にしたことも少なかったそうです。王都はダメですね。
シャプラさんにとっては危険がいっぱいです。
と言うことで、私はクリスラさんにシャプラさんのお世話をお願いすることにしました。彼女はここに住んで、パンの販売を手伝うのが良いですね。
シャールの聖竜様の神殿は巫女さんの住居しかなくてシャプラさんも居づらかったと思います。しかし、デュランの聖女の屋敷なら融通も効くと思うのです。近々、わたしがここの主になりますので。
「今日も……いっぱい……お金貰えたね……」
「そうですね! これもシャプラさんのお陰です」
「私……?」
「はい! シャプラさんはパンを篭に入れるのが速いです! 手元を見てないのに、綺麗に入れていくなんて、どこかで練習していたんですか」
「……恥ずかしい……」
まぁ、顔を赤くして可愛らしい。照れなくて宜しいのに。
さて、私達はクリスラさんの下へと向かいます。道は覚えていませんが、でっかい塔の中にいらっしゃるでしょう。
魔力感知の範囲外なのが残念ですよ。
三方を大きな石造りの建物で囲まれた庭園を進みます。正面が目指すべき塔なのですが、草と低木で作られた垣根が迷路みたいになっていて真っ直ぐには進めません。
歩き続けて、ある地点で思い出しました。デュランに着いて始めての日、この辺りでアントンがイルゼさんに絡まれたのです。
あの時は判断をミスりましたねぇ。イルゼさんに味方して、アントンの腹を殴り付けるべきでしたよ。
もしも時を遡る魔法があるのであれば、絶対に私はあの瞬間に戻りますね。
知った魔力を感知しました。クリスラさんではありませんし、コリーさんでもヘルマンさんでもありません。聖女候補だった方々でもなくて、ナイフ使いのメイドさんの魔力です。
あの人、本業はメイドでは無いらしいのですが、私が毎日デュランに通っている事を知って、フリフリのメイド服を再び身に付け始めたのですよね。
二十代半ば、いえ、前半くらいかな。若いのに、とても偉いクリスラさんの傍で仕えておられるのは凄いと思います。
目を伏せがちで控え目な第一印象だったのですが、実は強気な発言が多くて、私、何回か戸惑ったんですよねぇ。
箒を持った彼女は庭の落葉を集めている最中だったようです。私を認めて、軽く会釈され、話し掛けてくれました。
「メリナ様、お久しぶりで御座います」
「どうも。出店の許可とか色々有り難う御座いました」
彼女にはパンを売るための屋台も作って貰いました。口に含んだ釘をペッペッと木に刺していく姿、未だに忘れられません。
本来は大工さんなのでしょう。
「いえ、聖女様に仕える我らにとっては当たり前の事ですから。可能な限り、メリナ様の御意にも沿いたいと思っておりますので」
このメイドさん、聖女決定戦のトーナメントの前日に倒してから、本当に聞き分けが良くなりました。
「こちらの兎の獣人、シャプラさんの部屋をご用意して頂きたく存じます」
「分かりました。こちらへどうぞ。メリナ様は以前のお部屋でお待ち下さい」
メイドさんはシャプラさんを連れて、建屋の中に入って行かれました。私も言われた通りに、一番高い塔へと向かいます。
部屋には鍵が掛かっておらず、すんなりと入れました。まるで、私が訪問するのが分かっていたのかと思うくらいです。
ベッドに腰掛けて待っているとノックがあり、それに応えると、先程のメイドさんが現れました。ただ、私は魔力感知でどなたなのか、事前に分かっていました。
「メリナ様、シャプラ様のご案内は完了致しました」
「有り難う御座います。しばらく、彼女に部屋を貸して頂けますか?」
「…………メリナ様、失礼ですが、彼女との関係は?」
メイドさんは静かに訊いてきます。
当然、気になる所ですものね。
「今働いているパン屋の同僚です。毎日、お昼にデュランでパンを売る手伝いをしてもらっています」
「彼女は王都の情報局の犬です」
? 兎ですよ?
「頭皮に印が入っていました。注意しないと気付きませんが、逆に知っていると簡単に分かります。最末端の犬です」
犬っていうのは構成員っていう意味で使っているんでしょうね。
でも、シャプラさんが何のために? いえ、シャプラさんを何のために?
「私はデュランの暗部に所属しています。場合によっては、情報局とは敵対関係にも成り得ます。彼女についてお教え頂けないでしょうか?」
すぐに信じられるものではなくて、でも、私はメイドさんに正直に伝えます。
パン屋の工房に勤めていて、酷い待遇を受けていたこと、シャールで暮らして貰うつもりでしたが本人の希望で王都に戻ったこと、獣人を生け贄とする宗教に参加していること、パンの篭盛りが上手なこと、なんてのを喋りました。
「メリナ様への見張りという訳ではなさそうですね。なら、その宗教の方に探りを入れていたのでしょうか」
「シャプラさんは何と言っていましたか?」
このメイドさんは武闘派。それは、あの戦闘で分かっていまして、人を殺すことにも躊躇いはないと思います。私と闘った時も急所三ヶ所への同時ナイフ投げをして来ましたから。
シャプラさんに対しても既に何らかのアクションを取っていると思います。
「素直に喋り過ぎていたのですが、メリナ様と同じ内容でした。ご安心ください。既に彼女はメリナ様に強い恭敬の念を抱いておりました。裏切りはないでしょう」
うーん。
メイドさんの声は冷たくも感じて、少し怖いんですよね。眼も閉じてるし。
「犬と言っていましたが飼い主はいるのですか? 私、そいつを念のために殺しておこうと思うのですが……」
「本人は情報局に利用されている事を分かっていませんでしたが、印を入れたのはパン工房の人間です。名も聞きましたので、我ら暗部にお任せください。出来れば殺さずに利用します」
まぁ、怖い。アデリーナ様に通じるものをメイドさんは持たれていますわ。メリナ、恐怖で御座います。
「その方の名前は?」
「クルス」
あぁ、パン工房のボスだった人ですね!
一度も見た事ないんですよ。
これがビーチャとかだったら鉄拳制裁百連発でしたよ。
「メリナ様、お知り合いですか?」
「いえ。では、お任せしますね」
私はにっこり笑います。
そして、話題を変えます。少し気になることが有るのでした。
「暗部って、何か下半身のデリケートな箇所みたいな名前ですね」
「……ご冗談がお上手で」
ん?
冗談ではないのですが。
「こうなんでしょ、響きが卑猥だなって思いません? どうですか? 陰部みたいな――」
「メリナ様の感性は……何て申せば良いのか、独特で御座いますよね。では、また御用があれば仰って下さい」
私の言葉を遮って喋ってから、メイドさんはお辞儀をして出て行かれました。
私は一人で部屋に佇んで考えています。
暗部の事ではないです。
何だろうな。もっと大切なことを尋ねると言うか、彼女にお願いしないといけない事があったと思うんですよね。
アントニーナの事だったかな。いやぁ、でも、彼は彼の幸せに邁進して貰った方が良いかもしれないし。お料理も上手そうだったし、良いお嫁さんになられても良いですね。
あっ、思い出しました!
私はすぐに廊下へと飛び出ました。しかし、彼女の姿は見当たりません。魔力感知を使いますが、そちらでも見失った様です。




