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壁画

 ヤギ頭は静かに話し始めました。教育したばかりのデニスやビーチャと違い、声が震えたり、緊張したりといった事はありませんでした。

 性格に因るものなのか、辛い日々の中で得た耐性なのかは分かりません。



 最初は、貧窮した獣人の互助会でした。

 その日暮らしの彼らは、日によって得られる食料に多寡が有りました。場合によっては何も得られない日が続いたり、病気で寝込んだりすることもあります。弱者は強者に奪われる事も頻繁にあります。

 その状況に心を痛めた創始者が、近隣の有志を集めたのが始まりです。


 会に強制力は有りません。あくまで自力で生き残れない弱者達の集団で、その様な権力や権威はないからです。そもそも強い人なら、この苦しい生活から抜け出すことも出来るからです。それこそ、冒険者にでもなれば良いのです。


 会はメンバーを入れ替えながら細々と続いていました。損得勘定で抜け出る者もいましたし、過酷な生活の中でやはり死んでいく者も多かったのです。

 なお、創設者の方は物乞い中に殴り倒され、打ち所が悪くて、そのまま亡くなったそうです。


 この古い地下水路を探り当てたのは先代の会長さんです。通路さえも土に半分埋もれていたここを偶然見つけたのです。

 その会長さん、味覚も変化してしまいミミズが大好物だったそうで、毎日、地下を掘っていたのです。彼の貢献を讃えて、今も生ミミズが宴に用意されるのだそうです。


「何の獣人だったんですか?」


 モグラかな。


「シデムシでした」


 ……虫っぽいって事しか分からないなぁ。



「あの方は言葉を発することは出来ませんでしたが、強くて優しくて、特に子供への食料を分け与えることを再優先にしていました。偉大な方でした。私も子供の頃に救われたのです」


 ちょっとヤギ頭が目を潤ませながら言います。しかし、人間と比較すると大き過ぎる眼が怖いんですよねぇ。


「その方も頭部が虫だったのですか?」


「いえ、全体です。あっ、でも、足と手は人でしたね。大きな虫の足も一対、肩から生えていまして、それで土を器用に掘っていました」


 ……オロ部長タイプか。

 もう見た目的には魔物の域に入ってしまっているパターンですね。


 シデムシ会長はその姿形から地上には出て来れず、地下水路を(ねぐら)にしていました。知らない人が見れば、街に魔物が出現したと勘違いされて、速攻で駆除されてしまいますからね。ここもオロ部長と一緒ですか。


 さて、そのシデムシ会長も死んでしまいます。死因は毒殺。会の利権、特にこの地下水路の所有権の争いに巻き込まれたのです。寒さや雨を避けるにはうってつけの場所ですからね。


 その後、互助会は紆余曲折があって、現在のヤギ頭会長が治めているのです。


 会員の心を掌握出来なかったのがシデムシ会長の失敗だったと、ヤギ頭会長は考えました。

 そこで利用したのが宗教です。毎日の宴と竜を(まつ)る一体感、そして、罪悪の共通。

 月に一度、新月の日、死んだ方が幸せになれると説きながら、彼らは会員から選んだ一人を供物として殺していたのです。


「まさしく邪教ですね」


「否定はしません。……でも、死んだ方が安らかな、不幸な獣人もいるのです……」


「反対意見は出ないのですか?」


「……そんな考えを表した者は優先的に殺しました」


 暴力と集団圧力で支配ですか……。虫酸が走ります。やはり教育が必要でしたね。私の判断に間違いはありませんでした。



「……お宝が……あったの……。私も……それを見て信じて……」


 シャプラさんが仰います。

 ……あれですよね。シャプラさんも獣人の人を生け贄みたいに殺しているのを見ているんですよね。うーん、優しい人なんですけど、どう思って、そんな残酷な事を見過ごしていたのでしょう。



「こちらです」


 ヤギ頭は私が砕いた竜の像の瓦礫を手で払い除けます。そして、床石を持ち上げると、新たな階段が現れました。



 ヤギ頭は松明を片手に土を固めた階段を降りていきます。シャプラさんも続くので、私も二人を追います。

 実はもう帰りたいのですが、シャプラさんが行くから仕方ないのです。パン屋の朝は早いのですよ。



 魔力式の松明は粗悪品なのか古くなっているのか、魔力回路の動きが悪いのでしょう。手の振動で点滅を繰り返します。

 魔物の類いは感知していません。しかし、やはり視野を邪魔されるのは不愉快で、私は照明魔法を唱えます。


「その魔法、やはり聖竜様の生まれ変りでしょうか」


 ん?


「詳しく話しなさい」


 うふふ、ヤギ頭の人、円らなお目々が可愛らしいですね。あぁ、服がボロボロですね。後で、何か良いものを差し上げましょう。


「はい。我らが聖竜マハルンナジャの様です」


 はい! 死んで良し! その不逞なドラゴンを狩ってやりましょう。

 聖竜様の称号を騙るなど、500万年、いえ未来永劫に早いです。死罪確定です。



「我らの教義は人間への復讐です」


 さすが邪教。

 竜を殺した後に会員たちを殲滅致しましょう。

 ……ん? 竜?


 ガランガドーさんが私に体をくれなかった場合、彼らが信奉する竜の体を頂けば、私は竜になる事を諦めなくて済みます。

 それに、ガランガドーさんと交渉するに当たって別の選択肢を持っているならば、私に有利になり得ます。

 うふふ、ならば命を奪ってはなりませんね。教育です。私に絶対服従するように、その竜を躾してあげましょう。



「……メリナ……私は……あなたに救われた……。だから、この人達も救って……」


「へ? えっ、はい」


 すみません、他事を考えていてシャプラさんの呟きは聞き逃しました。とりあえず、返事をしておけば宜しいでしょう。



 地下深くまで階段を下り、ようやく広間へと着きました。

 シデムシ会長がこんな深い地下まで掘ったというのです。地下から金属的な遺物を発掘してお金に変える仕事をされていたとの事。

 そうそう簡単に狙いの物が出るわけでないので余り稼げませんが、確かに人目には付かなくて、彼には都合の良い職業だったのでしょう。



 それにしても、かなりの広間です。下は土か。靴がぬちゃってするくらい、湿り気が凄いです。



「どうぞ、お進みください」


 先を譲ったヤギ頭に促され、私は奥へ進む。同時に照明魔法を再び発動。


 正面の壁に埋もれた、大きな魔物の白骨死体が見えました。いや、絵なのでしょうか。立体感が有りませんし、異様に白いです。


 確かにドラゴン? 大きな翼はあるし、立派な鉤爪も見える。長い首と胸を包む湾曲した肋骨。でも、聖竜様やガランガドーさんと比較すると、面が細長くて、尻尾が短い気がします。

 これは……二流のドラゴンですね。ドラゴンにそんな優劣があるのか定かでは有りませんが、弱そうです。牙がありませんし。


「ご覧頂けましたか? これが我らの神で有ります」


 ふーん。まぁ、多少の魔力は入っていますね。でも、もう死んでます。動く死体みたいな感じでもありません。何せ絵ですから。



「……このマハルンナジャ様にお祈りをし、血肉と生命を幾度と捧げる事により復活なさるのです。そして、地上に棲む人間も我らも喰らい尽くし、新しい世界が創られます」


「……古い教えですか?」


「いえ、私が考えました」


 えー。


「……単なる気休めですよ。でも、私を含めて、皆、何かに縋りたかったんです」


 分からないでもないですが、人を殺す教義はねぇ……。


「人間を憎んではいけませんよ。いえ、何に対してもです。命令です」


 アデリーナ様みたいにそれっぽい事を言っておきましょう。憎悪や嫉妬は活力の素という考え方もありますけど。


「は、はい……。しかし、我らの苦しみは誰も分かってくれないのですね……。何のために生まれたのか……。私達は獣以下です……。祈り、呪う時だけが楽しかった……」


 グズグズ煩いヤツです。



「ヤギになりますか?」


「え?」


「あなたの体全体をヤギにしますか? 私なら出来ます」


 ミーナちゃんの蟹の腕から魔力を抜いた時の経験があります。ヤギ頭の魔力を抜いてから補充、それを繰り返すと全身がヤギになるでしょう。マイアさんが言っていました。

 あれ? 消滅するんだったかな。


「あなたが希望するなら、獣人ではなく獣にします。草を()んで家畜として生きるのが静穏だと言うのならです。人間も優しく飼育してくれますよ。それさえも辛いのであれば、私がここで殺しましょう」


 ヤギ頭は黙ります。


「今まで自殺もせずに生きてきたんでしょう? ならば、自分を卑下するな。真っ当に、あなたの人生と勝負なさい」


「……本当に出来るのですか……。いえ、本当にいたのですか、我らを導く神は……」


 しかし、ヤギ頭はこのままで良いと言います。獣人として生きていきたいと言うのです。



「メリナ……あなたは何者?」


「そ、そうです。あの凶悪な暴力と、数々の魔法。そして、竜の巫女の異名。きっと我らを導いてくれる救世主に違いありません」


「何ですか、それ?」


「私が去年に作った竜の巫女伝説です」


 違いありませんって断言したのに、これですか……。もう良いです。


「信者もメリナ様の事を救世主だと信じました。だから、シャプラの言葉を聞いたのですよ」


 いや、そう言われてもですね。

 明日の晩にちゃんと説明しないといけないか。



「そちらの扉は?」


 私はヤギ頭に別の壁にあった木扉について聞きます。


「更に深部に続いていると、前会長に聞きました。しかし、何もなかったと言っておられましたし、私も実際にそう確認しています」


 微かですが風があるのを不思議に思ったのです。うーん、確かに魔力的にも何も感じませんね。



 うしっ! 結論です。

 ドラゴンは絵で、残念ながら、私の体には成り得ない。

 だから、私は転移魔法で元の地下水路の部屋に戻りました。

シデムシ……死出虫。死肉を好む昆虫で、自分の幼虫に餌を与える亜社会性。日本中に棲んでるらしいです。でも、生きたミミズも食べますよ。

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