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 私はシャプラさんの小屋で夕飯を取り、時を待ちます。

 なお、シャプラさんの服は神殿で新しい物を貰ったそうです。アデリーナ様が下さったとのこと。シャプラさん、良かったですね。そう言えば、私も対フロン戦の後に頂きました。

 なるほど、汚い服を着ていれば、アデリーナ様は服をくれるのか。ゾビアス商店の服に飽きた際には、その作戦で行きましょう。



 この辺りは獣人の方が多く住んでいる、というか、獣人しか住んでいない地域です。

 獣人を邪険にする王都らしく、衣食住とも哀れな方々しか見当たりません。


 しかし、こんな荒んだ地区でも心優しい人達はいるもので、私は感動しています。



 ノックが聞こえました。立て付けの悪い扉ですので、コンコンという響き以外にガタガタっていう音も合わさります。


「来ましたね。行きましょうか?」


「……うん……今日も……メリナも……行くの……?」


 勿論です。ハンナさんを救うために金貨10枚を払ったあの日、食に困った私は優しい人に連れて行かれてお食事を頂いたのです。お料理は一人で食べるより多人数です。その方が美味しく頂けます。

 あの時の礼をすべく、私はささやかですが、食べ物を持っていき、奉仕をしているのです。


 私は頷くと共に、敢えて完食しなかった夕食の肉煮込みの入った鍋と籠盛りのパンを手にします。この鍋料理はハンナさんに教わった店で買いました。パンは工房の試作品の余り物です。

 シャプラさんも以前から参加されていた様でして、神殿から戻ってきて以来、一緒に向かっています。



 二人で暗い夜道を歩きます。新月なのか、雲が隠しているのか、何にしろ、空からの明かりが無いために足元を注意しないといけません。小道の両側は廃墟に近いですが、小さな家があると言うのに、どの家屋からも光は漏れてきません。

 人の気配はするのです。たまに私達と同じ様に家から出てくる影が見えるので、ただ単に明かりを買うお金がないのかもしれません。



 私達はある小屋の中に入る。そこには黒尽くめの男が一人立っていた。


「馬と狼」


 彼が発したのは合言葉です。


「落して――」


「噛み殺す」


 私に続いてシャプラさんが言いました。あのシャプラさんでも物騒な単語を使うのです。もっと柔らかい単語で合言葉を作るべきだと私は思います。


 男が場所を移動し、私達はその背後にある地下水路へと続く階段へと足を運ぶ。



 沈黙のまま、私達は進み、目的とする扉へ向かう。水路は枯れていて、腐った水の臭いはしません。だから、暗闇の中でも落ちて濡れる事は無いのです。

 うーん、初めてここに来た時は懐かしかったですよ。オロ部長とお会いした時も、水がないのは違うのですが、石造りのこんな感じの水路を通ったんですよね。



 もう既に皆さんは集まっていました。魔力式の松明が数本、部屋には立て掛けられていまして、薄暗くはあるのですが、目を凝らす程では有りません。


 服は普段着で、ボロボロに着古した人が多いです。あと、臭いです。私は黙って消臭魔法です。でも、皆、気付かないのは臭いに慣れてしまっているが為でしょうか。



 私は今日の食事を主催者の方に渡します。シャプラさんはパンをお渡しでした。


「ご苦労」


 蜥蜴みたいな尻尾を生やしたおじさんが私たちの料理を手にします。


「いえ、私が夕飯に困っている際に、鼠や蝙蝠をご馳走して頂いたお返しで御座いますよ」


 私、ちゃんとお礼も言えます。


「同士よ。奥へ」



 私とシャプラさんは言われた通りに奥に進み、先に来ていた人達と同じく地面に膝を立て、両手を組みます。

 正面には大きな竜の像が有ります。勿論、シャールの聖竜様ほど立派ではなくて、人より少し大きいくらいなのですが、皆さんの信仰の対象です。そこはかとなくガランガドーさんに似た感じの勇猛な感じの外見ですね。


 同じ竜とはいえ、聖竜様でないので、私は形だけで祈りのポーズをしています。これは、他の参加者の方の気を悪くしない様にというレディーらしい配慮なのですよ。



「……いいの? あなたはこんな所に来なくとも……」


 隣のシャプラさんが私に言ってきました。

 大丈夫ですよ。私、恩返しをしたいだけですから。



 しばらくすると、ヤギの頭の人が竜の像の前に立ちます。それから、妙に響く声で(いの)りを捧げられます。


「虐げられ、抑圧された同士達よ。今宵も神に祈り、我らの大望を成し遂げん日を誓おう」


 ぷふふ。

 いつも、私はこのシーンで笑いを堪えないといけません。あんな小さな竜を神ですって、冗談がきっついです。聖竜様と比較したら、オタマジャクシ以下で御座いますよ。


「……メリナ……震えてる……。怖い? 帰っていいのよ……」


 すみません、シャプラさん。肩の揺れを止めることが至難の技だったのです。呼吸困難になりそうです。



「我らの血肉を捧げ、実りを待とう。天に舞う(こん)、地に潜む(はく)。さぁ、安らかに眠る我らが主よ。憎悪をも糧に再び顕現する夜を祈らん」


 ヤギ頭の人が静かに語り掛けています。周りの皆は頭を下げてぶつぶつ呟いています。でも、シャプラさんはしていないですね。



「メリナ……私が守るから……。命に代えても……。ここは獣人の邪教の場所……」


 まぁ、シャプラさん、邪教ですって! そんな事ないです! 皆、お茶目に遊んでいるだけですよ。だって、魔力の動きを微塵も感じませんもの。全員が激弱! グレッグさん未満で御座います。


「私は……寂しくて入ったけど……もういいの。メリナを守るのは……私」


「シャプラさん、何を言っているんですか? 大丈夫ですか? これは、お食事会です。(うたげ)って、皆さんも仰ってましたよ」



 食事の前の挨拶が終わり、皆でテーブルを用意する。竜の像のある奥の壁を正面に、三列に並べていくのです。椅子は50くらいあるのかな。あと、各自が持ち寄った料理も持ってきた容器ごと置いていきます。


 鼠や蛇が多いです。珍しい所では、魚の物と思われる目玉や、ミミズなんかも有ります。私は食べたくないので、そういったグロテスクなお皿からは遠くに座ります。やはり、この中では鼠が一番ですね。

 ちなみに、皆も一緒の思いでして、生きたミミズの前には誰も座りません。ならば、何故持って来たのか、そいつを追放しろと思うのですが。

 うねうねしていて、皿から這い出てます。


 もう一度、ヤギ頭の人の短い祈りがあって、その後に食します。あっ、ヤギの人の前には草です。ヤギですから。

 彼、獣人なんですよね。あの頭で人間の声を出せるの、凄いです。



 食事の最中に、鶏の鳴き声がしました。これもパフォーマンスの一環です。

 生きた鶏を締めて、その肉をその場で焼いてくれるのです。


 けたたましく鳴く鶏の首を切り、その血を黒いゴブレットに入れます。そして、竜の像に供えてから、肉を私達に分け与えてくれます。

 美味しいので満足ですよ。香草とまでは言いません。ただ、塩とか振ったら、より味を楽しめるのではと思います。

 あと、贅沢を言えば、一尾だけなのは頂けないです。小さな一切れしか食べられませんよ。



 さて、今日も美味しいお食事ありがとうございました。私を見守り続けてくれているであろう聖竜様へ感謝の言葉を送り、席を立とうとします。

 この後は退屈なお話しか有りませんので、帰りたいのです。シャプラさんも同様だったようで、昨日は二人で出て行きました。



「神聖な儀式の最中である。座れ」


 ヤギの頭の人が私達に言います。


「トイレです。漏れます」


 私は毎晩これで乗りきっています。


「昨日も、その前も、このタイミングでトイレだと?」


「私、時間に正確なんです」


 ちっ、今日はしつこいなぁ。嫌われますよ。


「昨日も一昨日も、そのまま姿が見えなかったが?」


「固いんです」


 クソがぁぁ! 女子になんて発言をさせるんですか!?



 場に沈黙が流れます。



 私は去るタイミングを逃しました。注目されているからです。私は、今回の失敗を糧に、明日からは「熱が出た」と言い逃れる事に決めました。



 ヤギ頭が続けます。



「今宵は月に一度の供物の日。神の下で栄華を夢見る権利が与えられる幸福な者を選びたい。我こそはという者がいなければ、皆よ、そこの女を選ぶことに異論はあるか?」


 ヤギ頭は私を指しました。

 おっ、何でしょうか?

 幸福な者とか言っていましたから、私にプレゼントを用意していたのですね。だからこそ、引き止めたと、そういう事でしたか。私、反省です。



「私が……なります」


 シャプラさんが立ち上がり、そして、私にだけ聞こえるように顔を近付けます。


「メリナ……今まで……ありがとう」


 シャプラさん?


 今のは……裏切りのセリフですか……?

 私が貰えるはずだった何かの権利を奪ってやるという宣戦布告ですかっ!?

 ならば、受けて立ちますからね!


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