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試作の成果

 小麦粉を確保して数日、我々、ヘルマンの焼き立てパン屋の市民街月光通り五番街工房の面々は、もちもちパンの開発に注力しています。

 心配していた倉庫の小麦粉の(ごう)だ――いえ、少し拝借した件は、今のところ、お咎め無しです。パットさんが上手くやってくれたのでしょう。



 工房に復帰したシャプラさんは皆に暖かく迎え入れられました。

 獣人に対して特に厳しかった、ビーチャ、デニス、ハンナさんの三人が私から溢れ出る慈しみに心を打たれ、態度を一変させている事が大きいです。彼らは王都生まれの王都育ちでして、昔から獣人をよく思っていなかったと聞きました。どうも、王都は他の地域よりも獣人の方を強く嫌悪する風習があるみたいです。

 残りの二人、奥さんが妊娠中のフェリクス、無口なモーリッツは王都育ちではなくて、職を求めて近くの村から出て来ているので、私と同じ様な感覚だったのでしょうか。いやぁ、でも、蟹の腕になりかけたミーナちゃんを殺そうとした人達と同じなのかなぁ。


 しかし、もう終わった話です。

 我が工房の人達は、もう獣人かどうかでコチャゴチャ言いません。パン作りに専念です。



 今日は試作の成果が多い日でした。

 まず、ハンナさんとペーター君が生の生地から見付けたブヨブヨした物を、デニスが新しい生地に混ぜ込んだ結果が出たのです。彼の手慣れていて、且つ、力強い練りが奏功したのかもしれません。

 焼き終えたものを見て、デニスは喜びました。何でもパンの膨らみが通常よりたくさん維持されていて、売れ筋のパンだと言うのです。私には分かりません。

 感触はモチモチっていうより、サクサク感が出たような印象でしたし。


 しかし、デニスとハンナさんの成果はこれだけでは御座いません。ブヨブヨした物を得る為に、水で生地を洗います。ペーター君は、その濁った水を置いておくと、白い粉が容器の底に溜まることを発見しました。

 ペーター君がその粉で色々と遊んでいると、たまたま火元に近かったのも有ったのでしょうか、湯気が出る程度に温めるとトロミが付くことに気付きました。これを生地に混ぜ込むと、さぁ、なんと、モチモチ感が増したのです!

 ペーター君、中々に鋭い着眼点をお持ちです。私は褒美に金貨を与える。



 この温めるという観点は、モーリッツも一緒で御座いました。彼は沸騰しているくらいの熱湯を用いて、生地を練ったのです。

 だから、火傷をしないように皮手袋を所望されたのですね。しかも、捏ねている最中に生地が冷えない様に、沸騰した鍋に空の小鍋を置いて、その中での混練です。

 皮手袋を通り越しての火傷もされておりまして、私は魔法で治しました。

 なお、初期の実験ではそのまま寝かせても生地が膨らまなかったのですが、モーリッツは、普通の種生地と混ぜ合わすことで、見事なモチモチパンを作ったのです。


「親父が異国の出だった……。その国の料理をヒントにやってみただけだ……」


 彼の発言です。父親がたまに作っていた小麦料理、パンとは違って、捏ねた生地を茹でる料理なのですが、それは非常にモチモチしていたらしいのです。だから、お湯で練れば、パンにもモチモチ感が出るだろうと思ったそうです。天才ですね!

 素晴らしいです。私は褒美に金貨を与える。



 フェリクスも優れた成果を出しています。彼は色んな食品を混ぜて、モチモチ感が出ないかを検討していました。

 葡萄、林檎といった果物、魚や豚の肉、卵の白身、野菜等々です。中には美味しくて、そのまま売れるのではという物も御座いました。

 しかし、フェリクス最大の発見はお酒です。なんと、生地に自家製のお酒を入れた所、モチモチ感が増えたのです。しかも、種生地を入れなくてもパンが膨らむのです。


 フェリクスの作っていたお酒は泡が水面に浮いていました。その泡からパンの中のスポンジが連想されて、そこからの発想です。無性に試してみたくて、夜中に店へ戻って作ったそうです。その情熱、スゲーです。

 味も変わったんですよ。何て言うか、淡い酸味が無くなったんです。これ、大発見かもしれません。私は褒美に金貨を与える。



「皆さん、素晴らしい結果ですよ。満足です。ゴールが近そうですよ」


「あぁ、メリナさん! 俺も興奮しているぜ! スゲー予感がしてるんだ!」


 うんうん、フェリクス、嬉しそうです。でも、今日は早く帰って身重の奥さんの傍に居てあげて下さいね。


「ボス、モーリッツとフェリクスのヤツを合体させてみませんか? 何なら、ペーターが見付けた糊みたいなのも足したいと思います」


 デニスの進言です。

 おぉ! それはナイスアイデアですよ!

 私、楽しみです!



「ボ、ボス……。俺からも報告したいのですが……」


 ビーチャです。しかし、こいつはバカです。以前には黴パンを持ってきた奴です。

 そして、今は卵の殻が散らばったパンを見せてくれています。フェリクスが大量消費した卵の残骸を入れたそうです。


「せめて、食べられるものを入れなさい」


 私の意見は真っ当だと思います。


「でも、これ、凄いんです!」


 何がでしょうか。口の中への刺激の事でしょうか。パンが血の味に変化する事を指しているのですか?


 ビーチャはナイフでパンを切り、皆に中が見えるようにします。


「これ、実は種生地も入れず、寝かせもせずで膨らんだのです」


 凄さが分からぬ。しかし、周りの職人たちは目を丸くして驚いていて、私は思いを口に出すことが憚れる。


「……スゲーな……」


 フェリクスが呟きます。


「……待たずにパンが出来るって事?」



 私は黙って食べてみる。皆が誉めるなら、それはそういう事なのでしょう。ならば、味と食感です!


 まずっ!

 何これ、お酢の味です!

 私はペッと吐き出したい所をペーター君の手前、我慢します。ごっくんします。


「卵の殻とお酢を混ぜたら、膨らみました」


 膨らみましたじゃ、有りませんっ! クソが!


「ボス、すみません。もう少し量とか工夫します」


 ……ふん。まぁ、期待せずに待ちましょう。



「シャプラさん、今日の売上を報告なさって下さい」


「……はい。金貨が65枚です……」


 彼女には工房の清掃の他に、デュランでの販売を担当して貰っています。私一人では追い付かない程の大人気なのです。


「では、分けましょう」


 私は半分を店舗の備品購入用と褒美用に取り、残りを職人さんとシャプラさんの6人に渡します。残念ながら、ペーター君は子供でして、お金を均等に渡す年頃ではないとハンナさんに止められているのです。


「メリナさんよぉ、流石にもう要らないぜ。俺達には過分だ」


「そ、そうです、メリナ様。もう一生分の金額を頂いたと思うんです。ペーターの件で、私からお金を払うべき身ですし。ですから、せめて、私の分はメリナ様がお使いください」


 受け取って貰えませんでした。なので、店の貯金としておきましょう。



「ボ、ボス! 今晩、皆で一緒に飯でもどうですか!?」


 ビーチャの誘いです。

 ふむ、変わりましたね、あなたも。


「なら、私、美味しくて安い所を知ってるよ」


 ハンナさんも楽しそうです。

 しかし、私は断らないといけないのです。


「すみません、夜は夜で忙しいのです。住んでいる地域の集まりが御座いまして」


「そ、そうなんですか、残念です……」


 私はがっかりしたビーチャを励ますため、金貨を与える。


パンに全く詳しくないので、ちょっと調べた程度の知識で書いております。間違っていたら、すみません。

パンの技術屋さんに読まれると恥ずかしいレベルだと思います……


デンプンのα化でモチモチ感(湯練とαデンプン添加)

酒酵母による発酵

(王都で一般的な種生地での発酵は乳酸発酵も加わり、グルテンの酸劣化による脆化とヨーグルト様の臭気発生があるはず)


ビーチャのベーキングパウダーはカウンターの酸が中世だと良いのがなさそうでした。


参考資料

特開2006-42809

特開2006-101702

特開2017-163929


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