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展示室にて

 転移先はシャールの竜神殿。中庭の真ん中にある大きな池の縁です。普段は昼間でも参拝客が少ないので、そこを選びました。

 ここなら、流石に王都の人も来ないでしょう。それに、失礼ではあるのですが、ここの神殿、普段は参拝の人が少ないので転移しても誰ともぶつからないと思ったのです。いや、でも、むしろ、『王都にはいませんでしたよ』って、アリバイを作っておいた方がいいかな。



「メリナさん、あそこに小麦粉を出しましょうね。とっても広いから丁度良いですよね」


 熟慮中の私を置いて、巫女長はそのまま本殿横の展示室に向かわれます。そこは聖衣――聖竜様のお匂いが染み付いた、私の着古した村人服を展示した所です。

 懐かしいです。あの聖夜の時はまだパンツを穿いていなかったのですよね。

 今では考えられないくらい、私はワイルドでした。


 キョロキョロと周囲を見ているビーチャの服を引っ張って、巫女長さまの後を追うように私は言いました。



 私達が着いた頃には、既に展示室は山盛りの小麦粉の袋でいっぱいになっていました。巫女長が魔法で収納していた物を全部放出したのでしょう。

 これだけあれば、パンの研究で小麦粉不足になることはもう無いでしょう。いえ、逆に湿気って劣化する事を心配しないといけない量です。

 何にしろ工房の人にも顔が立ちましたね。安心です。



「ビーチャ、教えてください。何袋くらいが必要ですか?」


「えっ……一袋で充分じゃないですかね」


 は? 折角、こんなに有るのにバカですね。聞かなければ良かったです。


「10くらい持っていきましょう。余ったら、皆で分けましょう」


「はぁ……。メリナ様、すみません。ここ、どこですか?」


「シャールの竜神殿です。この地上で最も神聖な領域で御座います」


 私の説明にもビーチャは惚けた顔です。もっと驚きなさいよ。「えぇ! あのスードワット様の!? 俺、感動し過ぎて心臓が止まりそうです!」とか口にして宜しいのに。言わなきゃ、止めますよ。



 突然、魔力の歪みを感じました。何もない、こんな空き部屋だった所でおかしいです。転移魔法?

 ……王都の方が追ってきた!? パットめ、役に立たなかったか!


 私は拳で攻撃できるギリギリの距離の取ります。相手の転移が完了した途端に一撃を加えるためです。どんな敵でどこが急所か瞬時に判別し、腕の軌道を途中で変えて仕留める必要があるのです。そんな間合いを取っています。



 出現。同時に踏み込んで、事前に振りかぶっていた右の腕を叩き付ける様に前へ出す。

 背が私より低い。このままでは、拳がそいつの頭上で空を切ってしまう。肩の関節を前に回して、脳天への振り落としに変更。


 そして、相手の動きを警戒するためにも、他の情報も得ていく。腕の場所と足捌き。ふん、無警戒とは愚かです。それから、視線。

 あっ……エルバ部長だ。



 ゴツン! と拳が旋毛(つむじ)を直撃。ぎゃふん! と部長は声を上げられます。

 私、最後の段階で拳を止めようとしたのです。だから、これは私は悪く有りません。突然、出てきたエルバ部長が悪いのです。

 うふふ、良しっ!

 私に非の無い言い訳が思い浮かびました。これで怒られませんね。



 意識を戻されたエルバ部長は頭を擦りながら私に仰いました。


「マジで狂犬だわ。信じられん。私は部長で、お前は見習いだぞ?」


 まぁ、地位を盾に詰めてくるなんて、エルバ部長はホントに小物ですこと。


「しかし、まあ、いい。突然、転移して来た私も悪い」


 いいえ、全面的に部長が悪いのですよ。って言葉はちゃんと飲み込みました。だって、もう怒られる気配がしませんもの。エルバ部長の矛先は私に向かっていません。巫女長へです。



「フローレンス! お前、王都との交渉役で派遣されていただろ! マジで何で戻ってきてんだよ」


 まぁ、幼い顔で必死に抗議なさってます。部長が一所懸命なの、見てて微笑ましいです。これを言いたいがために、急いで転移してきたのですね。魔力感知で巫女長さまを捕捉されたのかな。


「もう退屈になったんですもの。今日くらい良いじゃない。もぉ、エルバさんは堅物なんだから。メリナさんを見習ったらどうですか。私、そう思いますわ」


「あぁ? メリナを見習うだ? こいつは私とは違う種類の天才だから、マジで無理だな」


 まっ。まぁ。エルバ部長、そうなんですか。えー、そんな風に思って頂けたなんて、私、恥ずかしいなぁ。

 自称天才に天才って言われると、私まで同じ(むじな)に思われるじゃないですか。もう、嫌だなぁ。二度と公言しないで下さい。

 ……ん? 天才パン職人? ……これは自称じゃないです。確定した予定事項です。



「で、何だ? この小麦粉の山は?」


「これはメリナさんがお勤めしているパン屋さんの小麦粉なんですよ。店長さんから頂いたのよね。ね、メリナさん?」


 巫女長さま……。それは偽りであった可能性が高いのですよ。濃厚なんです。

 ……あぁ、でも、諦めなければ可能性はゼロじゃないって事ですか? その線で行くのですか。了解です。



「はい。店長からのプレゼントです。遠慮するなって言うものですから、こんなになっちゃいました」


「はぁ? なっちゃいましたって、お前らの事だから、マジで無茶してるんだろ。ったく、その店長っていう奴が泣いてると思うぞ」


 うふふ、エルバ部長の予想が珍しく当たりましたね。調査部長の面目躍如ですね。

 でも、店長、どうなるんでしょう。心配では有りますが、パットさんがお偉い人なので安心して良いのでしょうか。



「そんな事よりエルバさん。メリナさんの精霊にお会いしたいのよ。ねぇ、あのドラゴンさんに用があるの」


「今日はダメだな。さっき転移したから魔力が抜けている。別の日に頼むな」


 あれ、巫女長もですか。過去に何回も思いましたが、本当に気が合いますねぇ。私としてもガランガドーさんとお会いして、今後の事をご相談したかったんですよね。いつ体を交換しましょうか、と。



「そう? じゃあね、明日はどう?」


「私はお前らみたいに異常な魔力回復力を持ってないんだ、マジで。もう少し待ってくれ。とりあえず、今日はメリナと王都へ戻ってくれよ」


「んもう、エルバさんは意地悪ね」


「自分の任務を思い出してから言ってくれ、マジで。あと、メリナ。お前、何か雰囲気が変わってないか?」


「私ですか? いつも通りですよ」


 最後にお会いしたのは、聖女決定戦の決勝戦前に私のパートナーに誘った時でしょうか。何も変わって――いえ、次代の聖女となってしまった訳で、その気品が自然と溢れ出ているのかもしれませんね。


「何だろな。んー、前にお前の魔力は灰色って言ったと思うんだが、黒みが増してないか?」


 えっ!

 それは一大事です。私は自分の体を見回します。

 良かった! そんなに変わってないです。もぅ、ビックリしましたよ。聖竜様と同じ白色が減ったのかと勘違いしました。


「獣人の方や病気の子供から魔力を吸い取った事があります。その影響かと思います」


「そうか? なら、一時的な物か。吸い取り云々は、そんな簡単に言うものではないがな、マジで。そもそもな、魔力とは――」


 あぁ、これはエルバ部長の長くて詰まらない話が始まる予感です。早々に絶ち切りましょう。



「ヘルマンさん、お元気でしょうかね?」


「あっ、そうだ。お前が突然来て『股を開きに行きましょう!』ってマジで変態チックな表現をしたんだったな。私を何だと思ってるんだ?」


 くそ、自分の父親を心配しなさいよ。私を責めないで。


「私の認識としては、エルバ部長は他部署の部長ですよ。他人ですね。あの時はすみません。聖女決定戦の決勝戦でパートナーを探していたんです。焦っていたのです。申し訳ありませんでした。代りにヘルマンさんを紹介して頂いて、感謝致しております」


「ん……? ヘルマンが聖女? ん? えっ、聖女決定戦? メリナ、お前、そんな物に出ていたのか?」


 おい、ヘルマンの所だけ拘れよ! 私に話を持っていくなって。


「最終的にはアントンが聖女代理となっていますから、ご安心下さい。ヘルマンさんはデュランから戻られていませんか?」


「知るかよ。……ふぅ、深く考えるのを放棄したいな、マジで。訳分からんぞ。その転移の腕輪の件はコッテン村で聞いたな。お前が聖女になるのは規定路線だったんだろう。その一環だと理解しておく。とりあえず、メリナ、フローレンスを王都に戻せ。分かったな?」


 そう言って、彼女はトコトコと歩いて去ります。うん、後ろ姿の去り際は子供っぽくて可愛いですよ、部長!


「ほんと、エルバさんは真面目よねぇ」


 巫女長様の呟きか横から聞こえました。とても残念そうなお声です。



「メリナ様、聖女なんですか? さっきからずっと、そんな言葉が出てきます。聖女が何なのか、よく分からないですけど、やっぱり凄い人だったんですね……」


 ビーチャが私を怯えるように見て来ます。でも、教育している最中の様な恐怖ではなく、崇める表情でもあります。 


「恥ずかしいので、あまり他人に広めないように」


「あっ、はい」


 イルゼさんに即日で譲る予定ですから。後から『あいつ、次代の聖女って話だったけど、すぐにクビになったんだぜ』とか、人々に悪く言われるのは私の淑女ライフに支障が出ますので。

 少なくともノノン村のレオン君の耳に入った日には、絶対にそんな勘違いをしてしまうと思うんです。聖女をクビって、普通の職業でクビになるよりダメージが大きいと感じます。人間性を全否定されたみたいに思えますから。

 デュランや王都は遠いので良いですが、故郷に近いシャールでは決して話が広がらないように気を付けようと心を新たにしました。


「でも、俺、分かりました! メリナ様が皆に平等に接するのは聖女っていう高みにいるからなんですね! いえ、高みにおられたから、聖女なんですか? 相手が貴族様であっても、獣人であっても、俺達みたいな庶民であっても、卑屈にも傲慢にもならないなんて凄いです!」


「……はぁ」


 相変わらずの気持ち悪い発言です。教育し過ぎた感が有りますね。巫女長が傍にいるので、余計に恥ずかしいです。

 そもそも、私は相手によって態度を変えまくりですよ。お前に見せていないだけです。煩悩の塊なんですよ。聖竜様と早くチョメチョメしたいのです。



 そんな事を思いながら、扉から出ていくエルバ部長を見送りをしていると、入れ違いで別の人間が入ってきました。


「メリナさん、ご機嫌は如何ですか? あっ、心配はしていませんからね。只の挨拶ですよ」


 この嫌みな喋り方は、アデリーナ様ですね。……こいつも魔力感知で寄って来たか。

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