天才パン職人のテクニック
お行儀は悪いですが、私は高い所から見下ろしながら兵隊さん達に尋ねます。
「パンはどこですか?」
私の問いに奴等は答える気はなくて、臨戦態勢に入ろうとしている事が動作と魔力の動きで分かりました。
机の上に立っている私は、そのまま、一番近くにいる奴に爪先での前蹴りを出します。
しかし、避けられました。
ほほう、中々に素早い。
脇にいた二人は腰から剣を抜いています。そして、その後ろで先程の蹴りを避けた兵隊が既に控えていました。
部屋は狭いです。しかも、机は真ん中に置かれてなくて、ビーチャ側である奥に寄っています。窓のない壁な事もあって、ビーチャは圧迫感を感じていたでしょう。
ふぅむ、斬り掛かられた時は最低限の動きで躱すしかないのですが、三人もいるんですよね。
剣は痛そうだから、本気で行かないと不味いです。
最近、弛んでたから動きが鈍っていなければ良いんだけど。
対峙が続きます。相手は人数に任せての暴力を振るって来なかったのです。
「もう一度、問う。何者で、目的は何だ?」
そうです! 話し合いで解決すれば万事オッケーですよね。
「ヘルマンの焼き立てパン屋さんの天才パン職人です。工房の小麦粉がなくなったのですが、店長からここを紹介されて、好きなだけ小麦粉を取って良いと言われました」
「…………」
無言ですか。それは分かります。
私の言葉を咀嚼するのに時間が必要なのでしょう。お助けしましょう。
天才パン職人である証拠に、私は生地を捏ねる動作をしてみる。主にハンナさんを見て盗みました。
「!? 妖しげな術か!? やるぞ!」
愚かなり。凡才には分かり辛かったのでしょう。私のテクニックが。
私の腹を狙っての剣突を、私はヒラリと後方に跳んで避ける。ビーチャの頭に両足が乗りましたが、狙い通りです。そのまま、バランスを後方にずらし、ビーチャを椅子ごと倒す。
私は勿論、途中で床に跳び移ります。ビーチャの避難は終わりました。私が鎮圧するまでそこに転がっていなさい。
机が相手との障害物になります。このままではお互いに攻撃が届きません。
なので、接近する為に、私は壁と机の間を駆け抜けようと体を運びます。右手が壁で、人が二人は通れないくらいの幅ですが、私一人なら支障は御座いません。
私の動きを見た正面の敵が踏み込んで、追撃の剣突を出そうと右手を引いていました。
速いけど、遅いっ!!
剣の軌道を読みつつ、私も右足を踏み込んで相手の左胸、いえ、胸じゃないな、鎖骨の下辺りへの右突き。剣を避けるために、変則的に半身にならざるを得ませんでした。背中側に壁が来ています。しかし、ここからでも、私は十分な攻撃力を発揮できます。
膝を曲げつつ、重心を前に出た右上半身へ運ぶ。
私の拳が先に相手に触れ、ちょっと遅れて、剣先が私の乳房近くを掠める。カウンターにしたかったけど、致し方なし。
ルッカさんやシェラみたいな豊満な人なら傷付いていたかもしれませんね。
拳を当てただけでも、私には収穫。うん、アシュリンさん程じゃないけど硬めの人だ。この情報は大きいです。
では、遠慮なく。
相手の体は右突きに押されて、いえ、私の攻撃を避ける為かな、相手の体の左側が後方に動く。それに合わせて、私は拳を広げ、指による刺突に切り替える。
相手の二撃目は剣突から剣を引かずの横薙ぎ。剣の両刃は横向きで、私を殺そうとしているのが分かる。
剣と壁に挟まれた私を狙うには、それがベストですものね。
しかし、私は止まらない、怯まない。
私は更に重心を前に。右膝と股関節をより大きく稼動させて、体全体を寝かすように、右の指先が一番遠くに届くように! 自然とバランスを取るために左腕も水平近くに上がります。
体を沈めた分、狙いも下がる。左胸の上部から脇腹へ。
横に振られた剣は私の頭上を通り過ぎ、逆に私の指は第二関節くらいまで突き刺さります。致命傷ではない。
すぐに抜いて、三撃目に備える。次は、刃を立てての降り下ろし。分かっています。
でも、相手の手元を見ると、握りが変わる様子がない。鈍器の様に叩き付けか。
予想と違いましたが、対処は可能で、より簡単。
私は曲げた膝を戻して、剣に頭突き。
まだ力が入っていなかった剣を、初速の違いで跳ね上げる。なお、衝撃は我慢です。
最後に、左足で踏み込んで、胸当てもなくて無防備な胸の中心に、引いて溜めていた右ストレートをお見舞いしました。
渾身です。布の軍服なのでボタンとか付いていますが無視です。
弾け飛んだ彼は後方に控えていた奴にぶつかります。後ろの兵隊さんは私の前蹴りを避ける程の動きを見せた奴でしたが、意表を付けたのでしょう、二人して倒れました。
良し、立ち上がるまでに時間が出来ました。
残りの一人が横からの机越しに、また鋭く剣突して来るのを確認しました。
対して、私は突きの体を残したままです。
私から見て机の対辺側に移動していたのは、一人がやられても、残りの二人で二方向から仕留める為だったのでしょう。
剣は私の腕よりも長く、相手との間に机が有る為に、そいつは安全に攻撃したつもりでしょう。若しくは、二方向からの攻撃を予定していたのを崩された焦りがあったのかもしれません。
狙いが首っていう、早々当たらない所を狙って来ているのですもの。
私は屈む。それだけで相手の死角に入りました。
無論、私は逃げただけじゃない。攻撃への布石です。
両足を揃えて、机方向に斜め上へ全力ジャンプ! 左肩で机を押し上げます。ジャンプと言っても、足は床から離さないのですが。
横向きになって浮いた机は完全な盾となりました。目隠しにもなります。
そして、全身で押すことで凶器とします。
向こう側の壁と机とで圧殺するくらいの勢いでプレスしました。グイグイと圧します。たまにメリメリ、ボキボキ、音が聞こえますが、止めません。
抵抗を感じなくなった所で体勢を戻すと、兵隊さんの体がずるりと滑るように崩れました。耳から血が出ていますが、これくらいなら死んでいないでしょう。
残りは一人です。後衛に回った奴。
倒れたままですが、あくまで振りで、その状態から私の隙を狙っていると思われます。
「うぉりゃー!!」
私は机を持ち上げ、絡まったまま動かない奴等に全力で投げ付けました。
当たりませんでした。狙いは良かったのですが、意識のある後衛は素早く起き上がって避けたのです。
「やるじゃねーか。名前くらい名乗れよ」
くくく、負け犬に教える名は御座いません。
「降参しなさい。私はパンと小麦粉を取りに来ただけです。今なら二人とも回復魔法で戻せますよ?」
「あ? ここまでやっておいて殺したくないとは変な話だな。覚悟が足りない半端者は、戦場で死ぬんだぜ。俺が教えてやる」
あん?
そっちがその気なら話は別ですよ。
「分かりました。殺り合うのですね」
私は殺気を迸せる。全力です。
視界が黒くなる。そんな幻覚に近い感覚もしました。
息を思っきり吸って吐きます。
あぁ、何て久々なのでしょう。壊れるのを気にせずに、自由に戦える。
自然に体が動き始めます。とってもスムーズで枷が無くなったようです。
先ずは蹴りからかな。うふふ。
弱っ! 一撃で白目を剥きやがった。次は――
――この体は俺の物だ。
?
いえ、私の物ですよ、ガランガドーさん。
気付けば、肉の塊が目の前に有りました。
うん、楽勝でしたね。
ご協力頂いたのかな。ありがとうございました、ガランガドーさん。
回復魔法が効きましたので、肉の塊も人間へと戻りました。良かったです。死んでいたら、それはそれで隠滅できますが、小麦粉如きで死ぬ必要は有りませんからね。
「あら、メリナさんだったの? 竜の気配がしたから急いだのに」
お上手ですね、巫女長さま。
「お褒め頂き、ありがとうございます。聖竜様の様に気高く戦いましたからね」




