太っ腹
カランコロンと扉に付けられた鐘が軽快に鳴ります。
「いらっしゃいませ」
白いエプロンのお姉さんが私達三人を出迎えます。前回に見た時とは違う人で、こんな綺麗な人を何人も雇っているのって凄いなと思いました。
「お、おう」
ビーチャが返事をしますが、その声は震えています。これ、キョロキョロするんじゃ有りません。
一緒にいる私も恥ずかしくなるでしょう。
前回もそうでしたが、他に客はいません。店舗としてもこじんまりとした印象です。
パットさんが早速パンを見ています。私もその横に立ちます。
「えー、美味しそうなパンがいっぱいですね。うわぁ、値段も凄いですよ。これなんて、4王国ディナルもしますよ!」
金貨四枚か……。四人家族だと、一人一個でも16枚も必要ですよ。どんな贅沢なんでしょうか。
尤もそんな高いものはこれくらいで、殆どは銀貨での支払いで足りるのですが。
「そちらは魔力をたっぷりと含んだ薬草を練り込んだ滋養強壮に良い特別なパンですよ」
「そうですか、では、これを5個頂けますか?」
!?
パットよ、お主、リッチマンだったのですか……。あの変な訛りの御者が操るオンボロ馬車なんかを利用しているから、貧乏学者だと思い込んでいましたよ。
「メリナ様もお好きな物が御座いましたら、私がお支払いしますよ」
おお、何て豪快なのでしょう! 私、パットさんを誤解していました。ただの物知りさんでは無かったのですね。
うふふ、肉包みパン、肉包みパン、どこにあるかな、肉包み。
まぁ、これですね。いっぱい有りますよ。銀貨三枚ですしね。金銭感覚がおかしくなっていますが、大した事ないと金額ですよ、きっと!
私は欲しいパンを載せるトレイに全部の肉包みパンを置きました。数えてないので個数は分かりません。ただ山盛りになりました。
「ビーチャ、あなたも買って貰いなさい」
「別世界です……。貴族様のパンって、こんな高いんですか……」
ビーチャは一番安い銀貨一枚のオーソドックスな白パンを1つだけ手に取り、私の肉包みパンの上にちょこんと載せます。
手掴みとは感心しませんが、ここは黙っておりましょう。まずは経験で、次に礼儀ですからね。私、何て素晴らしい上司なのでしょうか。ビーチャよ、存分に感謝して良いのですよ。
パットさんが会計されまして、尋常でない金額を請求されていました。なのに、サラサラとサインしてデュランの公館にツケ払いとは……。
「お買い上げ有り難う御座いましたー」
店員さんの元気な挨拶もあって、私はホクホクです。
「いえいえ、こちらこそ王都で名高いパンを楽しみにしていますよ。そうそう、店長はいらっしゃいますか? メリナ様がお世話になっているお礼をと思っております」
「少々お待ちください」
店員さんは軽くお辞儀をしてから奥へと去っていきました。
「メリナ様は貴族様とお知り合いだったのですか? 俺、感動してます!」
貴族どころか王家の人とも知り合いですよ。あと、微妙な表現になりますが、王様とも顔見知りです。
「慣れです。意外に行けますよ」
「俺が喋りかけたら、それだけで打ち首にされてしまうって思っていました!」
「ハハハ、ビーチャ君、私はデュラン出身だからね。聖女様の前では貴族も庶民も然程変わらぬと思っているんだ。でも、王都では気を付ける必要があるのは君の言う通りだよ。この店の人達は貴族じゃないけどさ」
店長が中々やって来ないので、私は陳列されているパンを眺めておりました。肉包みパンの他にも色々と美味しそうなんですもの。
パットさんはビーチャを連れて外に出てしまいました。このパン屋の前から見える他の店について説明しているそうです。
パットさん、解説者をしていたくらいですから、説明好きなんでしょうね。
うわ、このパンも美味しそうです。パンの中にシチューが埋まってるって書いてあります。考えた人は天才ですね。
私がじっとパンを見詰めていると、店長さんがやって来ました。白いシャツに黒い燕尾服ですが、太ったお腹が目立ちます。
「お待たせしました。貴族様の前で失礼のないように身なりを――、おい、いねーぞ」
パットさんはまだ外から戻ってないんですよね。
売り子のお姉さんがしこたま怒られて、謝っていました。頭をペコペコ下げる姿も可愛らしいです。
私の存在にも気付かれたようで、店長は強い口調で突っ掛かって来ます。
「おい、こらっ! あのクソ臭い獣人が入り込んでるぞ! 叩き出せ!」
王都の人は実力に不相応に傲慢で高圧的な者が多いですね。村だったら嫌われて仲間外れにされてしまいますよ。
しかし、私は丁寧に対応致します。
「お久しぶりです。シャールからやって来ているメリナです。工房の小麦粉がなくなりそうなので、頂きに参りました」
「あぁ? 喋んなよ。パンが腐るだろ」
……我慢です。私は大人ですから、一々相手にしませんよ。
言われた通りに黙っていましょう。
素直な私に店長も心に来るものがあったのでしょう。一瞬笑った後に続けます。
「そうだな、いいだろう。この店の裏に倉庫がある。俺から守り番に伝えておいてやるから、腕付くで持っていけるなら、好きなだけ持っていけよ」
何と太っ腹なのでしょう! 見た目通りです!
全部の小麦粉を頂けるとは全く思っていませんでしたよ! 条件が条件になってない!
「ありがとうございますっ!」
「加減するなよって言っておいてやるよ」
「ありがとうございますっ!」
遠慮することはないよって確認までしてくれましたよ! 大満足です!
工房の皆も喜んでくれますし、益々、私を凄いって誉めてくれると思います。
そこで、入り口の鐘が鳴ります。パットさんが戻ってきた様です。
「あっ、ご主人ですか? デュランのパトリックと申します。この度は美味しそうなパンを購入させて頂きました」
店長は慌ててパットさんに駆け寄ります。
「いえいえ、こちらこそお待たせしまして、大変申し訳御座いませんでした。わざわざ出向いて頂き、恐縮で御座います。入り用でしたら、我々から注文を頂きにご訪問するように手配致します」
「おっ、そうですか。では、そんな感じでお願いしますね。デュランの公館にもその旨を伝えておきますから」
店長、ぐっと拳を握りました。内心はとても嬉しそうですね。私も応援していますよ。
「さしあたって、明日のパンからどうでしょうか? この肉包みパンだけでは寂しいでしょうし、色んな種類があった方が華やかですよ。きっと、従者の方もお喜びして、今まで以上に働いてくれると思います」
従者とはビーチャの事でしょう。顔を覚えて貰っていないのですね。可哀想です。
「ハハハ、細かい話は公館の担当者にお願いしますよ」
「ははぁ! 有り難き幸せです!」
深いお辞儀です。シャプラさんの土下座の方が遥かに素晴らしいですが、気持ちは感じますね。
「おい、此方の客を送り出しなさい」
此方の客とは私の事でした。パットさんの前で乱暴な言葉遣いは避けたのでしょう。エプロンのお姉さんが私を丁重に外へと案内してくれました。一緒にビーチャも付いてきました。彼は先程購入したパンを篭に詰めてもらったものを持っています。
「メリナ様、小麦粉はどうでしたか? 俺、少し心配です」
「頂けることになりました。裏手の倉庫です」
「本当に凄いです! 貴族様ともお知り合いだし、ビックリしています!」
うふふ、気持ち良いです。もっと誉めなさい。
ここで懐かしい気配を街行く人の中に感じました。
「あらあら、メリナさん? メリナさんじゃないの? こんな所で奇遇だわ。聖竜様のお導きかしらね」
この嗄れた声は巫女長ですか!?




