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仲良し

 二人の男を教育した事が成功だったのでしょう。あれから3日の間で、私はパン工房の方々と完全なる友愛の情で結ばれました。

 私達はとても仲良しで、刺々しい雰囲気もなくなっています。


 私は全体を見渡せる一番奥の位置に椅子を置いて、足組みして座っています。

 皆さん、キビキビと働いておられますね。



 一人の男が真っ直ぐに手を上げます。それに対して私は肘掛けに腕を置いたまま、手首だけを上げます。これは、喋って良いという合図です。


「ボス! 水が切れました!」


 ふむ。

 私は水魔法を唱えて(かめ)を満たす。


「ご厚意に感謝致します!」


 私は軽く頷く。あいつは私に楯突いて、胸ぐらを掴んできたヤツでしたね。成長したものです。大変に喜ばしい。

 


 また違うヤツが手を挙げました。


「ボス! トイレに行きたいです!」


 あ? まぁ、許してやりましょう。

 私は手をシッシッと振る。


「ありがとうございます!」


 深く頭を下げたそいつは、スタスタ歩きながら外へ向かいます。



 完全に規律が守られています。荘厳と言っても良い雰囲気です。うん、満足です。

 皆さん、キビキビと無駄口なく働いています。


 私もサボっている訳では御座いません。しっかりと作業を目で盗んでいるのですよ。小麦粉の捏ね方なんかは、もう凝視ですよ。天才パン職人である私の熱視線に、ある男は体を震わせて明らかに感動していました。


 ……小麦粉に水と塩を混ぜて捏ねるだけですよねぇ。あと、種って呼んでいるパン生地も入れるのですね。あれ、何のために入れてるんだろ。パンの芽がニョキニョキ出てくる訳でもないのに。



 そろそろ、お昼です。

 私は両手をパンパンと2回叩きます。


 一気に工房の空気が緩みます。


「ふぅ、疲れたな」


「飯だ、飯!」


 職人の方々は大声で喋りながら二階へと向かいます。

 私も向かおうと椅子から飛び降りたところで、表通りに面した扉が開きました。


「ただいまー。ご飯、買ってきたー」


 ハンナさんの子供、ペーター君です。ノノン村のレオン君と同年齢くらいかな。彼には昼御飯の買い出しを頼んでいたのです。だから、手にした籠には美味しいお料理がいっぱい入っているはずです。


 私はペーター君の籠を受け取り、階段へ足を運ぼうとします。しかし、ハンナさんに籠を取られてしまいました。


「メリナ様、私が持ち上げますので」


 ふむ。

 では、ご厚意に甘えましょう。本当のところは、ペーター君の前でそんな事をさせたくはないのですが。


 

 お料理をテーブルに広げると、皆さん、物凄い勢いで食べられます。

 食器はないので、大きなパンをスライスして皿代わりにしています。だから、汁物のお料理は御座いません。

 私は初めて食べる形式なのですが、最後にパンを頂く時には色んな料理の味がパンに染み込んで美味しいのですよ。


「いやぁ、メリナ様は本当に偉大です」


 最初に私に股間を潰された男が言いました。なお、申し訳ありませんが、彼の名前は忘れまして、今更訊くには気が引ける状況となっております。


「あぁ、ボスは凄いぜ! 毎日、こんな料理を食わしてくれるなんて! どれだけ金持ちなんだよ!」


 私の胸ぐらを掴んできた、愚かだった男ビーチャの言葉です。


「これは皆さんのパンを売ったお金ですよ」


「マジですか! いやぁ、今までどれだけ売店にぼられてたんだよ!」


「違うぞ、ビーチャ。メリナ様が独自の商流を持っているからこそなんだ」


「そうだな、デニス! メリナ様は天才だぜ!」


 この二人、教育直後はかなりおかしな状態でしたが、今はにこやかに話をして来ます。事あるごとに二人が張り合う様に喧嘩をするので再教育したのですが、その甲斐があったというものですね。

 あと、そうだ、デニスでしたね。よくやりましたよ、ビーチャ。



「……不満はねーんだ。不満はねーんだけど、お前ら、ずっとおかしくねーか? そこの獣人を持ち上げ過ぎだと思うんだわ」


 若手の職人が言いました。この人は奥さんが妊娠中の幸せいっぱいの人なんですよね。私に逆らうことはないので、この人には教育は必要ないと判断しています。


「あぁ!? フェリクス、お前!! メリナ様がどんなお人か知らないからだろうが!!」


「くそ、お前も知れよ! メリナ様の本当の姿を知りくされってんだ、この野郎! メリナ様、やってやって下さい! 何なら、俺が殴ってやりますよ!」


 教育済みの二人が叫びます。唾が飛んで汚いですし、何よりペーター君が怯えます。

 再々教育、決定ですね。その通知は終業後にしましょう。


「暴力は反対です。何も生みませんよ」


 私の言葉にお二人も落ち着かれました。

 今はもっと大事な事が有ります。



「さて、昼からは研究開発の時間です。私が欲しいのは外は固くて、中はモチモチのパンです。それを作りたいのです」


「「はい!」」


 うむ、お二人は良い返事ですね。ハンナさんとオメデタ男フェリクスも遅れて返事をくれました。



「デニス、よく捏ねると固くなって良いのではという、あなたのアイデア、確かに良さげな気がします。まだまだ不十分ですが、続けなさい」


「はい!」


「ビーチャ、生地を寝かせる時間を延ばす件ですが、どうなっていますか?」


「はい! まだまだ寝かせます!」


「分かりました。フェリクス――」


「卵を入れてみたが、どうも違ったな。他を試してみる」


「お前っ、フェリクス! メリナ様の言葉を途中で遮ったな! 殺すぞ! ねぇ、メリナ様、殺すしかないですよね!? 三回くらい殺っておきますか?」


 ……ビーチャよ、お前を殺したいですよ。私を何だと思っているのですか。

 ペーター君が泣きそうな顔をしているでしょう?


「ご冗談はおよしなさい、ビーチャさん。私を殺人鬼か何かと勘違いなされていますか? それって……お仕置き対象でしたよね?」


 私の冷たい眼に、彼は自分の非を認めたのでしょう。足が生まれたての小鹿の様にプルプルしています。

 それを無視して、私はフェリクスに伝える。


「分かりました。試したい物があれば仰って下さい。買ってきます」


「あぁ、有りがてーな。メリナ、お前が来てから楽しいぜ。腕を磨いてる感がスゲーんだわ」


 フェリクスの爽やかな笑顔に、私もにっこりで返します。


「ヨッシャ! 行こうぜ、デニス、ビーチャ!」


 フェリクスの掛け声に合わせて、二人も立上ります。私に怒られたビーチャが少し虚な目ですので、フォローが必要ですね。


「お元気を出しなさい。はい、頑張ったご褒美ですよ」


 私は金貨を差し上げる。


「うぉぉ!! ありがとうございます! メリナ様ぁ!」


 うんうん、単純な奴ですよ。

 でも、終業後には再々教育ですけどね。こいつ、本当に頭が悪いんだから。何回言っても気持ち悪い発言をしてしまいます。



「メリナ様……。私は何をすれば良いですか? 私は未熟なので皆みたいには活躍できません」


 ハンナさんです。凄く申し訳なさそうにしています。この人も出会った時と違って、私への警戒心を無くされています。

 切っ掛けは、彼女の子供ペーター君の件でして、持病があって薬が必要だと聞いたんですよね。それで、マリールに相談しようかと思っていたのですが、よく見たらペーター君の胸の奥に異質な魔力がへばり付いていたんです。ちょっと強引でしたが、彼の胸に指先を突き刺してそれを除去しました。勿論、回復魔法でペーター君に傷は残していませんよ。


 そうすると直ぐ様に顔色もよくなって、細かった息も普通になったんです。


 あの魔力がベーター君の体内の魔力の循環を阻害していたのだろうと私は想像します。


 何にしろ、その後からハンナさんは私に様付けをしてくるようになりました。



「んー、私は水が大切だと思うんです。もう一度、そこを検討して貰えませんか?」


「昨日しましたが、やはり多すぎると固まりません」


「じゃあ、いつも通りに捏ねて、それから水を足してみましょう。ペーター君も手伝って良いよ」


「わーい、楽しみー」


 うんうん、子供は笑顔が一番です。私と聖竜様の間に生まれるであろう子供も笑顔がキラキラなこと、間違いなしでしょう。うふふ、そんな日が来るのが楽しみだなぁ。



 ハンナさんとペーター君も一階に向かいました。


 さて、実はもう一人、この工房には職人がいるのです。とても無口で存在感はないのですが。


「モーリッツ、あなたの検討はどうですか?」


 余り喋らないので詳しくは知らないのですが、彼にも試したい事があるそうです。


「……まだだ……」


 ……ふむぅ。そうですか。


「……皮の手袋が欲しい……」


「分かりました。明日の昼にお渡しします」


 私の返事を聞いて、彼は一階に向かいました。今の返答で満足されたのかな。



 さて、私は工房の運転資金を稼ぎに行きましょう。

 朝から焼いたパンを全部、袋に詰めて転移します。行き先はデュラン、聖女クリスラさんの館の前です。


 デュランに滞在していた時に、色んな意味でお世話になったメイドさんに作って貰った台にパンを並べます。


「はいはい! 次代の聖女メリナのパン工房で焼いた、焼き立てパンですよー! さあさあ、早い者勝ちですよー!」


 あっという間に人だかりが発生して、パンが売り切れます。今日は昨日よりも早かったですね。



「ほ、本物のメリナ様でしょうか……」


「あぁ、似てるし、あの腕輪は本物だぞ……」


 遠くで見ていた貴族風の若い二人が囁いているのが聞こえました。うふふ、明日のお客さん候補ですね。


「買えなかった人はごめんなさい。私、忙しいので帰りますが、また明日も出店しますので、宜しくお願いしますね」


 台に置かれた金貨を回収して、私は王都に戻ります。今日もボロ儲けでした。あそこは金持ちがよく通る所なので、素晴らしいです。


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