初めての買い物
店内をぐるぐる回りながら商品を見ていく私たちに恰幅の良い店長らしき人が声を掛ける。
「お客さま、バランスを崩されますと非常に危ないですので、お控え頂けないでしょうか?」
確かに他のお客さんにも迷惑だったよね。それに、もうアシュリンさんも懲りたでしよう。
私は肩の荷を下ろす。
即座に拳骨を貰った。痛い、痛いけど本気じゃないね。
「すまなかった、店主。竜の神殿の者だ。巫女服を作りに来たが連絡は入っていたか?」
「……神殿の方ですか」
アシュリンさんがしっかりとした口調で伝えたが、店主は私たちをまだ怪訝な表情で見詰める。
恥ずかしいと言ってた割には、アシュリンさんは平然とした顔だ。それが一層、店主に得体も知れない恐怖感を与えるよね。さっきまで何故か肩車で店内をうろちょろしていたんだから。
アシュリンさんが懐から一枚の紙を取り出して、私たちが正真正銘の竜の神殿の者であることを確認して貰う。
すると、店の奥にある小部屋に案内された。店主さん、さっきの話が本当だったのかと、ちょっと驚いていた。
採寸担当者が私の身長や首回りとかを紐で測っていく。この人も私たちを見ていたのだろう。微妙に距離を取られている気がした。やはり、両刃の剣だったのね。
それが終わって、アシュリンさんと店主さんで納入日の確認と場所を打合せしていた。
どうアシュリン、店主は一切さっきの肩車事件について触れてこないけど、その優しさが辛くない? 私は少し居辛いわよ。自分でやっておきながら、ね。
さて、私は手持無沙汰。
「すみません、アシュリンさん、少し店内を見てきて良いですか? 欲しいものがあります」
「あぁ。構わない」
アシュリンさんは少しだけこっちを向いてから返事してくれた。
やった! 断られるかと思ったけど、これで寝間着を手に入れられるわ。そして、この居たたまれない場所から逃げれるわ。ごめんなさい、アシュリンさん。
先ほどの店内散歩で確認していた寝間着コーナーに向かう。
どれにしようか迷っていると店員さんがやって来た。やせ形でキリリとした男性。お父さんよりは若いかな。服屋だけあって、この人も良い服着ているよ。
「どのような物をお探しですか?」
「寝間着です。大人な感じのヤツでお願いします」
「分かりました。少々お待ちを」
そう、私は今晩からレディーになるの。シェラにまた香水も頂こう。
しばらくして持ってきたのは、半透明で、簡単に言うと全身スケスケのヤツだった。『それはもう服なの? もう着る意味あるの?』ってヤツだ。
都会の大人はこんなものを着用して寝ているのかしら。お腹壊すわよ。
「すみません、もう少し隠せるのは無いでしょうか?」
次に見せられたのは、両肩が露に出る肩紐タイプだった。下の丈が短くて太股の半分も覆えていないかも。
ダメだ。私にはまだ大人のは着こなせないよ。マリールが笑い転げてしまう虞が高いな。シェラが着るなら、もしかしたら逆に品が出るのかもしれない。
どう伝えるべきか迷っていると店員さんが新しいものを紹介してくれた。
うん、それだ。さすがプロ。これがいい!
薄桃色の木綿生地で出来た上下を持ってきてくれた。触り心地も柔らかいし、かと言って、薄くない。よく眠れそうだわ。
「おいくらですか?」
「これは中古ですので、20王国ディナルでございます。仕立てとなりますと100王国ディナルです」
王国ディナルは確か金貨の枚数と同じだったはず。金貨なんかで買い物した事がないけど知識としては知っていた。
うん、買えないよ。
私が貰ったのは銀貨10枚と金貨が2枚。中古の方の片袖だけだったら買えるかもね。買った瞬間にゴミだけど。
シェラが着ていたの、おいくらだったのかしら。ここに来て、格差を思い知ったわ。
正直に言おう。これだけ商品があれば、何かあるわよ。
「すみません、銀貨5枚くらいで購入できるものを探しているのですが、何か有りませんか?」
「……生憎と御座いません」
申し訳ない気持ちにさせて、すみません。土や野犬と戯れていた私には手が届かないお店だったようね。
マリールに貰った、この手紙も無駄でしたか。でも、確か彼女の私信も同封って言ってたわね。とりあえず、それを伝えないと。
「すみません、こちら、マリールさんからの手紙です」
お金が足りないと落胆している人間からの手紙なんて、ちょっと気味が悪いかもしれない。
ほら、素直に手を伸ばして貰えなかった。
肩車の件も後を引いている可能性もあるわね。余計に関わりたくないかも。
「失礼ですが、マリールさんとは、何方で御座いましょうか? 当方と関係がお有りの方であれば宜しいのですが」
言葉は凄く丁寧なのに、店員さんからは警戒心しか感じないわよ。
大丈夫なの、マリール。あなた、本当にここの商店の娘なの? 名前で分からないのかしら。
さっと渡して、早く店を出たいのですけど。




