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教育とは

 私と男は裏口から外に出ました。

 そこは広くはありませんが、空地になっていまして、近接戦闘を行うには支障が有りません。


 裏通りに面していて、人通りがそれなりに有ります。男が大声を出したら、ジロジロ見られてしまいますね。ならば、そうならない様に対処が必要です。喉を潰すか……。


 ほら、「あそこのパン工房の看板娘がおっさんを殴っていた」なんて有らぬ噂を立てられると堪ったものでは御座いませんので。


 ……そもそも、工房は工房でしかなくて、売るための店舗は別にあるみたいなので、私が自分で作ったパンを笑顔で売りまくる日々は来ないのですけどね。



「おい、手荒な事は止めろよ」


 私に喧嘩を売ってきた男とは別のヤツも付いて来ていました。


「あぁ。殺しはしないさ」


「全く……。自分で動けるくらいにはしておけよ」


「兎の時と同じだろ? 躾さ」


「まぁな」


 ほう、兎とはシャプラさんの事でしょう。彼女を殴ったという事ですか……。



 私は通りとの境にある壁際に陣取ります。木製で所々節の穴が抜けていますが、それでも目隠しになりますから。


「くく、おら! ビビってんじゃねーぞ!!」


 空き地の角を選んで進んだ私を勘違いしたのでしょう。男は無防備に近寄って来ます。もう十分に私の間合いです。背中まで貫くジャンピングキックをお見舞いできます。


 しかし、攻撃に入る前に、私は確認を取らないといけなくなっていたのです。


「二人掛りだなんて、私に性的な悪戯をするのですか!?」


 チョー演技です。ですが、これは知っておく必要があるのです。もしも「グヘヘ、そうだぜ」、「ふふふ、その清楚で美しく、とびっきりの竜好みの顔をした女を頂けるなんてな」なんて言った日には虐殺です。深い森、蟻猿がいた所が良いでしょう。そこで、凄惨に苦しめた後に骨も残さずに焼いてやります。

 なぜなら、シャプラさんを性的に襲ったと確信できるからです。


「はあ? 何を言ってるんだ? お前ら獣人とするなんて、金を貰っても勘弁だぜ」


「逆に娼婦みたいに色仕掛けなんざするなよ、気持ち悪い」


 ふむ、良いでしょう。命は救って上げましょう。



「さぁ、躾の時間だ。まずは人間様を舐めた様な眼差しが気に食わんな」

 

 男は両手を重ねてから拳をボキボキと鳴らし始めました。

 完全に私のチャンスです!


 私は飛び込み、がら空きの腹へ、斜め下から掌底で肝臓を押し上げるように打つ! 吹っ飛ばすのではなく、体を浮かすように。


 簡単に地から離れた男の足首を素早く蹴り、宙で横回転させ、頭から落とす。うまく仰向けになったので、倒れた男の首を柔らかめに踏んで、息と血流を止める。



 もう一人いましたね。

 腕と足の力が抜けた事で男が伸びたと判断して、狙いを変える。


 こいつは全く身動きしていません。背を向ける暇も能力も無かったのでしょう。

 私は偉そうに語っていた口を破壊する。拳に当たる感触から歯が何本も折れたのが分かりました。汚い血が付きましたが、それを我慢し、更に下がったこめかみに肘を入れて、地に這わします。少々、頭蓋骨が割れたかもしれませんね。


 他愛もない。


 しかし、これは教育です。

 ひとまず私は、痙攣を始めた男の方、つまり、先程エルボーした方に回復魔法を掛けます。


 そして、脇腹を蹴り上げ、ひっくり返してから言います。


「立てぃ! 立たんと喉を踏んじゃいますよ!」


 叫んでも大丈夫です。魔力感知で人の気配を読んでいます。今は誰も歩いていません。


「な、何だ……?」


 はい、ダメですよ。発言は求めていません。

 お仕置きです。私は靴底をしっかりと首に置いて、徐々に力を入れて行きます。

 彼は苦しくて、顔を歪めながら私の足首を持ったり、引っ掻いたりしていますが、私は力を緩めません。


 あら? 下半身が浮き始めましたね。体を丸めて逃げようとしますか? それとも足で私を攻撃する気かな?

 うふふ、じゃあ……。

 私は股間を踏み潰すことで対処しました。

 

 男は沫を吹いて昏倒されます。なので、回復魔法です。


 それを三回くらい繰り返すと、男は私に従順になりました。目が死んでいるのが確実な証拠です。



 先に気を失っていた方にも同じことをします。これは教育ですからね。弄んでいるのでは決して御座いません。



「次に舐めた口を聞いたら、どうなるか、お分かりでしょうか?」


 直立不動で立つ二人は大きく頷きます。


「よろしい。私からの教育は以上です」


 片方の男が気を緩めたのが分かりました。


「おらっ! 気合いが足りん!」


 私は大声で威嚇します。まだ教育は続いているのです。私の言葉にほっとする様な未熟な精神は認めませんよ。勤務時間中は、常に緊張感を保って頂きたい。それが仕事に関する最低限の常識だと思いますよ、私。



 男は、また全身をピンと伸ばします。汗がダラダラです。


「そう言えば、あなた、シャプラさんを殴ったそうですね?」


 返答は期待していません。体の震えが大きくなっただけで彼も無言です。


「もうしてはいけませんよ? シャプラさんだけでは無いです。全ての助けを求める獣人には優しくです。聖竜様が仰っていますからね」


 ブンブンと彼は頭を振ります。


「もしも、この約束を(たが)えた場合は、再教育が必要となります」


「ひっ!」


 彼は反射的に股間を抑えました。



「なお、只今の私の教育については他言無用ですからね。他人に喋ってはいけません。私に対する悪い噂が流れた場合、どんな物でもあなた方の仕業と見なします。口を開くことを許します。分かりましたか?」


「「はい!」」


 ふむ。


「私達は仲良く出来そうですね。嬉しいです」


「はい!」


 む? 私は溜め息を付きます。

 またもや、彼ですか……。私に喧嘩を売る程に頭が悪いのですから、仕方有りませんね。


「発言を許可してません!」


 私は横蹴りを彼の腰に入れます。一撃で腰が砕けたようです。倒れたまま「あががが」と呻いています。


 十分に反省したと感じた所で、回復させてあげました。



「さぁ、戻りましょう。私達の美味しい焼き立てパンをお待ちになっておられる方々に申し訳ないですからね」


 背後に男を二人従えて、私は工房に入りました。

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