表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
318/421

パンの試作

 今日も私は元気に出勤です!

 昨日はお金がなくて昼食と夕食に困りましたが、森に転移して調達することで難無きを得ました。久々の野生動物、固くて美味しかったです。あっ、でも、調味料くらいは用意した方が良いかなぁ。


 神殿で食事を取らなかったのは、私が王都派遣中の身である為に食事の割り当てが無かったからです。ケチ臭いです。マリールとシェラがコソッと部屋に持ってくる分には文句言わなかったのに。


 しかし、ベッドは今まで通り使って良いとの事でしたので、ゆっくり出来ました。そして、棚に入れておいた金貨を、とりあえず10枚持ってきました。これは聖夜で稼いだ、私の持ち物です。


 そう言えば、一度も自分の稼ぎを使ってないんですよね。贅沢三昧したいです。

 あっ、パーティを開くのも良いですね。淑女に成長した私の凱旋祝いをノノン村で開くのです。いや、でも、自分で自分の凱旋を祝うのか。恥ずかしいな。レオン君はスッゲーって言ってくれそうだし、ナタリアが元気になるなら、それも有りか。

 


 さて、妄想はさておき、私は鉄板をゴシゴシしながら考えます。


 この三日間、お掃除と洗い物を続けていますが、これは時間の無駄ではないかと。

 下積みが大切なことは頭では理解できますが、天才パン職人となる運命の私としては、じれったい物を感じざる得ません。


 ここは独学で技術を習得し、そして、早々に貴族街の方の店に引き抜いて貰うのが良策でしょう。私には出来ます、きっと!



 善は急げです。

 私は大部屋への扉を開く。今日は、皆さん、休憩もせずに頑張っておられます。



「クルスさん、今日も来てないからな! 気合い入れないと、仕事終わんねーぞ!」


 なぁる。そういう状況ですか。

 クルス……シャプラさんを傷付けたヤツですね。唸る拳を喰らわしたい所ですが、まだ姿を見せていないのか。

 

 

 滾る想いを潜めながら、私は部屋の片隅に置かれた小麦粉の袋を持ち上げます。それから、肩に担いで、私が洗い物をしている部屋へと戻りました。

 5人程の職人さんがいたのに、全く私には気付きませんでした。本当に忙しいのですね。



 さて、原料はゲットです。

 お母さんは塩だとかも用意していたはずです。あと、種が要るって言っていたなぁ。


 種って何の種を使えば良いのか…………。


 転移してお母さんに訊くのが早いですが、しかし、私は天才パン職人です。自力で何とでもなります。



 とりあえず、小麦粉と水を混ぜてみましょう。洗った鉄板の上に小麦粉をパサーっ、そして、水を掛けて手で捏ねるのです。


 全然、固まりませんね。

 やはりパンジュースになってしまいます。

 捏ねるっていうか、液体を混ぜているだけの様な気がして来ました。


 難しい……。

 しかし、一応焼いてみますかね。

 魔法を使ったらシャールの時のように逮捕されてしまうかもしれません。なので、(かまど)を使わせて頂きましょう。


 私は鉄板から捏ねた生地、いえ、白い液体を溢さない様に水平に持って、大部屋の中を進んで行きます。

 工房の竈は魔力式でした。閉じられた鉄扉の向こうは灼熱の世界となっており、パンがこんがり焼かれているのでしょう。


 取っ手に塗れ布を掛けて、その上から握ります。火傷してしまいますからね。そして、扉を開く。


 もちろん、中には焼いている最中のパンが有りました。しかし、そこにあると私のパンが焼けません。なので、申し訳ありませんが、場所を譲ってもらいましょう。


 それに、ここのパンはパサパサなんです。生焼きくらいが丁度良いと私は思いますね。

 代わりに、私のパンジュー――間違えました、パン生地を載せた鉄板を竈に入れました。火力は最小です。水分が大切なのですよ。最後に、静かに扉を閉じて出来上がりです。


 私は何事もなく部屋を出て行きました。

 本当に誰も私の存在に気を使わないのですね。

 これは、アレですかね。もしかしたら、皆さん、パンの妖精が出現したと勘違いされてしまうかもしれません。


 竈を開けたら、極上のパンが出て来るのですよ。腰を抜かして驚かれる事に違い有りません。そして、自らの未熟さに涙されることでしょう。




「おい!! ハンナ!」


「はい?」


 することがなくなって眠りに付いていた私は扉の向こうからの大声で目を覚まします。

 汚い椅子から立ち上り、背伸びをして、体を左右に揺らします。


 もうそろそろ、終わりの時間かな。さぁ、王都のレストランを、ちょっと大人なお酒が出される様な店を探しますかね。



「ハンナ! 何で、こんな半焼きで出してんだよ!」


「えっ? 私じゃない。知らないわよ。そもそも、そこの竈はビーチャの担当でしょ?」


「あ? お前は俺がこんな失敗をするとでも思ってんのかよ?」


「二人とも喧嘩は止めろ。その出来損ないは獣人にでも与えておけ。それよりも、早く焼け。全然ノルマに足りないんだぞ」



 そうだ、思い出しました。私のパンの出来具合を見ないといけません。

 揉めている方々とそれを仲裁する人達を避けながら、私は竈へと向かいます。


 竈の扉を開けると熱気が私の顔を襲います。しかし、それは心地良くもあるのです。さあ、ふっくらパンよ、現れなさい。



 んー……違うなぁ。何だろ?

 ふっくらしていると思っていたのに、ジュクジュクですね……。まだ焼けてなかったのですか。

 加熱不足。パン作りは奥が深いです。


 私の目の前には、鉄板一面に広がった大量の濃厚シチューがあるのみです。素材を活かした小麦味です。

 アシュリンさんなら美味しく頂けると思いますね。だから、失敗では無いです。前向きに考えましょう。



「おい、獣人! お前、何をしてんだっ!?」


「ん? パンの焼き加減を見ていました」


「はぁ? 何様だよ! お前が俺達に教えてくれるって言うのか!?」


 男が私に寄って来ます。それから、私の胸ぐらを掴んで足を宙に浮かそうとします。

 なので、私も同じく胸ぐらを捻り掴んで、引き寄せます。

 至近距離でお互いの視線がぶつかり合います。ただ、私の方が背が低いので見下ろされている形になってしまいました。


 生意気です。

 頭突きを顎に喰らわせてやろうとした所で、昨日の唾吐き女が割って入りました。


「ビーチャ! 止めなよ。こいつには私が後でお仕置きしておくから」


「あん? いや、許さん。今から外に出ろ。殴り付けてやる。三日くらい目が開けられんようにな!」


 望むところです。くくく、続きが楽しみですよ。


 私はニヤリと笑いながら手を離します。


 殺しはしない。殺しはしないけど、ボッコボコにしてやります。どちらが上なのか教育しないといけません。二度と逆らわない様にですね。

 バカには躾で御座います。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ