お掃除の仕事
水汲みは完了していたと言うことで、次はお掃除の仕事でした。
さっき運んだ甕に布を入れて水を染み込ませ、ギュッと絞って、色んな所を拭きます。
玄関や大通り沿いの壁など、人目に付くところを優先するよう、兎の獣人の人に教わりました。
私、せっせっと擦りましたよ。こういう雑用であっても手を抜かない姿を見せまして、驚異の新人であると皆に分かって欲しいのです。
私は出来る女。どんな染みでも頑固な穢れでも、必殺高速ゴシゴシで排除です。魔物駆除殲滅部でのお掃除の日々で養った、この妙技に感心なさいませ!
外の拭き上げが終わると、工房の中の清掃です。
パン生地を捏ねる所やそれを寝かす所、形を整える所、焼く所など、いっぱい有ります。一つの大部屋の中にそれらが纏まっているのです。これも兎の人に聞きました。
私達の作業の途中で、ここの職人さんが徐々にやって来るのですが、私達に話し掛ける人はいませんでした。元気いっぱいに挨拶したのにも関わらずです。
アシュリンさんも同じく私の挨拶を無視する事が多かったので、王都の方は挨拶が苦手なのだと愚考致します。
なお、おっさんの失禁跡は兎の人に拭いて貰いました。おしっこ、触りたくなかったんです……。ありがとうございます、兎の人。
彼女は服が汚れるのも気にせずに丁寧に拭かれていました。私は自分が恥ずかしいです。プロ意識、いえ、見た目的に汚れても精神は磨かれていくような、そんな崇高ささえ彼女から感じ取れました。そして、私の志の低さも露にされた気分です。
いいえ、おっさんのおしっこについては、先程までは嫌悪感のみでしたが、よくよく考えたら、その程度の物が肌に付いた所で何ともありませんね。グレッグさんに絡んできた盗賊のおっさんの血を浴びた方がよっぽどですよ。
つまり、私も兎の人と同じくらいに崇高だと言うことです。良かったです。
一通り終わると、今度は焼く時にパンを置く鉄板の水洗いです。大きな四角形をした板でして、かなりの重量です。パン職人も腕力が必要なんですね。私の得意とする所です。
兎の人に「きれいにする」と言われました。布と水でゴシゴシと綺麗にしていくのですね。
私が力と真心を込めて最初の一枚を完璧に仕上げた所で、隣からカリカリと音がしました。兎の人がこびりついたパンの底部を爪と指で剥がして食べていたのです。
「美味しいのですか?」
「うん。あなたも食べた方がいい……。ご飯だから……」
ん? ご飯ですか?
まだ食べられる物を捨てるなんて勿体無いという、エコな話ですね!
私は全く不要なので、お好きなだけお食べくださいっ!
じゃんじゃか、洗います。全部で十枚くらいでしょうか。
私が洗い終わった板を壁に立て掛ける度に兎の人は悲しい顔をされます。
「どうされたのですか?」
「あなたが洗うから、お腹空く……」
ん?
そっか! いつもは一人でやっているから、パンの欠片をいっぱい食べているのですね。それを見越して朝食を取っておらず、お腹が空いてしまう。そういうことか。
これは失敗しましたね。先輩の機嫌を損ねてしまいます。
「すみません。ちょっとお待ちください」
私は鞄の中を探して、パットさんから貰った、旅路で食べきれなかった干し肉を渡します。細長く、薄く削ってあって噛み切り易いですよ。
「えっ、くれるの……?」
「先輩! 遠慮は要りませんよ。どうぞどうぞ」
「……ありがとう」
少しだけ眼に生気が戻ってきましたね。もう、あんなパン屑じゃ力が湧きませんもの。
小さなお口でゆっくり干し肉を食されて行きます。私はのんびりと彼女を見ていました。
白くて長いお耳がやはり素敵です。今はだらんとしていますが、元気になったらピョコンと立つのでしょうか。
お顔も服も煤汚れているのは、お風呂に入れないからでしょうかね。井戸まで遠かった所から推測すると、王都はシャール程には水が豊富でないのかもしれません。だから、水浴も頻繁に出来ないのだと私は考えました。
耳と同じ様に長い黒髪の毛は、油でべったりした感じです。ちゃんとお手入れされたら、白い耳とのコントラストが映えそうです。
私は一つ疑問に思い、尋ねてみます。
「兎の人は耳が4つあるんですか?」
普通の人間の耳の部分がどうなっているのか興味が湧いたのです。
「えっ……。二つだよ」
髪をかき揚げてくれまして、側頭部を見せてくれました。うん! 髪の毛しか有りませんね。
スッゲーです。うふふ、「耳毛がすっごいですね」って言いたいです。
喉が乾いたのでしょう、先輩は掃除で使った甕から手杓で水を飲みました。それ、私が何回も拭き終わった布を絞り直した汚い水ですよ……。
「先輩! ちょっと待ってくださいね。綺麗な水と、あと、ちゃんとしたパンを貰ってきます」
魔法で水を出すのが手っ取り早いのですが、シャールで牢屋にぶちこまれた経験がありますので控えます。王都ではアデリーナ様の助けもなさそうですからね。
私は大部屋と続く扉を開きます。
この工房の大部分を占めるその部屋には昨夜に焼かれたと思われるパンが並んでいたことを掃除の時に見ています。
あれだけ多くあれば、一個くらい頂けると思うんですよね。




