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パン屋に入門

 シャールの大通りがずっと続くのか如く、延々と人々が行き交う道を馬車がゆっくりと進んでいきます。

 お店も多くて、王都の発展具合に感心致します。

 こんな所でルッカさんにアシュリンさんを肩車して徘徊して貰いたいです。恥を恥と思わなくなる能力が半端なく向上すると思いますので、進言してみましょうかね。私、後輩想いな良い先輩ですね。



「嬢ちゃん、どこやったかいな?」


「シャルマンの焼き立てパン屋さんですよ。あと、今更ですけど、メリナと呼んでください」


「ほんまに今更やな。もう今日でお別れやで」


「ガインさん、場所分かりますか? 私も王都は久しぶりでして次代の聖女様をご案内出来ません」


「分かるで。貴族街やわ」


 おぉ、あのパンは貴族様の物で御座いますか。素晴らしいで御座いますよ。


「メリナ、ちょっと紹介状見せてみ」


 ガインさんが言うので渡しました。

 彼は封された手紙の外側を表裏と何回か確認します。


「ん? 貴族街に入るための紹介文が無いやないか。メリナ、街に入る時に貰った身分証を見せてくれへんか?」


「はい、どうぞ」


 私は一枚の小さな紙切れも渡します。これは、王都にいる間、肌身離さず持っているように言われたものです。これを携帯していないと不法侵入者と看做されて、逮捕されてしまうらしいです。とっても大切な物です。


「メリナが貴族ちゅう事でもないなあ。手紙の方に書いてあるんやろか。ゆーて、封を開けるわけにもいかんか」


「大丈夫ですよ。私の身分証で入りましょう。次代の聖女様がこんな所で時間を無駄にしてはいけませんよ」


 パットさんが言います。ということは、彼は貴族なのでしょう。


「そやな。問題ないやろ。アデリーナの紹介状なら、滅多な事もないやろしな」


 ガインさんはそう言って、前を向き直しました。



 大通りをまっすぐ進むと、大きな壁に当たりました。これは入り口からずっと見えていました。そして、そのかなり後ろには尖塔が幾つも聳える、優雅な王城が控えています。

 やはり、一番高い建物は王様の物でした。ガインさんから教わったのです。


 都市内の壁にも当然ながら門があって、立派な鎧を身に付けた衛兵が立っていました。パットさんが身分証を見せると敬礼されまして、私達はあっさりと通ります。私達が何者か、また、馬車の積み荷が何なのか、全く調べないのです。


「外交特権っちゅーヤツやなぁ。外国やないけどな。ほんま、パットも偉ーなったもんやわ」


「そんなに偉くないですよ。代理ですから」


「密輸し放題やないか。今度よろしく頼むで」


「ガインさん、ダメですよ。何を言ってるんですか」


「フローレンスやったらやってくれるで」


「あの人もガインさんと同じ種類の人でしょ。自由を愛し過ぎてるんです!」


 巫女長様ですね。あの人、飄々として確かに自由人の香りがします。あの聖夜のイベントもそんな感じでした。



「着いたで、メリナ」


 ガインさんが止めたのは、石レンガ造りの立派な建物の前でした。とても透明で大きなガラスが壁に填めてあり、店の中を覗くことも出来ます。パンがギッシリです。

 三階建てでしょうか。上の方は店員さんや店主さんの住居になっているのかな。この辺一体の家が同じ形式の建物でして、良い雰囲気を作っています。特にオレンジの屋根が並んでいるのは、とても優美に見えました。


「ほな、行くからな。また()うたら、よろしゅう頼むわ」


「メリナ様、困り事があればデュランの公館にいらして下さい。必ずご協力致しますので」


「お二人とも有難う御座いました。私のパン、またご馳走しますね」


「せやな。期待しとるわ」


 馬車が見えなくなるまで、私は見送りました。



 さぁ、では、行きましょう。パン職人の修行へ。艱難辛苦に耐えて、立派なパン屋になるのです。


 私はパン屋の木扉を開きます。すーって開きました。とてもスムーズです。


「いらっしゃいませ!」


 エプロン姿の女店員さんの爽やかな挨拶が私を迎えます。


「すみません、買い物客ではないのです。お勤めに来ました。こちら、紹介状です」


「あら、そうなの? 少し待ってね。店長を呼んでくるわ」


 彼女は奥に行き、戻ってくると、私に手招きしました。その間、私は香ばしいパンの薫りを堪能させて頂きました。



「あ? シャールから来たのか?」


 案内された部屋には中年の男性が机に座っており、私が渡した紹介状の封を乱暴に開けて読み始めました。


「はい。竜神殿からの紹介です」


「再就職か。で、パン作りの経験は?」


「無いです」


 それは村でもお母さんの担当でした。


「あ? それじゃ、売り子をして貰おうか」


「嫌です」


 即答で御座います。パン作りを学ばせて欲しいのです、腕付くでも。


「あ? お前、自分の立場が分かっているのか? 拒否するとはいい度胸だ」


 こちらこそ「あ?」で御座いますよ。瞬殺しますよ?


「あ? どうなんだ――あっ、お前、獣人かよ」


 ん? 獣人ではないですよ。脱皮もしてませんし、これまでの成長も普通でしたし。


「ったく、紹介文の最初に書いておけよな。無駄な時間を過ごしたぜ」


「すみません、何と書いてあったのですか?」


「見ろよ、クズ」


 店長さんは紹介状を私に突き付けました。


『紹介する娘は獣人です。足の裏の汗腺が獣です。とても獣臭がきついです。ご注意を』


 ……アデリーナっ!!

 貴様! シャールを旅立った時に、澄まし顔でこんな物を託したのかっ!


「臭くないですっ! 嗅いでみて下さい!」


 私はブーツを脱いで、店長に渡しました。


「くさっ! ゴ、ゴフッ! くさっ!」


 二回も言いやがりました。


「お前、目が痛くて涙まで出ただろ! 明らかに人間の臭いじゃねーよ!」


「人間です!」


「獣人は人間じゃねーよ! しかし、お前の望み通り、パン作りの工房に入れてやる。死ぬまで働け」


 ……ムカつく。

 しかし、パン作りは学びたいのです。

 これはあれでしょうか。職人気質特有の新人イジメかもしれません。私の忍耐を試しているとも取れない事もないか。


 宜しい。

 このメリナ、店長の信頼をこれから得ていきましょう。


「ありがとうございます。これから宜しくお願い致します」


「くっせーな。喋るなよ」


 …………あ? 殺られたいのか?

 いやいや、ダメです。試されているのですよ、私は。期待の裏返しですよね。


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